「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
観光とワビサビの狭間・・・・・・加仁湯温泉


何だか銀座の歌舞伎座を模したような、押し出しの強い加仁湯玄関。手前に座るのが手白沢温泉のクロ。


奥の混浴露天風呂。ココが一番有名かな?

ギャラリーのアウトテイクより

 ニワカに信じがたい話ではあるが、先日、奥鬼怒の名湯・加仁湯でさえかなり危機的な状況との話を聞いた。理由はもちろん急速に世界中に広まった新型コロナによって客足がバッタリ途絶えてしまったからだ。も一つ挙げるなら、女夫渕温泉を廃業に追い込んだ2013年の局地的なM6.3の地震も影響してるかも知れないが。

 ・・・・・・ケケケッ、ほんなんゆうたかてコロナの直前まではインバウンドでウハウハやったんちゃうんですかぁ〜?ってな野暮なツッコミは置いといて、たしかに現在の経営状況がここら辺の宿の中でもとりわけ相当苦しいであろうことは容易に想像が付く。
 何故なら、奥鬼怒四湯と呼ばれる一軒宿の温泉で、最もハデにやってブイブイゆわせてたんが加仁湯だったからだ。ヤマ勘だけど、苦しい順だと加仁湯・八丁ノ湯・手白沢温泉・日光沢温泉の順ではないかと思う。これは建屋等の立派さの順である。

 実は昭和の終わりくらいまで、これらの温泉宿は秘湯中の秘湯と呼ばれており、たしか電気もマトモに来てなかったハズだ。当時は関西に住んでたのでナカナカ出掛ける機会がなかったけど、いつか行ってこましたろと、マークだけはしてたもん。
 それが林道できたり、野岩鉄道が開通したりして、いつしか敷居が下がって誰でも行けるようになったのである。時代も後押しした。ちょうどバブルの波が押し寄せてきたころに上手くハマッたのだ。
 今では女夫渕温泉のトコにある大きな駐車場までは自家用車が入れるし、そっから先も綺麗に舗装された道は続いてて、加仁湯と八丁ノ湯なんかは旅館のマイクロバスで送迎があったりする。
 あぁ、そぉいや「11PM」の名物コーナー・「秘湯の旅」なんかが始まったのも丁度80年代半ば、時代的には相前後してたと思う。湯舟に立てた高札の前で、乳が見えそで見えないオネーチャン2人が「泉質わぁ〜・・・・・・♪効能わぁ〜・・・・・・♪」なんて紹介するヤツ。「うさぎちゃん」やったけかな?懐かしいなぁ〜・・・・・・ぢゃ、次行こう(←藤本義一の口調で読んでね)。

 今から思えば秘湯ブームはこの頃から急速に加熱したんだった。ガイド本が盛んに出るようになったのもこの辺りからだったような気がする。あれから40年近く、本来、俗界から隔絶されてこその秘湯までもが消費し尽くされた感がある。

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 件の女夫渕温泉の向かいの駐車場にクルマを捨てて、鬼怒川源流に向かって歩き始める。まだ朝早くて、駐車場にほとんどクルマの姿はない。実はここに来るのは二度目だ。最初はワリと東京に越して来てすぐだった。その時は八丁ノ湯まで歩いて、晩は下った川俣温泉の国民宿舎に泊まったんだが、写真はほぼ戦後写真機器の黒歴史と言える悪名高きAPS−Cの銀塩で撮ったんで未だにデジタル化できないままになっちゃってる。ホンマ、ビデオのベータなんかよりもひどい徒花規格だったよな、APS−Cって。

 どうやら水害で左岸の遊歩道が流されちゃってるみたいで、いきなりグレーチングで組んだ足場の急な階段を登って行かされる。だって鬼怒川、「鬼」が「怒る」川なんだから暴れ川なんだろう。秋も終わりっちゅうのにいきなり汗が吹き出す。このまま上り下りが延々と続いたらイヤやなぁ〜、って思ったが、小さな尾根を突っ切って元の川沿いに合流してからは、ダラダラと遊歩道を行くだけだ。ちなみに不通区間の遊歩道近くにも野湯があったはずだ。

