「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
都市近郊駅前温泉の終焉と再生・・・・・・鶴巻温泉


公共施設である「弘法の里湯」の貸切風呂。狭苦しいけど意外に良いカンジ(ギャラリーのアウトテイクより)。

 先日の台風19号で何十年ぶりかに多摩川が氾濫して、あの辺のタワマンの地下の重要施設やら高そうな家が軒並み水に浸かるっちゅう騒ぎになった。ネット中心に「ざまぁww」とか「メシウマww」の書き込みが数多くあって、日本にもいよいよ本格的な階級社会が到来してんだなぁ〜、って改めて感じた次第だ・・・・・・エッ!?おれ!?いや実はおらぁタワマンには全く興味ないんっすよ。だって普段上ったり下りたりだけでも不便やんか。そらまぁ高い所から周囲を睥睨できる優越感は確かにあるかも知れないけれど、それ以上に我慢したり喪ったりするモノが多過ぎると思いません?
 別に高所恐怖症ではないが、今暮らしてるマンションの階でもジューブン高過ぎ、もちょっと下の方買っても良かったんかな?って思ってるくらいだもん。理想は玄関出て1分以内に道路に出れるくらい。それがアータ、朝夕はエレベーター混んでたりして、ひどいときは3分くらい掛かるときがあって、イラチなおれとしてはいささかとは申せストレスになってる。オマケに駐車場やなんやら敷地を横切って通りに出るまでがまた遠いんだわ。

 ・・・・・・っていきなり話が逸れまくってんな。そうそう多摩川。全然知らなかったんだけど、今回水の溢れた辺りには堤防が築かれてなかったらしい。で、その理由が、戦前は風光明媚な場所として元々その辺の河原には料亭が沢山あって、「堤防が出来ると景観が損なわれる」とか反対運動があって、それで手付かずのままになってたんだそうな。さらに戦後になって宅地化の進む中、料亭は一軒、また一軒と姿を消してったが、今度は家建てた住民たちが同じような主張をして結局堤防は作られることなく、それで今回の結果となったらしい。

 実に救いがたきは愚民のエゴである、っちゅうこっちゃね。本当に救いがたい。ざまぁwwっちゅうんならそこだろ!?って思うな、おれは。

 しばらく前、大阪の紀泉国境に点在した鉱泉群と共に、堺の海っぺり近くにあった「羽衣」・「新東洋」・「天兆閣」等の料亭旅館について触れたことがあった。みんな90年代までには宅地化の波に飲み込まれて消えて行ったんだが、ともあれ、あれと同じようにして消えてった料亭旅館が多摩川沿いにあったコトは、こうして今回の洪水で初めて知った次第である。

 都市近郊の温泉や鉱泉はあまりにも町から近過ぎるがゆえに、交通機関の高速化や住宅地の広がりに押されて、その多くが衰退の一途を辿ってる。ようやく本題だ。そんな温泉の代表例とも言えるのが今回取り上げる鶴巻温泉と言えるだろう。いや、かつてはもっと都心部に近いところに、最盛期は旅館80軒以上が櫛比した大温泉地があった。横浜と川崎の境界近くの綱島温泉である。しかしこちらは完全に終わってしまい、日帰りのスーパー銭湯が僅かに残るだけっちゅう悲惨な状況で、最早紹介のしようもない。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 鶴巻温泉は神奈川県の平塚と小田原の間を山の方に入った、秦野市ってトコにある駅前温泉だ。小田急線の駅の名前も未だ「鶴巻温泉」となってるのは、せめてもの救いかも知れない。カルシウム含有量が世界一で牛乳並みという珍しい泉質で、毎日飲み続けてたら骨が丈夫になるかも知れない。
 ここもかつては一大温泉郷で、旅館も20軒くらいあったそうだが、現在でも温泉旅館として残るのは僅か3軒(陣屋・大和屋・梵天荘)となってしまった。あとは日帰りの市営浴場、ビジネスホテルになった(美ゆき)のがあるくらいだ。

