「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
欠損を埋める絵・・・・・・須川まきこ


ポスター。一見、ロリコンとフェティシズムとBDSMと和モダンが同居したような作風。

http://www.keibunsha-store.com/より

 いささか旧聞に属するハナシで申し訳ないが、まだ寒かった頃、銀座のヴァニラ画廊にピエール・モリニエを観に行った時、隣の部屋で併設で「Lady Amputee in Powder Room」と題された須川まきこさんという方の展覧会も開かれていた。

 情けないことに最近はスッカリ色んな新しい情報から遠ざかってるもんだから、寡聞にしてその名前は存じ上げなかったのだけど、掲げられてたキャリアからするに関西中心に活動を続けられてるイラストレーターである・・・・・・ってナニナニ?京都造形芸術短期大学卒だぁ〜!?瓜生山のアソコかいな。ベルシャトーってラブホの隣の坂道上がったトコの。うわわわぁ〜!バンドやってた時の最低観客動員数3人(!?)を記録したトコやんけ!学際に呼ばれてって、半地下の教室か何かだったけど、いざ始めようと思ったらお客さん、バンドのメンバーより少ないんでやんの!(笑)。それでも真面目に演奏したおれたちはエラいで。

 ・・・・・・なぁ〜んて自分の黒歴史はともかくとして、作者についての余計な予備知識なしで絵に向かい合うのは悪くない体験だと思う。余分なバイアスが掛からない。

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 12〜3畳ほどのそんな広くない展示室内には、入口付近に図録代わりの単行本、壁には直筆やリトグラフの作品が三十数点飾られている。こうした展覧会は展示即売会でもあるので、どの作品にもプライスタグが付けられてる。直筆で6万円以上、リトグラフで3〜4万、複写に彩色で1万5千円ってな感じだったろうか・・・・・・まぁ、好きなコトを仕事にするってーのはナカナカ簡単には食ってけない世界なのだ。
 部屋の真ん中には作品の世界を形にしたようなインスタレーションが飾られ、プレーンで黒っぽい服着た年齢不詳でちょっとアパホテルの社長に似た女性が一人・・・・・・って後から分かったのだが、それが作者・須川まきこさん御本人だった。スンマセン、見張り番か何かで交代で座ってるスタッフかと思ってました。

 で、その作品は?っちゅうと、やや神経症的とも言えるくらいに繊細なタッチの下着のレース模様の細かい描き込みが印象に残る、ペン画によるかなりエロティックでフェティッシュ、ビザーレでBDSM的な少女の絵である。成熟した女性はどこにも出て来ず、蒲柳の質っちゅうたらエエのか、華奢で儚げで腺病質、そしてどこか虚ろな目線の胸や尻の小さな少女ばかりだ。
 タイトル通り、テーマにはアンピューテーション(四肢欠損)が基本にあって、トルソーやマネキン、あるいはぶっちゃけダルマ女的なのが多い。ボディピアスやタトゥー、ブランディングといった身体改造マニアの極北にあって最も過激なのはやはりアンピューテーションだろう。快楽のために指やら手首やらチンコやらクリトリス、アウターラビアやらを切断あるいは切除してしまう、っちゅうひじょうにナンギな世界だ。流石のおれもそこまでは付いて行けない。医療プレイとかでありがちな外人ナースみたいなん(よくコスチュームやらプレイにある、帽子に赤十字入ったアレ、ね)もあったりする。
 それらが徹底的に立体性と肉感を排除した基本白と黒だけの可愛くもスーッとしたタッチで描かれる。線の太さに殆ど抑揚が付いてないトコからすると細身のロットリンクとかで描いてるのかも知れない。
 まことに古い喩えで申し訳ないけど、その描線はピアズリーなんかともちょっと近いし、これまた古いトコでは宇野亜喜良とも似てる。直截的にはトレヴァー・ブラウンのイラストをモチーフ等もそのままに薄味にモノクロ化して、そこにちょっと和テイストを振りかけたような雰囲気も感じられた。

 基本、ビザーレでBDSM的なモノには目が無い方ではある。そらまぁ色んなバックグラウンドが透けて見えるのはちょっとアレだけども、作品としてはこぉゆう感じも悪くないな〜、って思った。
 しかし、グルッと1周、気になってもう1周して、ある種の違和感が残ることに気付いた。何でこんなに繊細で可愛い絵柄にエログロなアンピューテーションが同居してるんだろ?それに昔でいうとニューウェーヴネーチャン、今でいうと渋谷辺りでウロウロしてそうなオネーチャンとかによくいるタイプの、ただもうトガッてたいだけの単なる色モノ趣味にしては、全体が全て同じある種醒めきったトーンで貫かれてるっちゅうのは何かとても引っ掛かるな・・・・・・。

