「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
刑務所だろうが何だろうがグレート!


実はレコードジャケットを手がけてる漫画家って希少です。

 あまりこれまでマンガのことには触れてこなかったのに別段深い訳はない。何となく語りだすとキリがなくなりそうでもあったし、まぁテーマ的にムリに気張って(気取って!?)語らずとも、世の中にはもっともっと優れた論評が腐るほどあるので、浅薄非才を省みずに突っ込んで行く気持ちになれなかったのだ。

 でも、おれは以前ほどでないとはいえマンガが大好きだ。蔵書も数え切れないほどあって今の家には収納しきれず、手許に置いておきたいもの以外は実家にダンボールで山積になっているありさまだ。そんなんだから、評論は書けずともオマージュやトリビュートくらいは書いていいんぢゃなかろうか?単純にそう思ったのである。
 しかし、基礎的な情報は今の時代ネットでいくらでも探せるので、まぁ極力そういったことは書かない。ただもう自分がハマったプロセスや気持ち中心にしよう。だから、間違ってたり勘違いもあるかもしれないが、それはヒラにご容赦くださいな。

 ・・・・・・で、ヲタはヲタらしく花輪和一あたりから書いてみることにする。この人、「刑務所の中」が大ヒットしで賞もらいそうになったのに、おら〜マイナー漫画家だから、っちゅうて辞退したという、自他共に認めるマイナー一筋な人だ。
 とは言うものの、70年代初頭から、一時期の休筆期間があったにもかかわらず消えることもなく、端倪すべき作品を送り出し続けてる息の長い作家でもある。

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 彼の作品を初めて知ったのは、大学に入ってわりとすぐの頃、同級生でその後バンドの初代ベースになったMが「これはなかなか面白い」って「鵺」を貸してくれたのが最初だったように思う。Mは身長マイナス体重が130もある、「繊細が服着て歩いてる」ような男で、独特の嗅覚で音楽にせよマンガにせよ、面白いものをムーヴメントに先駆けてどっからともなく引っ張ってくるのが異常に上手かった。
 下宿に行っても本棚に並ぶのはこむつかしい左翼関係の本が大半で、別にレコードもマンガもそれほどたくさんあるワケでもないのだが、その一つ一つはクオリティの高いものが揃ってた。なんか品数は少ないけど美味いモン食わせる小料理屋みたい(笑)。

 そんなMのオススメだから、と読んでみると、緻密だが昔の絵本のような何とも摩訶不可思議な絵と、中世の仏教説話を題材に取りながらめちゃくちゃ独創的っちゅうか荒唐無稽なアレンジの施された内容である。つまりは全体からアクの強い土俗の香りが立ち昇るような世界が展開されていた。
 ぶっちゃけその時点での感想は「ふ〜ん」だった。この「ふ〜ん」は、感心しないわけではないがそこまでかなぁ〜、っちゅう微妙な「ふ〜ん」だ。

 特徴的な名前もあって、どこか気になる存在で頭に残ったのだろう、しばらくしておれは書店で「月ノ光」を見つけて買ってみたのだった。函入・布張りハードカバーっちゅう重厚な体裁の本の前半は、明治から昭和初期の美人画や無残絵のような画風でエログロナンセンスとスプラッターの極致が炸裂する、い・か・に・も・青林堂系、後半は「鵺」と同系統の絵柄での中世物語(最初期は少し日野日出志の影響も感じられるかも)。全体としてはグロテスクなのだが、縹渺と醒め切ったような乾いたユーモアやペーソス、あるいはギャグセンスもそこここに感じられる独特の作風は、ただならぬ才能のように思えた。
 おれはこの本でいっぺんに花輪にハマってしまったのだった。

 それにしてもMの先見性は脱帽モノでスゴい。1年ほどして山崎春美率いるタコのLPのジャケットを手がけたりして、花輪のマンガはマイナーながらも物好きの間で一気にブレークし始めたのである。呉智英の花輪に関する優れた評論を読んだのも教わった後だったもんな。

