「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
忘れえぬ珍湯・・・・・・真人温泉・えこじの湯


そぉいや最近はセルフタイマーで撮ってないですねぇ〜・・・・・・。

 最初にお断りすると、この「えこじの湯」は今はもうない。たしか斜向かいのすぐ近くにはモダンな作りの日帰りの共同浴場・「ふれあいメゾン」ってのもあったんだけど、こちらも相前後して廃業したみたいで、どうやら真人温泉そのものが現在は消滅してしまってるようだ。調べてみると2013年ごろのことらしいから、もう6年にもなるワケだ。

 その名を最初に知ったのは90年代の終わりくらいだったように思う。当時入会してた温泉メーリングリストで、珍湯系として話題が盛り上がってたのである。まぁメンバーはカルトっちゅうか変態っちゅうかとにかくマニアックな集団で、ただの山の中の湧き水みたいなんまでネタに上がってくるんで、個人的にはちょっと引き気味で距離を置いてたのだが、情報ソースとしてはとても貴重な存在だったと思う。

 結局出掛けてったのはそれから10年後くらい、2008年の春だった。

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 新潟県は小千谷市の外れ、飯山線で2駅ほど入った信濃川の左岸の一帯が真人ってトコで、その中心街あたりに「えこじの湯」はあった・・・・・・まぁ、中心街ったってチョロッと民家が固まってる程度なんだけどね。
 「えちごのいちご」の伝で、「えこじ」とは「いこじ」・・・・・・すなわち「依怙地」のコトだ。何が依怙地なのか?っちゅうたら、集落が共同経営で始めた件の日帰り施設に一人背を向けて、個人で温泉をボーリングして独力でこの風呂を作り上げたことに由来するんだそうな。そのせいで意地悪されたのかどうかは知らないけれど、温泉としての成分鑑定がしてもらえなくて、仕方なく温泉熱での栽培用の井戸とかナントカってコトでの成分分析に止まってるらしい。

 本業はキノコ栽培と研究開発で、ガラスのガラリ戸が並んだ商家風の建物の軒下には、なんだかとてもホラーな書体で「ミヤマサンゴ茸」と書かれた大きな看板が出てる。ウソかマコトか「株式会社特用きのこ開発研究所」と名乗ってたりもする。しかしぶっちゃけ建物は相当古びており、あんまし本業が軌道に乗ってるようには見えない。
 ミヤマサンゴ茸っちゅうのが一体どのようなモノかは最後まで良く分からないままだったけど、多分、山伏茸とかタモギ茸みたいなワシャワシャと固まったキノコではないかと思う。そもそもミヤマサンゴ茸についてネットで調べても、出てくるのはこの「えこじの湯」ばかりで、ひょっとしたらあるいはここの御主人の造語だったのかもしれない。

 入口もそうだけど、中に入るとさらにお札屋敷状態で、壁の至る所にいろんなキノコの効能についての説明が貼られてある。もちろん、イチ押しのミヤマサンゴ茸に関するモノが多かった。まぁ平たくゆうてかなりファナティックな感じがあるのは事実だが、ヤバいレベルの手前で踏み止まってる気もするから、キティガイなカテゴリーの人ではなさそうだ。要するに情熱と資金力のバランスが極端に悪くて結果的にこんな風になっちゃったんだろう。とにかくまずは風呂に入らせてもらうことにしよう。

 豪雪地帯らしく、建物の脇から裏手の浴室までダラダラ下ってく細長い通路は屋根で完全に囲われた回廊になっている。何故かピンクと黄色と緑の提灯がズラッと並び、その下には稚拙だけど味のある筆致で様々なキノコが描かれてる。色のトーンがチャンと提灯とコーディネートされてるのが芸が細かったりもする。でもまぁ、この絵だけを頼りにキノコ狩りなんてしたらアータ、たちどころにアタるだろうな〜(笑)。そうそう、不思議なことに料理の配達等に使う木の箱があちこちに沢山積んであったのはありゃ何だったんだろう?昔は仕出屋でもやってたのかな?