 2周目を回ったところで真ん中に座ってた件の女性が話しかけて来た。まぁ、如何にもな中年のおっさんのサラリーマンの風体で熱心に眼鏡を上げて目を近付けて見入ってるのが不審で奇異な印象を与えたのかも知れない。

 ------如何でしたか?
 ------あ!そうですね。すごく良い感じなんですけど、可愛い絵柄と欠損のイメージが何でかな?と。
 ------それはですね、私・・・・・・
 ------は!?作者御本人!?
 ------はい。
 ------気付きませんで、たいへん失礼しました。
 ------いえいえ・・・・・・で私、可愛いのが好きなのと、昔ちょっと病気して足を切断しまして、それでアンピューティーをテーマにしてるんです。
 ------!?ああ〜、そうだったんですか・・・・・・

 一瞬、後に「済みませんでした」と続けようとして止した。何故なら自身の肉体的な毀損こそがこれらの作品のインスピレーションの源泉であり、表現行為の原動力となってるのだから。そこに常識的で中途半端な憐憫や同情なんて、却って失礼ってモンだろう。

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 対価を得てないおれがエラそうに言えるスジ合いでないのは百も承知だし、もちろんそれが全てとは言わないけど、おれはあらゆる表現行為の根っ子には「満たされない思い」があるのではないか?と昔から思ってる。そらまぁ所謂天才肌で、もぉとにかく色んなモノが湧き出て湧き出てどうにも仕方なく勤しむようなケースだってあるだろうが、それでもその端緒には満たされぬ思いがあるのではないかと思うのだ。

 パンクなんてその最もベタで分かりやすい例だろう。仕事ねぇよぉ〜!ウダツ上がんねぇよぉ〜!貧乏だよぉ〜!モテねぇよぉ〜!みたいな(笑)。対極にありそうな宗教画や宗教音楽だって実はそうだ。神への捧げものであり奉仕でありながら、救済されていない自己が厳然として今あるからこそやれるものではないか?

 須川まきこの作品の可愛い絵柄とグロテスクなテーマっちゅういささか矛盾した組み合わせも、作者の中では整合性を持ってて当たり前なんだ、ってことにようやっと気付かされたのだった。単なる色モノ趣味ではなかったのである。作者自身が投影されたアンピューティーをフリフリの可愛いレースの下着や、少女性、あるいはエクストリームなセクシャリティでもって飾り立てて行く・・・・・・これらは欠損・・・・・・つまりは満たされない自己の肉体を描きつつ、その欠損を埋める絵、ってコトなんだろう。

 そういえば私淑する荒木経惟が片目を失明して以降、写真の右半分を黒く塗りつぶしたいささか奇怪な連作を発表してることを想い出した。それは須川まきこと同じようなアプローチと言えるだろう。ただ、写真家にとって目が命であることは良く分かるものの、もどかしさや苛立ち、ルサンチマンをそのまま画面にぶつけたようなは作風はちょっと手法として直球過ぎて乱暴な気もする・・・・・・まぁ、壊したレンズで撮ったりネガを腐食させたりと前衛的なアプローチでもワリとベタな所が彼の魅力でもあるのだけど・・・・・・この点で須川にはヒネリっちゅうか昇華があって、そこにしなやかさや軽み、そして強かさを感じる。
 おそらくそんな、片足を切らねばならんほどの病気だからよほどの大病だったんだろうし、いろいろ辛い思いもされたに違いない。生活の不便だってあるだろう。しかし描かれる作品はぶっちゃけ何とも肯定的で暗くないのである。う〜む、オンナは強いわ、やっぱし(笑)。

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 とは申せ、結局おれはそこでは何も買わなかった。大体、鑑賞するだけなら書籍化されたもので充分なんだし、作品を購入するなんて結局は所有欲によるものだし、それならば昔から大好きな宮西計三のリトグラフの方がまずは欲しい。
 そんなこんなで手ぶらで帰ってきたんだけど、どうにも気になる作品群ではあって、しばらくしてからアマゾンで2冊ほど本を購入してしまった。

 次何処かで見掛けたら、今度はひょっとしたら原画を買うかも知れないな。しばらくは注目していたいと思う。

2017.07.03

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