「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
何やってん!?あれ・・・・・・APSフィルム


これがAPSフィルム

 いつの時代にも「徒花」っちゅうのは存在するもんである。有名どころではソニーが提唱したビデオテープ規格の「ベータマックス(β)」が挙げられる。VHSに比べて小さいとか画質が良いとか、まぁいろいろメリットはあったんだけど、如何せん追随するメーカーが無く、最初の勢いはどこへやらであえなく消えて行った。家に残ったテープをどうするかで苦労された方も多いだろう。

 ソニーはこの手の規格の主導権争いでいっつもスカタンかましてるメーカーで、βの前にはたしかエルカセってーので大ゴケしている。既にフィリップスが公開したカセットテープ規格が業界標準となっており、音質を良くするならばこの規格の中で素材や何やらを追求するのが常識的に考えて進むべき道であるにもかかわらず、一体全体何を考えたか、その倍ほどもある大きさのカセットを提唱したのだ。そりゃまぁヘッドへの接触面積とテープの走行速度を速めりゃ音はたしかに良くなる。しかし、その路線なら元々もっとでっかいオープンリールがあるワケで、誰の目にもその時代錯誤と中途半端ぶりは明らかだった。
 おれも実物は一度しか見たことが無い。大学時代、最初に住んだ下宿の大家さんちの応接間に鎮座してるのを見たのだ。いやホンマ、まさに「鎮座」って言葉が似合う無闇にカセット部分の大きいデッキだったことを思い出す。
 最近ではメモリースティックがSDに大きく水を空けられて同じような状況に陥ってるのは皆さんもご承知の通りだ。

 そんなソニーだけど・・・・・・っちゅうかそんなんだからこそ、業界標準規格は悲願であったに違いない。臥薪嘗胆・捲土重来、ようやく標準規格を彼等は奪取したのである。それも2つも。1つは言うまでも無く「BLU−RAY(ブルーレイ・BD)」であり、も一つは非接触ICカードの「FeliCa(フェリカ)」だ。後者については何となくJRの「Suica(スイカ)」に負けてるぢゃん、ってな印象があるが、それは見た目だけの話。スイカも中身の規格自体はフェリカなのである。つまり日本国内ではソニーの寡占化が実現したのだ。

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 前置きが長くなるのは毎度のことでご容赦願うとして、そろそろ本題、APSの話だ。

 APSとは「Advanced Photo System」の略で、エラく御大層な名前がついてるけど、要はフィルムの新規格だ・・・・・・いや、だった。本当は永年にわたって普及してきた35mmフィルムに取って代わるはずで、その登場は鳴り物入りだったといっても過言ではない。陳腐な表現で申し訳ないけど。
 そして、アッちゅう間に消えて行った。それはそれは見事な大ゴケだったといえる。その点でまったくもって素晴らしい徒花ではあった。

 ここでちょっと銀塩フィルムの規格のおさらいをしておくと、最も初期のプレパラートみたいなガラス板から始まり、俗に「ブローニー」と呼ばれるサイズが20世紀半ばまで一般的に使用された。実際、一口にブローニーといっても116・117・120・122・・・・・・etcと、細かく規格が分かれてて互換性のない場合も多いんだけど、最後まで残ったのは120と、その長尺版である220ってヤツだったと思う。あまりハッキリしたことは覚えてなくて申し訳ない。大きなカメラ屋に行けば今でも置いてある。
 骨董系の中古カメラ屋のショーウィンドウに飾ってあるのを見かけるからご存知の方も多いだろうが、昔は二眼レフ、ってカメラがあった。上段がファインダーのレンズで下段が実際に撮るためのレンズとなってるのである。あれに使うのがこの手のフィルムで、1枚あたりのサイズが6cm×6cmとひじょうに大きなフィルムだった。記録部分が大きいと良いのはエルカセと同じで、解像度の良いとてもクリアで細密な写真が撮れるメリットがある。なもんで、このフィルムを流用する一眼レフなんてのも出たことがある。ペンタックスの往年の名作6×7なんかがそうで、その画質ゆえけっこうプロからのニーズが高く、何のかんので未だに売られてたりする。ああ、アートネーチャンに人気爆発なトイカメラ「HOLGA(ホルガ)」もアナクロの産物ゆえこのフィルムを使う。だから若い人でも知ってる人は多いかも知れない。

 その後出て世間を席巻したのが135・・・・・・要するに最も一般的な35mmフィルムである。高さが従来のおよそ半分のサイズでコンパクト、かつ仕組みがひじょうに簡単、画質もさほど遜色ない、ってことで一気に取って代わったのだ。パトローネ、っちゅう丸い筒に感光しないようフェルトの張られたスリットが入ってて、そこからトイレットペーパのように丸められたフィルムをカメラの中で引っ張り出しながら撮影が進み、終わると巻き戻して再びパトローネの中に仕舞って現像に出す、ってな構造である。1本での最大撮影枚数は36枚、上手く行けば37枚だった。
 取り扱いが容易なので小型カメラにも使われ、同じフィルムで送り幅を半分にすることで2倍撮れるようにしたハーフサイズなんてカメラも存在した。画質は粗かったものの、とにかく沢山撮れるのでフィルム代があまり掛からず家庭用・旅行用として人気があった。

 そして90年代の半ば過ぎくらいに登場したのがAPSだ・・・・・・90年代!?

