「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
腕9割、道具1割


隻眼となって尚、意欲の衰えることを知らない荒木経惟。最も私淑する写真家の一人。

http://www.fashion-headline.comよりl
 思うにギターはウデも大事だけど、やはり楽器そのもののの出来が良くないとダメだと思う。あまりに安物ではマトモに弦を押えることもできない。若い頃、ギターに憧れてなけなしの金で買ってみたは良いけれど、あまりに安物過ぎてFのコードで挫折してそれっきり、なんて御仁も多いだろう。それは決してあなたが未熟でウデが悪かっただけではなく、ナットでの弦高が高過ぎたのだ。チャンとした音程が出なかったり、音がブチブチ詰まったのは要はフレットに難があったりもしたのだ。

 今はNCルーターが進歩して、安物でもそこそこのクオリティを持ってるギターが増えたのでそんな基本の部分がメチャクチャなんてケースは減ったけれど、極端な粗悪品はやはりダメだ。別の稿で書いたが、おれのダンエレクトロのダブルネックの12弦側なんてアータ、ブリッヂの取り付け位置が根本的に間違っていた(笑)。これで正しい音程が出るワケが無い。

 ギブソンがフェンダーがPRSがなどとブランドでどぉこぉ言う気はない。惜しくも早世したブルースギタリスト、ジェフ・ヒーリーはこっちの方が音がいいからってな理由で、フェンダーファミリーの最廉価ブランドであるスクワイアのストラトを愛用していた。ちなみに彼は盲目であったから、音を聴き分けることに関してはむしろ健常者よりも鋭敏ではなかったかと思えるのだが、そんな人物をして、高けりゃいいってワケではないコトが証明されてるのである。

 今の時代で言えばどぉだろ!?本体価格で5〜7万円前後くらい頑張れば、かなりしっかり長く使えるものが買えるのではなかろうか?・・・・・・って、何だかこの相場、30年くらい変わってないなぁ〜(笑)。

 ・・・・・・で、カメラはどうなんだ!?

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 結論はもぉタイトルの通りで、ギターよりもさらに機材への依存度が低いのではないかと思う。

 ずいぶん昔、信州の白骨温泉に行ったときにたまたま居合わせたプロカメラマンに二人で並んでる写真をシャッターをお願いしたコトがある。今は地鶏・・・・・・もとい自撮り棒なんかの時代になっちゃったけど、昔はそんな風に通りかかった人にお願いすることはひじょうに一般的だった。余談になるが、不思議なことにおれは旅先でシャッターをお願いされることと道を尋ねられることが矢鱈と多い(笑)。
 それはともかく、出来上がった写真を見ておれたちは驚いた。すんごい綺麗に撮れてるのである。構図だけでなく、画面のトーンとかが何てーかシャキッとヌケが良くて一味違う。当時使ってたのは何一つ余分な機能のついてないバカチョンカメラだったから、気の利いた調整なんてできる代物ではなかった。思うに、構え方やシャッターの押し方が絶妙で、ホンの僅かな手ブレさえもなかったんだと思う。

 弘法筆を選ばずなんやなぁ〜、ってその時は思ったのだった。

 最近、下の娘がカメラ女子とやらを目指すとか言うので、大甘なおれはクリスマスプレゼントでミラーレスの一眼レフを買ってやった。いくらモデル末期とは申せレンズが2本付いて4万円をちょっと切るくらいで買えたから、言うまでもなく安物の入門機である。スペック的にも尖がったものではサラサラなく、1600万画素のAPS−Cで、レンズだって標準ズーム、ってヤツだ。父親たるおれのからするとお値段1/10以下である。
 しかし、これがもう実に巧く撮りやがるのだ。別段知識があるワケでもなんでもなく、気の赴くままにテキトーに撮ったのを見せてもらうと、腹が立つほど巧い。おれはかなり大人げないトコのある親なので、ぶっちゃけその出来栄えにムカついていささかの嫉妬心を抱きさえもしたのだった。

