「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
神域の湯・・・・・・岩間温泉


湯気で真っ白な浴室にて(ギャラリーのアウトテイクより)

そぉいや最近、あんまし並んで撮ってないなぁ〜・・・・・・。

 古来、温泉と信仰は深く結びついており、温泉寺や温泉神社は数えきれないほどある一方で、寺社仏閣の境内に直にある温泉って、ありそうで実はそんなにない。

 有名なところでまず思い出されるのは、やはり恐山の菩提寺の中にある共同浴場だろう。総ヒバ造りとは申せ、湯小屋と呼ぶのが相応しいような粗末な建物が実に4ヶ所も点在しており、いずれも如何にも火山の噴気孔の上に立てられた寺らしく、大量の硫黄を含んだ濃厚な酸性緑礬泉が湛えられる。
 「語るなかれ、聞くなかれ」な出羽三山の一つ、湯殿山もまぁそんな感じである・・・・・・らしい(笑)。いや、実はどんなんかは知ってんだけどさ。でもおらぁまだ行ったことないし、それに何せ「語るなかれ、聞くなかれ」なんだから、たとえ仄聞にせよここでベラベラ詳細に語ることはルール違反ってモンだろう。
 諏訪大社の下社の入口付近にも温泉の出る手水があったが、これは湧いてるのではなく引き湯をしてる感じだったし、入ることは出来ない。奥日光にある輪王寺の塔頭だかなんだかは温泉に入れる寺ってのをウリにしてる。そぉいや昔、箱根にもあったっけかな。他にも調べてみると歴史のある大温泉地等でいくつか見付かるものの、やはりそんなに多くはない印象である。

 今回紹介するのは、そんな寺社仏閣の境内に湧く温泉の一つ、山梨は塩山にある岩間温泉だ。足掛かりは悪くないし、鄙びた風情も存分にあるのに、あまりネット上に情報が出て来ない不思議な温泉だったりする。

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 塩山から裂石温泉に向かう大菩薩ラインの南側を並行して走る県道を東北東に向かってダラダラと上がり、途中低い山裾に向かって折れるとすぐに岩間温泉に着く。さすがフルーツ王国・山梨だけあって周囲は果樹園ばっかしだ。ある意味、実直で外連味のない名前とも言える「岩間温泉旅館」ってそのまんまが宿の名前。神社は神部神社といい、すぐ傍に鳥居が建っていて奥には拝殿らしき建物が見えている。本当に神社の境内に温泉宿があるのだ。由来等は以下の通りである。
 神部神社は貞観2年(860)の草創と伝えられる。重川の左岸に座し、塩山上萩原、塩山上小田原、塩山中萩原の氏神で、旧郷社である。
 祭神は伊弉諾尊が黄泉の国から戻って 禊祓をした時化生した「祓戸ノ九神」を祀る。古くから温泉湧出の霊験があったので、そのため湯山大明神とよばれ、転訛して岩間大明神と称された。貞観二年(八六〇) の草創と伝える延喜式内社に数えられ、往古は 当地は神戸神社鎮座により神戸荘といわれた。
 なお湧泉は、明治41年(1908)創業の温泉旅館が神社に隣接して建ち営業を続けているほか、氏子の家々や近くの市立神金小学校にも供給されている。(註)
 ・・・・・・つまりこの岩間温泉旅館、こじんまりとたいへん地味にやってるんだけど、その実態としては現在では100年以上の歴史を誇るってコトになる。実際貼り出されていた成分分析表はたいへん古いものだった。それにしても最後の一文はちょっと面白い。温泉のある小学校って楽しいかも。

 訪ねたのは春まだ浅い頃、冷たい雨のそぼ降る朝だった。静まり返った玄関で大声で来訪を告げる。新しくも古くもない建物の軒先には白字で温泉名を書いた立派な一枚板の扁額が掛かっている。
 しばらくするとこの宿の御主人だろう、ジーサンが奥から出て来る。通常こうして田舎の温泉宿を尋ねて応対してくれるのは9割方がバーサンなので、何となく「おっ!」ってな気分になる。
 浴室は男女別に分かれてるみたいだが、先客も居なさそうなので家族みんなで入って良いか訊いてみるとアッサリOK・・・・・・ってまぁこれまでこの交渉で断られたことは殆どないんだけどね。家族やカップルなら気兼ねする必要もなし、冷鉱泉だったら油代の節約にもなってエコで良いんぢゃなかろうか。

