「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
ネコの湯・・・・・・穴原温泉・おきな旅館


ひじょうに人に馴れてます。

 以前よりはフツーの旅館に泊まるコトが増えた。行動範囲の中でどうしても行きたいと思えるほどシブい佇まいの温泉・鉱泉が無くなってきたことと、ホンの僅かながら(・・・・・・謙遜でもなんでもなくマジで、笑)の余裕、っちゅうモンが生まれて来たからだ。だから、従来は歯牙にも掛けなかった・・・・・・とまで言うと失礼過ぎるか、まぁそんなに行こうとも思わなかった古くからの有名な温泉地に宿を取ったりすることが増えた。
 申し込むのは「じゃらん」を通じてが多い。「ヤフートラベル」とか「楽天ナンチャラ」、はては「小さな宿探し」なんてのもたまに使うが、あれこれ選ぶのも面倒なんで結果的に「じゃらん」が増えちゃってる感じだ。

 改めてそんな古くからの有名な温泉地に行ってみると、ワビサビな一軒宿よりむしろこっちの方がヤバいんぢゃないかと思うほど寂れちゃってるケースが目立つ。日に灼けたカーテンが引かれ固く閉ざされた玄関前にはプランターが並べられてたり、見上げた二階の部屋の障子がことごとく破れてたり、それどころかとうに解体されて櫛の歯が欠け落ちたように温泉街の途中に更地が出来てたり・・・・・・と気の滅入ることも多い。今回紹介するのも、そんな温泉地の一角にある宿だ。

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 福島の飯坂温泉は福島市内からほど近く、奥座敷としてたいへん歴史のある温泉地である。規模的には土湯・東山・いわき湯本と並んで県を代表する大温泉ではなかろうか。摺上川に沿うように温泉宿や土産物屋が立ち並び、共同浴場も沢山点在し、いささか寂れてるトコもあちこちで目立つとは申せ、如何にも昔ながらの温泉地らしい風情をまだまだ色濃く残してる方ではないかと思う。
 どれだけそれに乗ってくるお客さんがいるのかは分からないけれど、全国的に見ても今やすっかり少なくなった温泉電車が走ってたりするのも味わい深くて良い。そぉいや何年、前に非常階段が電車を貸し切ってライブをやる、なんちゅう無茶をやってたっけ。ノイズ温泉電車って何やねん!?たしかそのまま続けてどっか老舗旅館の大広間でもライブやったハズだ・・・・・・まぁ、旅館の何代目の若旦那かに、アングラやマイナーにウツツを抜かしてきたドラ息子がいたんだろうな(笑)。

 さて、穴原温泉っちゅうのはそんな飯坂温泉のいっちゃん奥まった方の地区の名前であって、数件の宿が点在するだけの至って静かなところだ。この辺まで来ると温泉街の中心からはかなりはずれており、両岸の山も迫って来て、如何にも山峡の湯という雰囲気が出て来る。「おきな旅館」はそんなところの川っぺりにある落ち着いた佇まいの旅館だ。冒頭に書いた通り、あまり深く考えずに「じゃらん」で予約を入れたような気がする。
 「おきな」とは他でもない、能面の「翁」のことで、今は公式ホームページ見てもあんまし強調されてないけど、泊まった頃は「能と謡の宿」ってなキャッチフレーズがウリで、旅館の看板始めタオルや浴衣等々、至る所に翁の面が描かれてた。大体において能面っちゅうのはどれも不気味なモノであるからして、ぶっちゃけちょっとキャラとしてはキモチ悪い。まぁ何代前かは知らないが、旦那が謡曲にハマッてウツツ抜かしてたのかも知れない・・・・・・まぁハーシュノイズよりは千倍マシかもね(笑)。
 そんなんでそれぞれどんな名前だったか細かいことまでは忘れちゃったけど、各部屋の名前も「高砂」とか「羽衣」とかナントカ、どれも謡曲の題になってた。でもさすがに能舞台までは無かったな。

 荷物を置いて玄関で靴脱ごうとしてると、キジトラが一匹とことことやって来ていきなり足許で横になる。一応歓迎の意を表してるのかも知れない。ネコなんてフツー知らない人間には警戒心丸出しなのに、さすが日々の客商売の中で鍛えられてるだけあって大したモンである。
 その時点で既に我が家にはネコがいたんで、特に気にするコトも無いかったものの、ネコが大嫌いとか猫の毛アレルギーのお客さん来たらどうするんだろ?