 また、最近、駅の構内なんかでカメラの解像度の優秀さを訴求するための宣伝広告にi−Phone6で撮った写真が大きく引き伸ばされた看板を見掛けるようになった(何だか諄い言い回しになったな、笑)・・・・・・で、これがもうメチャクチャに巧い。実に印象的で深みのある作品が飾られている。
 まぁ、撮って出しかどうかはかなり怪しくて、レタッチを極限までかけて作り上げた写真ではないか?とも思う一方で、っちゅうコトはいろいろ工夫すればi−Phone6でそこまで撮れるのは間違いないワケで、これも高い道具を買えば巧い写真が撮れるってモンぢゃないコトを雄弁に証明している。

 天才・アラーキーこと荒木経惟が怪作・「東京偽日記」で用いたのは当時の何てことない大衆機である「ミノルタハイマチック」だったし、「包茎亭日乗」で用いたのはこれまた高級機とは呼びがたい「ペンタックスズーム70デート」だった。長年愛用するプラウベルマキナにしたって、今のカメラの性能水準からすればレンズそのものは素晴らしいものの機能としては随分貧弱だ。言うまでもなく、ぢゃぁこれらの道具で彼のように撮れるか?っちゅうともちろん「No!」なのだけど。

 やはり、タイトルの通りなのである。もう少し厳密に言えば、写真はセンス5割、腕4割、道具1割ってな感じではなかろうか。

 ・・・・・・では安物で良いのか?

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 実はこっからが本日のホントのテーマだ。あまり雑多にブッ込むとややこしくなるんで取り敢えず論題を整理して、今回は「道具ヲタのヴァニティ」って部分は置いておこう。

 とある掲示板で論争が起きた、ってコトはちょっと前に述べた通りだ。その中で、「高い道具を持ってない人は排除するんですかぁ〜!?」ってな意見があったコトも述べた通りだ。そしてみなさんここまでの論旨からすれば意外に思われるかもしれないが、その答えは「Yes!」だろうとおれは思ってる。

 美しく撮りたい!と本気で心の底から思うのならば、だ。ならば「貧乏質に入れてでも可能な限り高い道具、高性能な道具を買え!」と、おれは声をムチャクチャ大にして言いたいのである。
 それは高い安いや上手下手の問題ではない。意欲と心掛けの問題だ。道具1割であると分かってそれでも尚、そこに一生懸命投資するくらいの気合いが無くてどぉすんねん!?って思う。だからこそ、正直おれの手に余ることは分かっていながらかなり無理して今の機材にしたのだ。

 「安い道具ぢゃダメなんですかぁ〜?」なんてマヌケに問う心理構造の中には、強烈な甘えと怠慢、怯懦、そして軽視と侮蔑があるとおれは思ってる。強烈な負け犬根性である。「ボク、貧乏で道具持ってないんだから少々ヘタでも許してくださいよぉ〜!」、とか「これは自分たちの愛の形なんですよぉ〜」、あるいは「ナニ熱くなってんですか?どぉせみんなハダカ撮って露出趣味で見せたいだけなんでしょ!?所詮アマチュアが撮ったモデルでもない女のハダカですやん」みたいな。
 それでもどうしても逆立ちしても買えないくらいに貧乏なら仕方ないんだろうが、そんな人がそもそも掲示板にアップすることはないだろうし、それに上述の通り4万円そこそこ出せば、今やかなりの性能の一眼レフなんて買えてしまう時代なのである。その4万円さえも出せないのかい?・・・・・・と。

 際限なく道具に投資して増やせ、なんてまで言う気はサラサラない。おれだって今の構成で打ち止めにするツモリだ。あとは何年おきかの入れ替えが若干あるだけだろう。どだいこれ以上増えたら担げなくなってしまう(笑)。また、必死で頑張った結果がコンデジならばそれはそれで仕方なかろう。問題は、頑張って可能な限り良いものを買おう、ってトコにあるんだから。
 ただもうハンチクの分際で初めっから偉そうに「道具なんて関係ないですやん」みたいなことを抜かすな!とおれは言いたいのだ。どうせ素人・・・・・・だからこそ、何とか良い作品にしたくって道具くらいは何とかいいのを使いました、って言った方がよほど素直で良いとおれは思う。

 マトモな道具くらい買えよ!それこそ、愛してるなら、さ。

2015.05.16

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