「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
終末の那須の週末


寒風吹き抜ける那須バーデンハウスの廃墟

 久しぶりに旅の目的地として出掛けた那須は、終末感を漂わせていた。

 今回の旅の目的が温泉よりはむしろ点在する廃墟だった、っちゅうのもそらもちろん作用したんだろうが、たとえそれを差っ引いたとしても那須は観光地としてかなり終わりかけてるんぢゃないか?って思ったのが忌憚のない所だ。

 那須の終末状態は今に始まったコトではない。前回、何年前だったかに泊りで行った時も、現在のメインストリートの下の方、那須湯本の川沿いに鹿乃湯まで至る通りを歩いてみたら、建ち並ぶ自炊の湯治場の殆んどは固くカーテンが閉ざされ、半ばゴーストタウンと化していたし、メインストリートにもポツポツと空家となった旅館や土産物屋が現れ始めてたっけ。
 一方で今でも殺生石のところの駐車場なんかは休日ともなればクルマが行列を作り、下ったセブンイレブンのある交差点のあたりは夕方ともなると大渋滞してる。もっと下の方の那須野ヶ原周辺はファミリー向けのキャンプ場なんかが次々と出来たりもして、夏休み期間中は大盛況で予約取るのも大変らしい。それはそれで事実だ。

 厳密に言うと、標高が上の方の旧来の観光地だったエリアがどうしようもなく寂れて来てるのである。今回はその辺の、それも廃墟ばかりを巡ったいささか偏った、少々長めのレポートと思って読んでいただきたい。

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 最初に向かったのは白河高原スキー場跡だったんだが、これはまぁまた別に一稿を設けることにして割愛させてもらおう。そいでもって那須に引き返すようにして到着したのが「絶景の宿・一望閣」跡と、その隣の半ば崩れかけた無名の小さな旅館跡だ。何と二軒並んで廃墟になってる。あまり目立たぬようにクルマを停めてまずは小さい方に。

 元々が粗末な造作だったってのもあるんだろうけど、ナカナカこれが豪快な崩壊っぷりだ。木造モルタルで、横に細長い二階建ての鈍角のL字型になった建物は、一体全体どんな客層を対象にしてた旅館だったのかがいささか分かりにくい。基本和室で一階二階合わせて十数室ほどなんだけど、絨毯が敷かれベッドの置かれた部屋があったりもする。そぉいや一般的な旅館に付き物の大広間が見当たらなかったから、あるいは大昔には湯治の自炊宿だった可能性もある。

 とにかく床板もかなり腐ってブカブカになっており、今にも踏み抜きそうで怖い。慎重に足裏の感触を確かめながらなるだけ真ん中を避けるようにして恐る恐る進んで行く。残留物は大量にあるが、大量の蒲団とか座布団の山、同じ食器といった旅館跡特有の規格品的なものではなく、妙に生活感を漂わせたゴタゴタした生活雑器みたいなんばっかしである。ひょっとしたら旅館としての営業は遥か昔に終わっており、隣接する大きい方の従業員寮として使われてたのかも知れないな。
 廊下の突き当りは完全に崩れ落ちた浴室となっていた。片隅には洗濯機の残骸がある。マトモな旅館なら風呂場に洗濯機を置くことなんてないだろうから、やはりここは寮として使われてた気がする。

 木造の廃墟を二階に上がるのはひじょうに勇気がいる。体重に耐えかねて一気に建物が崩れ落ちる惧れがあるからだ。抜き足差し足忍び足、まずは試しに何段か上がってみる。一階の崩壊ぶりとは裏腹に意外にチャンとしてて、グラグラ揺れることもイヤ〜な軋み音を立てることもなかった。部屋の扉のところには「かっこう」「やまどり」「うぐいす」「やまばと」などと名前が出てるんで、旅館であったことは間違いないだろう。もうちょっと各部屋を確かめようかと思ったが、ちょうど真下はあの腐ってブカブカの廊下である。一見陽当たり良くてマトモに見えるけど、これ以上先に行ったらヤバいかも知れない。

 フロント裏の小部屋には、6缶パックのスーパードライのロング缶が数本引き抜かれた状態で残ってた。日付を見てみると2011年となっていた。想像するに東日本大震災後の東北方面への観光の冷え込みによって力尽きたんだろう。

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 今度は隣、「絶景の宿・一望閣」(※1)である。巨大な骸を晒す今となっては、こりゃもぉ略して「絶望閣」と呼んであげたい物件だ(笑)。入ると竹箒が立て掛けられてあったり、補修部材を積んだ猫車があったりするんで、今もたまにはそれなりにキチンと手入れされてる雰囲気がある。警備会社のセンサーが入ってる可能性もあるんで、慎重に行く。まぁおれたちは廃墟に入っても絶対に荒らさないから上客の方だとは思ってんだけど、侵入者としてはどしたって十把一絡げで一緒にされて、そういった志の高さは一切斟酌してもらえないだろうから注意するに越したことはない。そんなんで恐る恐るロビーのトコまで来て、おれは何となく想い出した。

 ・・・・・・ココ、昔泊まったことあるやん!