 そう、出された時期があまりに遅きに失した、あるいは時代の流れを完全に読み誤ったのである。おれが東京に越してくるちょっと前だったので記憶に間違いないと思う。それでも心配なのでウィキで調べてみたらやっぱしそうで、1996年となってる。平成8年だ。
 すでにウィンドウズ95が登場し圧倒的な支持を得ており、それまではパソ通なんて呼ばれて一部の好事家の世界だった通信はインターネットとして急速に普及しようとしている。まだ一般大衆に手の届く金額ではなかったもののデジカメは既に出ており、価格と画素数競争は始まりかけていた記憶がある。つまりは世の中のIT化が急速に進行しようとしてたのである。

 なるほどAPSも来たるべきIT時代との親和性を打ち出そうとはしていた。全部の撮影コマを小さくプリントしたものが付いて来て、それを元にパパパッと焼き増しが出来るとか、画像の取り込みが容易だとか何とか、テレビに繋いでどぉとかが宣伝文句の中にあった気がする。他にもいろんなメリットが謳われていた・・・・・・って、新しいことを始めよう、流行らせようって時に欠点を列挙するバカはそらおらんわな(笑)。

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 ここからはおれの個人的な話だ。ぶっちゃけおれはAPSに対してひじょうに懐疑的だった。何せ今までどおりの銀塩の仕組みでフィルムのサイズが小さいのだから画質は悪くなるに決まってる。ましてやおれは高級カメラにまったく興味がなく、使うこともないのだから、レンズ性能でそれをカバーしようなんて気にもならないだろうし、小さい、っちゅうても従来の35mmがさほど大きいわけでもないし、値段的にもこっちの方が数がこなれてる分、断然安い。敢えて買い換える必要を感じなかったのだ。
 そんなんだから、何かの宴会でビンゴの景品に安物のAPSカメラ当たってもズーッと押入れの箪笥の抽斗に仕舞っていた。今ならソッコーでヤ○オクやハー○オフ送りだろう。

 ところが困ったことが起きた。35mmカメラが壊れたのである。世の中はデジカメが急速に普及し始めてるんで、今さら35mmを買いなおすのも何だか勿体ない。かといってまだまだデジカメは高い。そして仕方なく、デッドストックになってたAPSを引っ張り出して使うことにしたのだった。

 フィルムはたしかに小さい。パトローネではなくカートリッジと呼んだ方が良いような、上から見ると平行四辺形になった精密なプラスチックの箱に入っている。何だか良く分からんまま説明書どおりに装填し貧乏旅行のお供に持ってった。撮影可能枚数はそれまでの12・24・36といった12の倍数ではなく、40枚ってなってたような気がする。
 持ち帰って現像に出すと、写真と共にカートリッジと、あ、想い出した!全画像を小さく並べたコンタクトプリント、ってのが戻って来て驚いた。ネガはカートリッジに収まったままで、焼き増しはこの小さなプリントを見て指定するのだ。だからコイツを失くしたらお手上げになる。
 これまでネガは6枚づつくらいに切断したものが封筒状の半透明のシートに収められて返却されるものだった(余談だがスライド用のリバーサルは1枚づつ硬質な紙にセットされて戻って来る)。で、焼き増しの際にはその袋の各画像のあたりに小さく「枚」とあって、そこに必要数をサインペンで記入するようになってた。

 正直、なんぼ安物カメラとはいえその画質には泣けた。昔のハーフサイズカメラ並なのである。そりゃそうだ、フィルムの露光する面積ががちっこいのだから原理的には一緒なワケで、従来の35mmコンパクトより明らかに劣っている。オマケにネガがカートリッジなのが異常にめんどくさい。従来のネガならアルバムの最後のページにネガ入れがついててそこに保存したり、平べったいお菓子の缶なんかに整理して置いとけるのが、コロンとした箱になってるもんだから、標本でも整理するように保管しなくちゃならない。しかし、撮影情報はコンタクトプリントにあるんでそいつとカートリッジを対にしておく必要もある。これまでより不便になって「進歩」でもなかろう。

 なーにがアドバンスドや!?と悪態を吐きつつ、かといって買い換えるだけの経済的余裕もないまま、業を煮やしてデジカメを買うまでの数年間は仕方なく使っていた。ギャラリーの方で98年99年あたりが欠落してるのはそのせいである。ポジからスキャナで取り込むのも大変だし、かといって外注でデジタル変換に出すのも億劫で宙ぶらりんになってるのだ。

 世間的にはどうだろ、従来の35mmの後塵を拝したパッとしない存在のまま、おれの感覚では実質3年くらいで市場から消えてったような記憶がある。今振り返ってみると、も一つその目的が良く分からない。何一つラジカルな技術革新のないまま、さほど従来に比べて差のない小型化規格だけを推進しようとするところにそもそもの無理があったのだろう。

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 しかし、思えば記録媒体なんて、すべてが徒花なのかも知れない。カセットテープの後に来たメタルテープ、あるいはDATなんてどこに行った?MDも今や見る影もないし、CDだってCD−RやRWはそろそろヤバい。5インチフロッピーなんてもんがあったことさえ最早忘れられかけてる。行政が公式媒体として採用したとかいうMOはどうなったんだろ・・・・・・

 ・・・・・・最後に残るのは案外、カメの甲羅やパピルスだったりして(笑)。

2011.01.15

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