 神域にある湯なんだからもっと宗教入って、何本も幟が並んでたり、でっかい神棚があったりしてもおかしくはないだろうに、旅館名と同じくまったく飾り気のない脱衣場に続く浴室もこれまたひじょうにアッサリとした作りで、いささか拍子抜けしてしまった。これが東北方面だったりすれば、もぉ間違いなくコテコテのドロンドロンに濃密で土着の香りのするイクイップメントのあれこれが設えられるトコだろうが、やはりそこは金銭にシビアで信仰心が比較的薄く、ドライで、ある意味合理主義のカタマリと俗に言われる甲州人気質ってヤツが顕れてるのかも知れない。室内は寒さで真っ白に湯気で曇る。
 泉温23℃の冷鉱泉で、当然ながら沸かし。しかしながら、大小2つ並んだ水色のタイル貼りの湯船は意外にも広い。大きい方は詰めれば10人くらい、小さい方でも5〜6人は入れそうな広さがある。地元民からの支持が今でも厚いのかも知れない。
 面白いことに大きい方の湯舟の方が熱かったりする。燃料代だってバカにならないだろうに。泉質はこの辺一帯の温泉・鉱泉に共通する、無色透明無味無臭、極めて清澄なややアルカリのヌルッとした感じのある単純泉。入り飽きしないのが良い。
 驚くべきはその湧出量。毎分500リットルを超える・・・・・・つまり1時間に3万リットル以上って計算になるが、いくらなんでもちょと多過ぎるような気がした。家庭用の風呂およそ150杯分でっせ。これは恐らく「毎時」の誤りではなかろうか。最初に参った神社にも、そこまでガボガボ湧いてるトコは無かったもん・・・・・・でも近所にも分配してるっちゅうしなぁ。良く分かりませんです、ハイ。

 窓を開けても何か特別な景色が望まれるワケでもない。耕作放棄されたようなボサボサした枯草の広がる、畑だったと思しき空地があるだけだ。典型的な「村の湯」と言えるだろう。この平々凡々とした佇まいにこそ滋味がある・・・・・・って、寒い寒い言われて早々に閉めてしまったが(笑)。
 こうして考えると岩間温泉はひじょうに珍しいケースのように思う。村はずれの小さな神社の境内にある一軒宿で、不思議なことにその神社が経営するのではなく普通に民営の旅館だったりする。そして神社の境内という神域にモロに立地するにも拘らず、微塵もそうと感じさせない敷居の低さがある。いわば、「プレミアム感の無さ」こそが逆説的にこの岩間温泉の唯一無二の希少性なのかも知れない。

 雑多に色んなものが飾られたロビーで涼んでると、入れ替わりに若いカップルがやって来た。もちろん地元民ではない。若いのにこんな時間からこんなマイナーなトコに来るとは、それなりに温泉マニアなんだろう。余計なお世話とは思いつつ、「あ〜、今やったら一緒に入れましたよ〜」などと伝えて宿を辞したのだった。だって、男女でヒマそうな温泉に立ち寄って、先客がいるワケでもないのに別々に入るなんて味気ないですやん。

 さっきよりは大分空が明るくなってきた。昼前には雨も上がりそうだ。

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 今でもあるのかな?と調べてみたら、特に訪ねた当時と変わらない姿で現役で続いているみたいだ。何よりそのことがおれには嬉しい。神域にあるからってヘンに欲かいてパワスポがどーたらこーたらとかならず、地味で草深い雰囲気を保ったままいつまでも静かにあってくれたら良いな、って思う。


註:甲州市「青梅街道沿いの歴史的風致」と旧・塩山市教育委員会の文書を基に編集。


民家っぽい雰囲気が好い感じのロビー。

2020.09.05

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