 初めて訪ねたのは、大阪から越して来て間もない頃だった。名前自体は関西在住時代から知っており、何だったか仕事であっちの方に用事があって、その帰りしな、折角近くまで来たんだからと思って立ち寄った記憶がある。おれにしては極めて珍しいパターンだ。霙の降る陰気な寒い夕方、スーツの上にマフラーとコートっちゅういでたちで、日も沈んで暗くなりかけた中、入らせてもらったのはどこの何て名前の旅館だったか。入口に小さな鉄のアーチみたいなんが立っており、風呂は小さいながらも四阿の付いた露天が設えられてた記憶がある。写真も何葉か撮ったと思うのだが、どうしても見付からない。温泉街と呼ぶにはあまりに活気のない町の様子に加え、天候や時間のせいもあって、とにかく寂しくてシケた印象ばかりが残ったのだった。

 二度目に訪ねたのはそのおよそ10年後、厚木の冷鉱泉を訪ねるついでに立ち寄った。掲げた画像はその時のモノだ。新しく建替えられた市営浴場がナカナカ良く、梵天荘がかなりシブい佇まいだ、ってな情報を仕入れてたんで、日帰りコースに組み込んでみたのである。

 前者についてはあんまし過大な期待してもスベるだけだろう。要は公営浴場の片隅に予約制の露天風呂付家族湯がある、ってコトなんだから。たしかにまぁ家族の介添えがないと、どしたって入れないような年寄りだっているだろうし、混浴がどぉこぉっちゅうのも野暮な話ではある。
 入った感じは家族湯としては立派過ぎるくらいの造りで、悪くないどころかとても良い。内湯は広々としており、詰めれば8人くらいまで入れそうな広さだ。狭苦しい家の風呂みたいなのを、麗々しく「貸切可能」などと言って集客しようとする旅館はちったぁ見習うべきだろう。
 外の露天風呂も、そらまぁ市街地にあるから高い柵で厳重に周囲を囲まれた箱庭タイプで、眺望が開けるワケでもなんでもないけど、4人くらいは余裕で入れる広さがあって、せせこましさは全くない。つまり内と外を合わせると湯船だけで10名以上のキャパがある。家族湯としてはなるほど相当にデカい。スワッピングパーティーだって開けそうだ(笑)。

 ただ、惜しむらくは湯にまったくカルシウム成分を感じられないってコトだろう。そぉいや以前立ち寄った旅館も湯は無色透明・無味無臭で、鶴巻温泉が出来るキッカケになった「明治の半ば過ぎくらいに井戸を掘ったら苦みのある赤い水が湧いた」っちゅうエピソードと矛盾してるように思ったな。
 しかしながら、たしか成分表は掲げられてたような気がするし、ただの水で誤魔化してるとも思えない。大体、温泉偽装はこの訪問の何年か前、全国的に社会問題化して、ここ鶴巻でも騒ぎになってたような記憶がある。ひょっとしたら析出成分でパイプ詰まるのがイヤで、折角湧いた鉱泉水をわざわざフィルター掛けて濾してるのかも知れない。だとすれば随分勿体ないコトのように思う。

 梵天荘は実にシブい宿だった。玄関を開けるとすぐ向こうにまた扉があって、そこが浴室の入口という変わった作りだ。通り抜けて急な石段を上がってくと、大きな木々の生い茂る中、急斜面にへばりつくようにして離れになった客室が二つと浴室がある。多分、かつては展望風呂になってたんだろうけど、残念ながら今は対面にマンションが出来てしまって眺望は開けない。周囲は敷地一杯まで民家が迫っており、南隣も大きなマンションだし、浴室のさらに上の方は山が削られて宅地となり、家がびっしり並ぶ有様だ。「宅地化の波が迫る」って表現をこれまで散々安易に使ってきたコトを反省せずにはいられないほどに、それはナサケ容赦ないものだった。