 荷物を置いたらまずは風呂だ。浴室は男女別の大浴場に加えて貸切の檜風呂があるっちゅうんで、階下に下ったそちらに行ってみることにした・・・・・・ってヌグググ、死ぬほど熱いやんけ!(笑)。実はコレ、泉温がそれなりに高い温泉ではありがちなパターンで、貸切風呂は狭いし、それほど人の出入りもないもんだから、湯船にはドンドン熱い湯が注がれる一方で入れないくらいに熱くなってしまうのである。
 ともあれひたすら蛇口からホースを引っ張って水でうめるのだけど、ナカナカ適温になってくれない。洗面器に水汲んでバケツリレーでさらに追加しても熱いままだ。格闘すること十数分、ようやっと湯船に浸かることはできたが、どぉにもこのままだと落ち着かないんで、結局大浴場にも入り直すことにした。そっちはフツーに入れる温度で助かった。ちなみに大浴場にも能の名前が付けられてた。
 それはともかくここの湯は皮膚病に特効ありと言われてるらしいが、こんなんにそのまま入ったら治るもヘチャチャもホチョチョも、まず火傷しまっせ(笑)。

 ・・・・・・などと文句めいたことを書いてしまって申し訳ない。実はこの「おきな旅館」、部屋も料理も全体の佇まいも、その料金からすると信じられないくらいにシッカリしてた、ってコトは声を大にして申し上げときたい。あまり使いたくない言葉だけど、「コスパ最高」っちゅうやっちゃね。
 これは信州の湯田中温泉郷なんかでも感じることで、地形的な要因もあって規模的に拡大できないまま中小の温泉宿がひしめく温泉地ゆえ、ライバルとの熾烈な過当競争とかがあるからではないかとおれは思ってる。とにかくすごく頑張ってる気がした。もちろんナンボ能に拘ってるとは言え、料理運んでくるスピードが能の摺り足並みににトロいってコトもなかった(笑)

 夕食後に外をブラブラ散歩して戻って来ると、また玄関にキジトラがとことこやって来て、愛嬌を振りまく・・・・・・って、この時になってようやく気付いた。館内のネコはその一匹だけではなかったのである。遠くから様子を窺うのがいたり、隅っこで蹲ってたり、一体何匹おんねんネコのおんねん・・・・・・なんちって。白タビの有無等の違いはあるものの、どれも判で捺したようにキジトラだ。余談だが我が家のネコはサバトラだ。

 「能と謡の宿」っちゅうのは表向きの話で、その実態は「ネコの宿」だったのである。

 フロント近くには飼い猫を紹介したお手製のファイルまで置かれてあるのを見付けた。結構な数がいるみたいだ。みんな名前は三文字で、どれもメスなのか何なのか「こ」で終わる名前が付いてる。「ぐれこ」には笑ってしまった。これで「てすこ」とか「へるこ」、「かむこ」「ぷろこ」がいたりしたら、女将か旦那は絶対に音楽好きだろう(笑)。

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 上に書いた通り、今稿を書くために久しぶりに旅館のホームページを開いてみたところ、「能と謡の宿」のキャッチフレーズは、いつの間にか「ペットと泊まれる宿」に変わっていた。実態に即したワケやね(笑)。ネコも今やキッチリ紹介されており、ファイルで見た時は4番目か5番目に名前が載ってた件の「ぐれこ」が今では筆頭の看板ネコになったようだ。他には「あんこ」「たらこ」「びびこ」の計4匹がいる。まぁもぉ7年ほど経ったし、代替わりも若干してるんだろう。余程その血統が強いみたいで相変わらずキジトラばっかしである。

 近年の空前のネコブームもあってこの旅館、いろんなメディアにも取り上げられることも多く、今やものすごく人気があるみたいだ。飯坂温泉全体では苦しい状況が続いてる(宿泊数ではなんと最盛期の半分以下らしい)とは思うけど、そんな中でまことに結構なハナシだと思う。

 通常招き猫っちゅうのは白か黒って相場が決まってるモンだが、どうやらこの「おきな旅館」の場合、キジトラだったようである。


貸切の家族風呂もあります・・・・・・ほぼ熱湯ですけど(笑)。

2020.03.28

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