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 しかし、仕事の引き合いだって増えたろうに、特に精力的になることもなく花輪はおっそろしくマイペースだった。過去の再発の「赤ヒ夜」が新装版で出たが、あとは新刊がポツポツとリリースされ続けたくらいだ。それでも業界ウケするのか、発表の場所は何年かの内にだんだん増えて行ったみたいで、活動再開後の双葉社からさらにメジャーな講談社等にも活動の場を広げていったし、まことにシュールな絵本のような「コロポックル」なんて新しい方向性も示し始めていた。今はなきペヨトル工房からはベスト版のような「水精」が出たりもした。個人的には「護法童子」がいっちゃんフェバリットだな。
 おれはっちゅうと、とっくに大学を卒業して会社員になっており、学生時代ほど時間の余裕はなくなってたけれども、それでも本屋でこまめにチェックして、新しく出てたら買うことは欠かさなかった・・・・・・それが、だ。

 言うまでもなく拳銃不法所持による逮捕である。

 ・・・・・・ものすごいガンマニアってことは知ってたけど、まさかモノホンとは(笑)。
 服役してしまやぁ作品の発表はできない。出所したって世の中冷たいもんだから、活動を再開できる保証なんてどこにもない。正直、これで終わった、って思ったね。
 まぁ、特殊な才能の作家だし、作中に断片的に出てくる生い立ちからして何かいっぱいトラウマ抱えてそうだし、何より世の中から完全に遊離したような雰囲気があったから、世俗倫理からかけ離れたことしても何らおかしくない・・・・・・けど、マズいことはマズい。
 贔屓にしてた作家が消えることに、おれは一抹の寂しさを感じないではおれなかった。ぶっちゃけ、しょーもないことでヘタ打ってくれるなよ!って気持ちだったな。あ!結局「天水」の3巻って出たんかいな?

 しかし天才はそう簡単に消えなかった。そっから先の快進撃はくどくど書くまでもないだろう。

 3年の刑を終えて出所後、古巣の青林工藝社から出された「刑務所の中」は、驚異的な記憶力と元々の細密な絵で刑務所暮らしをこと細かに描写し、その特殊で好奇心をくすぐる内容もあって大ヒット。映画にまでなってしまった。
 オマケにその才能を惜しんだのか、あるいは売れると踏んだのか、小学館が発表の場を持たせるようになり、マニアの足許見た5,000部限定・3,600円もする直筆入りのバカ高い単行本まで出る始末。値段におののきながらおれも買いましたがな(笑)。

 でもなぁ〜・・・・・・。

 おれは花輪がこれ以上「ムショ帰り作家」としてばっか認知されるのはどうにも面白くない。そりゃたしかに「刑務所の中」は戦後日本のマンガ史に残る奇天烈で奇跡的な作品だろうけど・・・・・・。
 やはり余人の立ち入ることのできないような異界巡りの作品をもっと発表して欲しい。「不成仏霊童女」だけでは寂しいっす。

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 最後に余談。

 画像に掲げたとおり、花輪和一は寺山修司/天井桟敷との仕事を比較的よく行っている。映画「田園に死す」や「草迷宮」、ちょっと確たる資料が手許にないけど「さらば箱舟」にも関わってたのではなかったかな?おそらくは舞台の方にもそれなりに関わっていたのではないだろうか。
 ちなみにこれらのことはわりと最近(・・・・・・たってもう10ねんくらいか、笑)になって知った。「草迷宮」なんて封切られたときわざわざ東京まで出かけていって観たのに、その時はちっとも気づかなかったけど、ともあれこうして色々な関係が自分の中でつながってくるのは、彼の作品を読み解く重要なキーワードの一つである「因果」のようでなんとなく面白い。

 また、レコードジャケットを何枚も手がけたマンガ家は案外少ない。そうそう、あぶらだこのトリビュート本の表紙も彼の仕事だったはずだ。こんな風に単発で書籍の表紙やイラストも相当数手がけており、たまに見かけると嬉しくなってしまう。
 今さら言うまでもないが「ちびまるこちゃん」の花輪君は彼からネーミングされているのは有名な話だ。この辺からもあちこちの業界人にリスペクトされていることが伺われる。

 久々に読み返してみよ〜、っと♪



※補足
 拙文を読んで花輪和一に興味を持たれた方がいたら、是非下記のサイトを訪問されることをお奨めする。極めて精緻な作家のクロノロジーで、おれがポロポロ雑駁に書いたことも含め、すべて実証主義的に正しく網羅されている。ちなみにこれ読んで、書いたことが間違いだらけなのに気づいたのは言うまでもない。ああ、恥ヅカシヒ・・・・・・。

「花輪大明神 へそひかり」
http://hesohikari.xxxxxxxx.jp/



この映画の挿画も花輪和一。「田園に死す」では意匠を担当。

2007.01.22
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