 そんな中に取り残されたようにある浴室は、周囲の喧騒から隔絶されたように不思議と暗く沈潜した雰囲気に満ちていた。洗い場から浴槽、壁までが一面、黒い鉄平石や黒いタイルで覆われてるコトに加え、窓に簾やら桟やら厳重に目隠しが施され、、さらには外には大きな樹木が繁って陽の光を殆ど通さないから、アンダーな照明もあって何だか洞窟風呂にでも入ってるような感じだ。何とも秘密の場所めいていて、見ようによってはいささか淫靡とも取れる室内だ。

 金曜日の夕方、箱根に向かうロマンスカーは俗に「不倫列車」とも呼ばれたりするくらいに車内は不倫カップルで溢れてるっちゅうんだけど、箱根まで行かなくても、ココで十分「密会の宿」は出来ちゃうんぢゃないのかな?こじんまりしてて箱根よりよほど人目に付きにくいで、って思ってしまったくらいだ。箱根よりは都心からかなり近い分、着いてすぐと帰り1時間づつ、合計2時間は乳繰り合ってヤレる時間が増えるで・・・・・・と(笑)。

 ただやはり、こちらの風呂も泉質はホンマにカルシウム分を含んでるんか?と問いただしたくなるほどに清澄なものだった。ホント、源泉をそのまま使ってるトコはどこなんやろうね?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・と、どっちもかなり強く印象に残ったんだけど、それでもやっぱし鶴巻は緩慢と、しかし着実に消滅の道を辿るんだろうなぁ〜、って思ってた・・・・・・それが、だ。

 なんと嬉しいことに最近、復活しつつあるっちゅうのだ。その急先鋒となってるのが一番の老舗にして将棋の大会の会場として名高い「陣屋」である(「陣屋事件」ってな将棋の世界での大事件の舞台ともなった)。いや、実はここも10年くらい前までは永年の宿泊客の減少に加え、旧態依然とした経営姿勢が祟り、巨額の累積赤字に苦しんでたという。

 こっから先は、いろんなメディアで詳細に紹介されてるからご存知の方も多いだろうが、そこを継いだ四代目の若旦那と女将が元々従事してた仕事の知識をフルに活かして経営改革に努めた結果、億単位になってた累損も今は一掃して予約が引きも切らないって状況に変わったっちゅうのである。オマケにブラックが当たり前の業界にあって週休三日、っちゅうから驚きを通り越して恐ろしいくらいだ。そのうちドラマになるかも知れないな。
 取られた手法としては、実は案外シンプルっちゅうか定番で、@徹底した職務分析とBPR(仕事の工程を再構築すること)、Aスタッフの多能化、BIT技術の大胆な導入ってトコだろうか。特に旅館専用ERPとも呼びうる「陣屋コネクト」と名付けられた統合管理システムは商品化され、これはこれでサイドビジネスとしてさらなる稼ぎを生んでるちゅうから大したモンだ。既に全国で数百の旅館がコレを購入してるらしい。

 いろんな外的要因は、そりゃぁあるだろう。しかし獅子身中の虫で、昔ながらのユルい経営では立ち行かなく時代であることを自覚し、正しい創意工夫と努力をキチンと傾注すれば、まだまだチャンスはある・・・・・・どころかものすごい鉱脈が眠ってるってコトだ。今の日本の全方位的な沈滞や、知識も感覚も時代遅れなのに、過去の実績に胡坐かいただけのジジィがエラそうにふんぞり返ってる状況に対し、陣屋の再生ストーリーが示唆することは実に多い気がする。

 ひょっとしたら今は喪われた都市近郊の温泉・鉱泉、それどころか料亭旅館だって、復活の狼煙を上げられるかも知れない。いや、そうあって欲しい。


「梵天荘」の内湯。独特の暗さが密会の宿っぽいかも(同上)。

2019.10.22

----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
Copyright(C) REWSPROV All Rights Reserved