 とにかく言えるのは、ここの御主人のキノコに懸ける熱意がハンパない、ってコトだ。それだけはもぉひしひしと伝わって来る。

 何もかもすべて独力で作り上げたという、木の壁で囲われた高い天井の混浴の浴室は、想像以上にリッパな作りで驚いた・・・・・・とは申せそこはやっぱし我流だから、何となく細かい部分の作りがユニークっちゅうか奇妙っちゅうか、独特の味がある。ガラス窓を入れるだけの資金が不足したのか、半透明の塩ビ波板の使われ方が特徴的だ。やっぱ素人大工に欠かせないアイテムは半透明の塩ビ波板だよなぁ〜、と改めて思う。
 そんな中にかなり大きな湯舟が1つ。ただ半分は今は使ってないのかウレタンシートとビニールで厳重に覆われたままになってた。そこにこれまた手作りの、セメントでできたタヌキともカエルともラッコともつかない不思議なオブジェの口から弱加熱の温泉が注がれる。泉質自体は他のクセの強さとは裏腹に、実に清澄でサラッとした湯で、燃料代節約のためかムチャクチャに沸かされてないのが却って功を奏しており、ひじょうに適温だ。いつまでも入ってられる。

 浴室はここしかないから、次のお客が来た場合ブザーで退出を促されるみたいなことが脱衣場の壁に貼ってある。あとはやはりミヤマサンゴ茸の宣伝なんだけど、これがもぉ読めば読むほど分からない。シロミヤマホウキ茸の菌糸体がミヤマサンゴ茸って出だしからして皆目分からん。出世魚みたいに名前が変わるんだろうか?

 風呂から上がると、まぁちょっとお茶でも飲んでけって居間に通された。これから東京まで帰らなくちゃならないんで時間がいささか気になるが、無下に断るワケにもいかず、炬燵に入ってお茶をいただきながら、件のミヤマサンゴ茸だけでなくキノコ全般についての講釈・・・・・・もとい迸る熱い想いを聞かされる。大方の予想通り、パワフルで一徹モノな濃いキャラの御主人だ。齢の頃は70過ぎくらいと思われるが、キノコのおかげか随分若々しく見える。奥さんは相槌を打ちながらまめまめしく急須のお湯を替えたりしてる。煎じたのか煮出したのか抽出液も出される。飲んでみると、キノコ系の出汁の味がした。ご主人の話はますます熱を帯び、立ち上がるタイミングが掴めない。

 およそ小一時間、一瞬のスキを衝いてようやっといとまを告げると、新製品の「キノコ抽出ローション」をペットボトルに詰めて手土産に持たせてくれた。実に暖かみのある・・・・・・っちゅうよりはアツいおもてなしだった(笑)。いやまぁ百聞は一見に如かず、聞きしにまさる珍湯であったことは間違いない。

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 冒頭に書いた通り、残念ながら「えこじの湯」はもうない。2013年に奥さんが亡くなり、その後すぐに、まるで後を追うかのように御主人も亡くなって、跡を継ぐ人がいなかったのか、思いが隅々まで詰まってそうなあの建物は主を失ったまま久しく空家になっていたようである。キノコの薬効も不老長寿とまでは行かなかったようだ。
 しかし、豪雪地帯で手を入れられなくなった木造家屋が何年も永らえることはあり得ない。雪の重さは根雪になると1立方メートルで0.5トンはあると言われるのだ。そんなんで昨年だか一昨年だか、雪の重みに耐えかねてついに倒壊してしまったという。

 ネットの発達によっておれはこの希代の珍湯の存在を知り、体験することが出来たのだけど、そんなネットからは、こうしてあまり知りたくもない無残な情報までもがたやすく得られてしまう。

 仕方ないよ、そぉゆう時代なんだから・・・・・・って言っちゃえばなるほどそうなんだけど、やはり何だかとても複雑な気分だ。


珍しく大股開きなポーズで一枚。

2019.04.03

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