 途中の道行は平凡で、これといって書くこともない。時折、川面より随分高い所を道路が通ってるのが見える。あれが送迎バスの走るスーパー林道だと思うと、何となくこぉしてテクテク愚直に歩いてるのがアホらしくなって来る。1時間かそこらで八丁ノ湯を通り過ぎると、すぐに加仁湯に着いた。直線距離だと500mくらいしか離れてないのではなかろうか。

 画像等で知ってたとはいえ、山中に忽然と現れるその建物は、何だか歌舞伎座みたいなコテコテしさだった。言っちゃなんだが周囲の景観にいささか溶け込めてない。秘湯ブームとやらでキッツぅ儲けはったんかな〜、って気がする。もちろん自己資金だけではどうにもならんだろうから、借入もたんまりあるんだろう、ってな立派さだ。
 良く分からなかったのは、手前に「春日野部屋合宿所」って看板の出た小屋にしては立派な建物が別棟であったことだろうか。秘湯ブームでウハウハに景気良くなって功成り名を遂げて(!?)、元からの相撲好きが嵩じてタニマチ始めたのかも知れない。
 このテの旅館としては極めて良心的な日帰り入浴料500円也を払って、早速入らせてもらうことにする。表の派手さからすると、館内は比較的落ち着いた「山の宿」な雰囲気で、囲炉裏を中心に民具やら熊の毛皮、様々な剥製が並んでたりする程度だ。いやホンマ、秋田の強首温泉の歌舞伎版みたいなんで勧進帳だのなんだの隈取引いて大見得切ったマネキンが並んでたらどうしようと思ったで(笑)。

 露天風呂は川に沿うようにして、奥と手前、大きく2ヶ所のエリアに分かれてる。奥の方に女性専用の第一と混浴の第二、手前は何となく貸切風呂っぽい小さいのんがいくつも並んだ下に、遮るものの何もない明るい雰囲気の混浴の岩風呂ってな造りで第三、ってなってた。他に宿泊者専用の貸切露天で「蒼穹の湯」ってのもあるみたいだ。岩風呂の第三は生憎、ちょうど湯の入れ替え中だったので、その次に広そうな第二に向かうことにする。
 川べりの大きな湯船に白濁して硫黄臭の漂う、如何にも温泉らしい湯が湛えられ、太い丸太を柱にしたこれまた民芸調で如何にも秘湯の四阿っぽい屋根が掛かってる。
 朝早くに来たオカゲで先客は誰もいない。とても静かだし、天気も上々で、温度も少し温めでいつまでも入ってられそうだ。いささか演出がオーバーだけど、行き過ぎたワビサビはマニアックに敷居が高くなって一般受けしないのが世の常なので、これくらいのコテコテしさはどしたって必要なのだろう。
 上がるのと入れ替わるように、カップルが入ってった。何となくちょっとタヌキ顔で濃い目のメイクのオネーチャンは、どれかは忘れたけど、ネットの投稿掲示板で見たことがあるような気がした。男は大きな一眼持ってたんで、恐らくおれの見立ては正しいと思う・・・・・・まぁ、似たような写真ばっかおれたちも撮ってんだしな(笑)。

