「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
こんな宿こそ残って欲しい・・・・・・那珂川温泉旅館


那珂川の堤防がすぐ裏手に迫る旅館全景。以外に沢山クルマが停まってます(ギャラリーのアウトテイクより)。

 関東平野の最北縁、鮎簗で有名な那珂川の両岸に旅館がポツポツと点在する馬頭温泉郷は、一括りにするにはあまりに広い範囲に宿が点在してるし、「郷」と呼ぶにはその殆どが零細なように思う。実際、こう呼ばれ始めたのはワリと最近のような気がする。昔はそれぞれにナントカ温泉、ってな名前が付いていた・・・・・・とは申せ単独では小規模なトコが殆どで資本力が厳しいだろうし、世間に広く知らしめる上でこれは賢明な判断かも知れない。

 そんな中でもとりわけ鄙びた感じを残してるのが、今回ご紹介したい一軒宿のとってもベタな名前な那珂川温泉旅館だ(・・・・・・って他も殆どが一軒宿なんだけど、笑)。温泉郷に属する大半の宿が東岸にある中、ここは近年まで西岸にある唯一の温泉旅館だった。っちゅうのも最近、下流の方に巨大な日帰り施設が出来たのだ。

 初めにお断りしておくと、ココは今でもチャンと営業中である。シーズン中は永年通い続けるリピーターの釣り客でそれなりに賑わってるようだし、それほど多くはないだろうけど近所の人が日帰りで来ることもコンスタントにあるみたいだ。いやいや、実はこのところ続けて廃業しちゃった宿ばかり触れててちょっと気分が落ちてしまったんで、現役で頑張ってるトコについて書いてみたくなったのだ。

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 村はずれ、周りは一面に畑の広がるだけの川っぺりにポツンとボロ・・・・・・もとい古い民家然とした建物がある。入口に立つ何だかワードアートをそのまま拡大したようなロゴの看板がなければ、ここが温泉宿だって分かる人は絶対いないだろう。すぐ裏手は低い堤防となっており、超えればもう那珂川の広い河原だ。

 玄関にしたってまるでもう民家。引き戸に古めかしく右書きで「舘♨旅」と書かれたプレートが挟まってるくらいで、旅館らしさは皆無と言えるだろう。
 開けると下駄箱に青いビニールのスリッパがたくさん並んでたり、「鮎の入漁券あります」ってな張り紙があったり、申し訳程度に観光ポスターが貼られてたりして、なんとかここが宿であることが分かるけど、煤けて低い梁、雑然とした調度類、年月が重層的に積み重なったことでしか醸し出せない何とも言えないリアリティ・・・・・・おれは小さいころ連れてかれた田舎の家を想い出した。
 どうやら客室は急な階段を上がった二階にあるみたいで、下は宿の人の居住スペース、浴室、自炊者用の台所に小さな座敷となっており、障子の向こうから数名の老人が談笑してるのが聞こえる。近隣の気心の知れた者同士で日がな一日、風呂に出たり入ったりしながらゴロゴロして過ごすんだろう。近郷近在の人だから日帰りで泊まることはないとは申せ、そこにはホント昔ながらの湯治の姿が残っているように思えた。

 案内された浴室は廊下で繋がった離れになっている。脱衣場の狭さはホンマ特筆モノで、横幅自体は浴室分の長さがある一方で奥行きが60cmくらいしかない(笑)。電話ボックスサイズな湯ノ網鉱泉・鹿の湯ほどではないけれど、
 両側が窓になった明るい混浴の浴室には、湯温低下を防ぐためにキッチリ蓋が被せられた横に長い木の湯舟が一つあるだけ。意外に大きくて、体育座りで詰めて横一列に並んで入れば10人くらいは行けそうである。湯は見た目は何の変哲もない無色透明無味無臭だが、かなりアルカリが強い。
 漆喰でツギハギに補修されまくって元がだいぶん失われてるが、細かな丸くて黒いタイルを敷き詰めた洗い場といい、台形になった吹き抜けのある天井といい、古すぎない古風さがとても良いカンジだ。よく見ると窓枠のサッシに結構大きなアマガエルが一匹へばり付いている。
 ただ、古びてるとは申せ隅々まで清掃が行き届いてるのがなんとも清々しくて気持良い。とても大切に維持されてることが良く分かる。昨今のユニットバスならともかく、木やらタイルやらで出来た昔ながらの風呂場を掃除するっちゅうのは、大変な労力が伴うモンで、ちょっとサボるとたちまち黴が繁殖したりするのだ。

 窓を開けてみると丸見えになるもののとても風通しが良い。ただただ陽光の射し込む午後の静かな時間が流れていく。湯の温度もぬるめで、このまま寝落ちしてしまいそうなくらいだ。ボケーッとダウナーな至福、っちゅうのは、こうしたシブい温泉・鉱泉宿でないと決して味わえないモンだとおれは思う。

 要するにここには何のギミックもない。ぶっちゃけ古ぼけた(・・・・・・失礼!)浴室に、特にこれといった特徴のない清澄な湯の湛えられた湯舟がポツンと一つあるだけっちゃあるだけなのである。しかし間違いなく、日々の生活が息づくような圧倒的なリアル感が横溢している。おれが好きな温泉場とはこぉゆうトコなのだ。

 こんな宿にこそがこれからも末永く残って欲しいと心の底から思う。

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 そうそう、この宿のスゴいところはまだあった。

 一泊二食での料金が異様なまでに安いのだ。女将さんは「全国安宿ガイドにも載ったことがあるんですよ!」などとちょと自慢げにさえ話す。行った時点で5,200円、調べてみるとこれ書いてる今現在でも5,330円と殆ど値上げすることもなく頑張ってる。あんまし商売っ気がないのである。ちなみにネット情報によれば、決して豪華絢爛ではないけれど(・・・・・・当然だわな、笑)、相当にボリューミーで美味しい夕食・朝食がいただけるみたいだ。

 表に出ると、綺麗に刈られた草地の真ん中にナゼか古いマッサージチェアが1つ、放り出されてあった・・・・・・そ、10円玉を入れると3分間ゴトゴト動くアレ。シュールである。寺山修司の「田園に死す」の中で、主人公が成長した20年後の自分自身と田圃の中に置かれた畳の上で将棋を指してる有名なシーンを想い出してしまう。探せば巨大なマッチ箱や床屋のトリコロールのだんだら棒が立ってたりして(笑)。

 自宅からいささか近いので、個人的にはここに泊まりを組み込むコースを考えるのは却ってむつかしくもあるのだけど、絶対に普通の観光旅館では体験できないようなしみじみした旅の一夜が過ごせそうな、そんな気がしてる。ああ、そうだ、北関東でまだらに行き残してる巨石や磐座をしらみつぶしに巡ってく拠点としてなら、このロケーションはケッコー良いかも知れない。一度真剣に考えてみようかな・・・・・・。


あまり温泉らしく感じられないけれど、温泉なんです(同上)。

珍しく大開脚ポーズで(笑、同上)

2019.08.03

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