 会社の社員旅行ってヤツだ。東京に異動になってワリとすぐの頃だった。夕刻に新幹線で東京を発つ強行軍で、送迎バスかなんかで到着して、部屋でお茶一服する暇もなく風呂入って浴衣と丹前に着替え、慌ただしく宴会とかやってドンチャン騒ぎして記憶なくして、そうして次の日は茶臼岳に登ったんだった。
 だからあんまし覚えてないんだけど、送迎バスは随分上の方まで坂道を上がってった記憶があるし、たしか翌日は宿から一度結構下ってから再び山に向かってたような気がするし、他に同じような立地条件で大きな宿は見当たらないし、多分ココで間違いなかろう。それが今は、静まり返った廃墟となってる。何とも複雑な気分になった。
 あくまでおれのアテ推量だけど、特別室や特別フロアを持つそこそこに豪華な造りであることからして、ここはバブル期に個人経営の小さな宿屋が一念発起して、かなりキツめの借入金で建てたものではないかと思われる。あの頃って雑木林の急斜面でさえ値が付いて担保になった時代なんだし。それまでは社員寮に転用した隣の小さな湯治宿を細々とやってただけだったんだろう。
 ところがバブルは崩壊するわ、やっと一息付けたかと思ったらリーマンショックだわ東日本大震災だわで進退窮まって、その後のインバウンドの神風の恩恵にあずかることもなく力尽きたんだろう・・・・・・知らんけど。

 実のところ、ホテルの廃墟ってあまり面白くはない。同じような部屋が延々と並んでるだけで(オマケにここではほぼすべての部屋が施錠されてた)、歩き回ってもあまり事物に変化が無いのだ。結局ロビーとか宴会場、大浴場に調理場といった、客室以外のトコの方が絵になる。この傾向は鉄筋コンクリートでシッカリ作られたトコほど強く感じる・・・・・・でもまぁ、廃墟になってからの見端を考えてホテルを建てるような酔狂な経営者はおらんだろうから、ボヤいても詮無いことではあるのだけど。

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 続いて向かったのはロープウェイ乗り場手前、大丸園地という大きなヘアピンカーブのトコだ。トンガリ屋根がちょっと山小屋的な雰囲気の「ゆけむり館・湯泉望」(※2)って、土産物屋兼日帰り温泉兼食堂である。「とうせんぼう」と読む。まさか営む事業がとうせんぼされて行き詰るとは夢にも思ってなかったに違いない・・・・・・って、Oi!Oi!ここも何となく記憶にあるぞ!Oi!Oi!Oi!

 そう、ホテルを発ち、二日酔いでヘロヘロになったままロープウェーで茶臼岳に登り、ゴーゴー噴気を上げる火口付近をよろばいつつ散策してから、蕎麦打ち体験とかゆうてやったのがたしかこの店だった。今は崩壊したタール塗りの木の階段を上がった辺りが体験教室のスペースになってたっけ。上手に出来たか失敗したかは当日の濁りまくったアタマのせいもあってもぉ覚えてないが、食ったらブチブチだったような気がおぼろげながらするから、あんまし成功したとはいえなかったんだろう。

 表通りに面してるせいか、ヤンキー共に悪逆非道・乱暴狼藉の限りを尽くされてるのが痛々しい。ただ、建物の大きさの割に残留物はひじょうに多い。細々した調度品、座布団の山、何だか良く分からない額装の数々、店内装飾に使ってた民芸品の張子や木彫り、剥製、中途半端な土産物の類・・・・・・ところが食堂にはあるハズのテーブルや椅子とかは見当たらなかったんで、ひょっとしたら経営者が夜逃げ同然でいなくなった後、債権者が金目のものだけかっさらってったようなパターンかも知れない。

 ここで何とも痛々しい気分になったのは、洋服ダンスの中にギッシリ吊るされたちょっと上等そうな女性服の数々だ。マトモな引っ越しであればそこは女心っちゅうヤツで、こうした服飾品は必ず持ってくだろうに、それがそのままとはやはり、余程コトは急を要してたんだと思われる。

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 実は恐ろしいコトにこのヘアピンカーブ沿いに並ぶ十軒ほどの店の大半が廃墟と化してる。営業してるのは二軒くらいしかない。そんな中、壊れっぷりでは「湯泉望」を凌駕して無残な駐車場脇の「山の甘味処・那須バーデンハウス」に向かう。駐車場を挟んで30mくらいのトコだ。
 ここは名前の通り、日帰り温泉ちゅうよりはスパを目指してたっぽい。作りが何となくグラッシーで80年代的モダンが感じられ、スキー場の施設に近いような雰囲気がある。それでそれだけを突き詰めてたら、もちょっと行く末は違ってたかも知れないが、そこに中途半端に「甘味処」などとシュールなネタをブッ込んだがために、要は先ほどの物件と変わらない土産物屋兼日帰り温泉兼食堂になってしまった。

