「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
村の湯(X)・・・・・・弘法大師温泉


洗面器かぶると背が縮むって教わったでしょ!?(笑)

 名前からすると何だか宗教入ってるっぽい感じがするこの鉱泉、前回と同じく茨城県は日立の大甕駅の近く、久慈川の少し手前に広がる一面の田んぼの中を通る道端にポツンとあった鉱泉宿だ。
 コテコテしくもおどろおどろした新興宗教な外観を想像してたら、玄関脇に小学校にある二宮金次郎くらいの大きさの弘法大師の銅像が立ってるくらいで、あとはまぁフツーの一軒宿だ。L字型で白壁の二階建ての建物はかなり立派で、少なくとも民家には見えない。

 ・・・・・・と過去形で書いた通りで、この鉱泉も残念ながら近年とうとう力尽きて廃業してしまった。東日本大震災で被害を受け、何とかデイサービスセンターとして復活はしてみたものの、どうやらそれも今は止めてしまったみたいである・・・・・・って、おれたちが行った時もすでにデイサービスセンターみたいな雰囲気ではあったけど。

 本当に鉱泉は国内から驚くべき勢いで減り続けている。そしてそれは重層的に積み重なった歴史や民俗、文化の喪失に他ならないんだってコトは、もっと広く知られてもいいのではないかと思う。

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 雨脚が強まる中、旅の終わり近くのダメ押しで立ち寄ったのは2007年のことだった・・・・・・あぁ、もう12年か、早いモンだ。

 玄関で訪問を告げると、年取った女将と、孫と思しき小学1年生くらいの女の子が出てきた。休日の夕方近くというのに、天気のせいもあってか近隣の老人客等の姿もなく、館内はヒッソリと静まり返ってる。そぉいや内部にも特に宗教がかったモノは見当たらない。何で弘法大師なんて名前を付けたんだろう?由来をうっかり訊き忘れてしまった。
 幸い風呂は沸いてるとのことで、一人500円だか払って早速入らせてもらうことにする。寂れて張り合いがなくなるのか寄る年波に身体動かすのが億劫になるのか、こうした鉱泉宿は得てして清掃がついつい行き届かなくなってたりすることが多いモンだが、ここは木の床ひとつ取ってもツヤツヤ・ピカピカに磨き上げられてシッカリ手入れされてるのが気持ち良い。
 豪華な内装とか贅沢な調度よりも、日頃の手入れがシッカリなされてることの方が宿屋のステータスやホスピタリティではないかとおれは思う。

 お孫ざんは普段から接客のお手伝いをして鍛えられたのか、とてもシッカリしたマセた子で、如才なく浴室への案内なんかも全部やってくれた。廊下の突き当たりの浴室はどうだろ?決して新しくはないけれど古くもないコンクリートの建物で、至極普通の男女別。ただ片方は今ではもう使ってないのか、ドアの前には手でギコギコやるタイプのルームランナーがドーンと置かれてある。ぶら下がり健康器なんかもあったっけかな?
 入れる方の浴室はナゼかドアが取り外されて、代わりにカーテンが引かれてある。入ると特に何の変哲も無い脱衣場、隅っこには良く庭の隅っこにあるような樹脂製の白いガーデンチェアが置かれてあるのがちょっと場違いなカンジ。ついでに言うとその後ろには蝶番が壊れて外れたドアが立てかけてあった・・・・・・ぶっちゃけ浴室の手入れはイマイチやおまへんか〜(笑)。

 浴室としてはワリと珍しい、臙脂色のタイル張りの風呂は外の天気の悪さもあって少しばかり薄暗い印象。如何にも鉱泉らしく浴槽は一つだけだが、広さはかなりあって詰めれば10人は入れるくらい。そこに鉱泉らしい鉄分を大量に含んだ湯が湛えられる。成分はかなりコッテリしてそうな濁りまくりで、透明度はほぼゼロ。かなり緑がかった不思議な褐色だ。
 なんだかんだで鉄分を含んだ鉱泉水ってのはポピュラーで、ちょっと注意深く探せばあちこちで湧いてるもんだから、マニアはこの炭酸鉄泉系をちょっと軽く見る傾向があったりするけど、おれはそもそも泉質に拘ってないし、むしろオーソドックスな鉱泉らしさが感じられるみたいで好きだ。
 あと、これは鉱泉としては珍しいケースだと思うが、湯船が浴室内でかなりの場所を取っており、洗い場のスペースが逆に狭い。ひょっとしたら、浴室を建て替えるときに業者に任せっきりにしてたら、鉱泉の流儀が分かってなくてこんな風にされちゃったのかも知れない。このような作りだと燃料代がメッチャ掛かりそうだ。

 そうそう、脱衣場の隅に貼られた効能書きがスゴかった。

  ●心臓弁膜症
  ●心筋障害
  ●高血圧症
  ●末梢循環器障害
  ●神経痛
  ●リウマチ性疾患
  ●創傷および火傷
  ●陰萎症
  ●更年期障害
  ●皮膚掻痒および角化症
  ●卵巣機能不全症

 なんかケッコー厄介そうなんにも効くんやねぇ〜・・・・・・でもちょっと大風呂敷を広げすぎとちゃいますかねぇ〜?浴用だけでそんなに効いたら医者要らんやんか・・・・・・とは申せ、元気・元気・元気な子供は股間が鉄砲ユリ、っちゅう伝もある。ココが近所なら陰萎症の予防も兼ねて通いたいかも(笑)。

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 風呂から上がると、「お茶出しますからちょっと休憩してってくださいな」って呼び止められた。30畳ほどの広間に通される。桜の造花が飾られたステージには、もっちゃりと片田舎の鉱泉宿の標準オプションであるレーザーカラオケのセットが置かれ、近郷の宴会がたまに入ってるものと思われる。

 ここで再び孫娘登場。甲斐々々しくお湯の入ったマホービンを持ってきて、急須や茶筒、湯呑の載ったお盆持ってきて、大人びた調子で座布団並べて「ど〜ぞ〜」とか言う。ついでにお茶うけで行田名物の「フライ」みたいなのまで出してくれる。要するにメリケン粉を溶いて薄く延ばして焼いた、キャベツも肉も入ってないお好み焼きみたいなモンだ。おやつとしてはお好み焼きより軽くて好い感じ。
 宿を辞するときも、女の子はシッカリ玄関先まで見送りに来て、「またお越しくださいね〜」などと愛嬌を振りまいていた。

 ・・・・・・そう、弘法大師温泉はそのいささか怪しげな名前とは裏腹に、素朴なもてなしの良い鉱泉宿だったのだった。

 あくまで想像だけど、ひょっとしたらあの老女将が亡くなられるとか寝たきりになるとかで、一日中家を守る人がいなくなって商売を畳んだのかも知れない。後継者問題は自営業全般に共通する切実なテーマだし。
 でもあのマセた孫娘のお嬢ちゃんも今は20歳前後になってるだろう。もし今でもあのズバ抜けた如才なさを発揮できれば、絶対に若き名物女将となって、コッテリ濃い目の泉質も相俟って流行る旅館になれるとおれは思うんだけどな〜。とっても良いアイデアだと思うんだけどな〜・・・・・・しかしナンボ実家とは申せ、今時特に観光地でもない田んぼの真ん中で、首都圏から日帰り圏内の地味な鉱泉宿を継ごうなんて奇特な、もとい物好きな若いオネーチャンなんていねぇだろうなぁ〜・・・・・・。


浴室全景。

2019.05.23

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