 続いては手前の方。ナニナニ?脱衣場内に掲げられた看板によれば、小分けされた露天風呂はそれぞれ「夢殿の湯」・「離宮の湯」・「密会の湯」・「金色の湯」で4つの総称が「ロマンの湯」だってさ・・・・・・読んでてこっちが恥ずかしくなってしまった。「密会の湯」なんて「土曜ワイド劇場」の見過ぎちゃうやろか?(笑)。
 一つ一つ丹念に入ってく。何でもこの旅館、それぞれ泉質の異なる5つの源泉から湯を引いており、ここは4つ全部、湯が異なるとのコトだ。実際、無色透明のから青味がかって白濁したのまで、泉質は様々だった。
 「これはこれでエエやんか。いつもみたいなん、あれ、そらまぁホンマモンでシブいかも知れんけど、コケだらけで虫浮いてるようなんばっかりもかなわんわぁ〜」などとヨメは無邪気に感想を述べる。たしかにそうだ。何事もそうだけど、病膏肓に入ると人は一種、偏狭なリゴリズムに陥ってしまう。それは趣味の世界ばかりとは限らない。最悪のケースがかつての新左翼のセクト間での内ゲバとかだろう。実はそれって袋小路に入った「蒙」の状態に他ならず、それをバーンと突き崩すのは決してややこしい理屈ではないのである。

 今日の後の予定は日光沢まで行って泊まるだけなので、おれ達にしては珍しく長時間入ってた。少しづつ日帰り客が増えてきている。やはり旅は早出に限るな。
 少々のぼせ気味で外に出ると、精悍な顔付きの黒白の犬が悠々と寝そべっている。この押し出しの強い建物には良く似合ってるやんか、と思ってよく見ると、首から迷子札みたいなのが下がってて「僕は手白沢温泉のクロです」とあった・・・・・・ここの犬とちゃうやん(笑)。まぁこの辺一帯は自分の庭なんだろうな。犬もこれくらいノビノビと飼われれば幸せだろう。

 相変わらず秋とは思えない強い日差しの中、おれたちは日光沢温泉に向けて歩き出したのだった。

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 ・・・・・・どだい「秘湯」って何なんだろう?

 鳥も通わぬ山中や、絶海の孤島の海岸みたいな秘境にあることか?・・・・・・たしかにそれはかなりの絶対条件だろう。
 殆ど人に知られることなくヒッソリとあることか?・・・・・・そりゃぁ人がウジャウジャ溢れ返ってちゃぁね。
 木造で古めかしく倒れそうなボロ宿であることか?・・・・・・なるほど、それもファクターの一つに違いない。
 混浴の素朴な湯小屋なんかがポツンとあることか?・・・・・・う〜む、実にシブいねぇ〜。

 考え出すと良く分かんないコトだらけなんだけど、それでもこの加仁湯が秘湯のイメージで売ってるのは間違いなかろう。少なくともロケーションは何となく秘湯の条件を満たしてるような気がする。事実、おれたちがこうして訪ねた数年後、ここの女将さんが冬に林道で雪崩に遭ってクルマごと生き埋めになり、何十時間後かに命からがら生還したって話もあるくらいだから、ハードな環境の中にあるのは間違いなかろう。しかし、何だかんだで送迎のマイクロバスや食材積んだ配送トラックはフツーにここまでやって来てるのだ。その点では大温泉地の観光旅館と何ら変わるところがない。ナカナカ秘湯であることってむつかしい。

 結局、秘湯は「秘」っちゅうくらいだから、やっぱし辺鄙なトコにあってあんましウジャウジャ人が来ちゃダメ、ってのが最低条件なのかも知れない。地元民の間にたまに物好きなヨソ者が紛れ込んでるくらいでエエんちゃうか?と。
 しかしそれではいつまで経っても経営状態は上向かない。やはり沢山お客さん来てもらってたんまりお金を落としてもらわないと商売としては困る、ってのもあって当然だろう。しかしながら、そればっかしが行き過ぎるとどうにも秘湯ではなくなってしまう・・・・・・つまり秘湯の温泉宿って、本来的にジレンマの中にあるワケだ。

 加仁湯で感じた観光とワビサビの間で引き裂かれたようなカンジ・・・・・・これが案外、現在の加仁湯の苦境の根本原因なのかも知れない。


この頃はけっこう頭上に余裕のない構図が目立つなぁ〜・・・・・・。


これはもう少し手前の個室(?)露天風呂。どっちも大開脚のショットですねぇ(笑)。

同上

2022.01.15

----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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