 大きな切妻屋根の建物が斜面に雛壇状に二棟並んで建っており、手前が食堂・・・・・・失礼、甘味処と土産物、それを下って通り抜けた奥が吹き抜けで高い天井の浴室になっている。多分、大きくて四角いのは温水プール、中二階になったのが男女別の内湯だったんだろう。
 ここもまたアホなヤンキー共によって内部は破壊の限りを尽くされてるが、それ以上に見掛け倒しの安普請のツケか、風雪による劣化が凄まじく、かなりの鶏ガラ状態。。元は一部分だけがガラス張りだったであろう天井もアクリルか何かの壁面も大半が抜け落ちて骨組みだけが残るひじょうに風通しの良い状態になってる(笑)。そして一旦そうなってしまえば、人為的破壊以上に内部はすさまじく劣化が加速する。

 スキー場施設に見えたのもなるほどで、実際、すぐ下ったトコには「那須高原ファミリースキー場」ってリフト1本だけの小さなゲレンデがある。何年前だったか、ここで開催された雪山講習会で本物の雪崩が起きて高校生が沢山亡くなったんで覚えておられる方も多いと思う。これまた完全なアテ推量だけど、バブルの頃にはこんな場末スキー場でもそれなりにお客さんは来てたし、ひょっとしたら経営者は耳元でネットリとゲレンデ拡張計画なんて甘言さえ囁かれてたかも知れず、それで将来に賭けてこのようにスキー場っぽいのを建ててしまったのかも知れない。
 それかあらぬか内部には如何にもあの頃っぽいファンシー(←死語の世界)な絵柄のグッズや、当時のリゾート系がこぞってデザインしてたようなセンスのロゴなんかが壁の随所に残されていた。

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 気鬱で重い廃墟巡りはまだ続く。

 現役営業中ながらほぼ廃墟な一軒宿の弁天温泉、どうにも辿り着けないので有名な国民宿舎廃墟の「五岳荘」をパスし、さらにその下、「那須ホテル」に向かう。与一に因んだか扇型にNHの頭文字がトレードマークのようだ。横には長いが奥行きがなく、地上2階、地下1階と、そんなに規模の大きなホテルではない。しかし眺望は最高に良く、どうしてこんな一等地、それも源泉がすぐ近くに湧出するロケーションにある宿が身売りも叶わぬまま廃墟になってるのかちょっと理解に苦しむ。しかし、随分以前からこんな感じらしい・・・・・・どんな経営しててんな(※3)。

 廃墟美にも色々あるんだけど、ここには切り詰めたようなミニマルでアブストラクトな美しさがある。いやまぁ元はと言えば恐らくこれまたヤンキー共の放火とかがあったせいぢゃないかと思うが、可燃物となる内装類が全て剥がされて、内部は見事なまでに剥き出しのコンクリート打ちっ放し状態になってるのだ。各部屋の中の間仕切り壁なんかも全て取っ払われてるので、室内はまるでドンガラのコンクリの箱だ。残留物も殆どない。とは申せ、未成物件の雰囲気とはまたちょっと一味違う。
 そしてこの物件もまた、ロビー奥のガラス壁が見事な吹きっさらしになってしまってる。いやもぉ「那須ホテル」でサーチすれば必ずこの、ガラスが全て割られて窓枠だけが残った巨大な壁面が出て来るほどに有名だ・・・・・・ごく一部で(笑)。

 しかしながら見所は他にもあって、真ん中が地下からの吹き抜けになった壁面沿いの螺旋階段や、規則正しくドット柄になって並ぶコンクリート壁の目地の跡、碁盤の目のような床材の剥がされた跡等々、「スタイリッシュな廃墟」と呼んであげたい。

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 ともあれ那須の廃墟一気巡りは終わった。まだ熟成が進んでないんであまりそそられないが、実は他にいくつもこの界隈には廃墟があったりもするんで、2回目があるかも知れない。それほどまでに那須一帯は廃墟だらけになりつつある。

 近くの塩原も似たような状態だし、鬼怒川・川治に至ってはもっとひどい状況となってるのは有名な話だ。それでも冒頭に書いた通り、ちょっと下った辺りのキャンプ場は大盛況だったりもする・・・・・・って、今は冬だしコロナの拡大もあるし、これからはどうか分からんがけどね。2020年だけでコロナ関連の失業者は8万人くらい出ており、今年はさらに増えるなんて言われてるくらいだし、ファミリーったって少子高齢化は進む一方なんだし。

 おれが見たものは、戦後の日本の行楽のあり方が湯治から団体旅行、そしてファミリーでのキャンプに変容して行くプロセスで、時代の流れに取り残されたりしくじったりした者たちが拵えたささやかな傷跡に過ぎないだけなのかも知れない。或いはまた、本来は火山灰やらゴロタ石に一面覆われ、痩せて冷涼でロクに耕作も出来なかった高原の遥か上に、粗末な一群の湯小屋が侘しく固まるだけの、那須の遥か昔にゆっくりゆっくり還ろうとしてる姿だったのかも知れない。



---後から判明したので追記---

※1:2016年一時休業、2018年リニューアルオープンの予定だったみたい。
※2:2008年廃業
※3:2005年、親会社の経営破綻に伴い廃業


那須ホテルのロビー。吹き込む秋風が冷たい。

2020.01.10

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