「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
村の湯(W)・・・・・・成沢鉱泉・とみや旅館


マジで家の風呂みたいな浴室。これが鉱泉の面白さです(ギャラリーのアウトテイクより)。

 都道府県魅力度ランキングでマコトに不名誉な47位・・・・・・つまり最下位を更新し続けてるのが茨城県である。

 思うに、高温泉がないことも、観光地としての魅力を薄くする一因となってるのではなかろうか。いやホンマ、近年の何千メートルからボーリングしたような新興スパみたいなトコでは若干あるみたいだけど、古くからあるのではついぞ聞いたことがない。そらまぁヤンキーが多いとか、首都圏に近いのにミョーに田舎臭いとか、華のある観光地に乏しいとか他にも理由は考えられるけれど、やっぱマトモな温泉地がないことは大きくマイナスポイントになってると思う。
 しかしそれ故かどうかは知らないが、シブい佇まいの冷鉱泉は近年までかなりの数が残っていた。日本人の温泉偏愛は古来らあるみたいなんで、マトモに高温泉が湧かない分、ちょっとでも普通の湧き水と違ってたりすると、おらが村で大切に湯治場として使う文化があったのかも知れない。

 存在を知って行きたいと思った時にはすでに廃業しちゃってたトコも多い。秘湯だなんだっちゅうても比較的情報整備が進んでる高温泉に比べると、冷鉱泉は規定を満たしてなかったりすることもあってか、無名のまま地域に埋もれちゃってるケースも多いのだ。折角なんでザッと書き出してみると、十王駅の東の今は集合住宅が建つあたりにあった十王坂鉱泉、反対側の西に行ったトコにあった蝦蟇の湯・三京鉱泉、日立駅のすぐ近く、線路の築堤の下にあった寺の湯、水戸の天徳鉱泉・鹿島鉱泉、高萩山中にあった鳥作鉱泉、笠間のはずれの加賀田鉱泉、北茨城の小野鉱泉、常陸太田の高橋鉱泉・・・・・・そうなのだ。かつて茨城はかなりの鉱泉大国だったのである。ひじょうに残念ながら、実際に入れたトコの方が全然少ない。また入れはしたものの、その後あえなく廃業してしまったところも多い。

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 死屍累々の茨城の鉱泉群の中で、水戸市の西のはずれ辺りにあった成沢鉱泉は、それでもまだ近年まで何とか命脈を保ってた方と言えるかもしれない。おれが愛して止まない「村の湯」の典型例だったが、大震災の後くらいについに力尽きて消滅してしまったようである。
 おれたちが訪ねた時点で何軒が営業してたのかはもう忘れたが、入らせてもらったのは道路の突き当りにある「とみや」だった。そうそう、一軒宿が多い鉱泉にしては珍しく、他に「湯沢荘」・「和泉屋」と三軒の宿が点在し、小さいながらも温泉場を形成してたのである。歴史も随分古くて、訪ねた時点でたしか200年だか300年だか続いてる、ってな説明書きがあったような気がする。

 常磐道の水戸ICから北に数km、何の特徴もない草深い山裾の狭い道の突き当りに悄然と建つのが「とみや」、他の旅館はもう少し手前にあったと思う。まさにドン突き、旅館のすぐ先で道は途切れ、あとは猛々しく雑草が生い茂る藪となっていたように思う。宿っちゅうてもまったく見た目は民家、それも古民家とかではなく至極平凡な木造の民家そのもので、玄関脇の巨大な原木を輪切りにした看板がなければ絶対にそうとは分からない。旅館の玄関ならフツー車寄せらしきものがあっても良いが、それもない。ちょっと差し掛け屋根が出た下、モルタル壁に2枚の引き戸があるだけだ。おれは、岡山は新見の近くで入った岩山鉱泉とか山梨・上野原の鶴鉱泉を想い出した。

 入ってすぐ右に料金払う窓口が開いてるんで、それでなんとかここが旅館であると分かるが、中もほぼただの民家。強いて言うなら置物やらポスターがちょっと多いかな?っちゅう程度だ。先客がいるらしく、ハキハキしたオバチャンにしばし座敷で待たされる。それなりに近隣からの来客がコンスタントにあるのか、室内は何となく「生きてる」って感じがした。やはりもうダメなトコは、細かいところがヤレてたり、埃かぶってたり、ゴタゴタしてたり、チグハグになってたりするもんだが、ここにはそれがないのが嬉しい。

 20分ほどして通された浴室もまた、民家そのものだった。当然ながら混浴・・・・・・っちゅうかこれ、家の風呂そのものやんか。そら家の風呂は別浴にはなってへんわな(笑)。体育座りなら何とか二人が並んで入れるくらいだから、自宅のよりはやや大きいが・・・・・・。
 ポリバスのフタをクルクルめくると、あまり見たことのない暗い土色の湯が湛えられる。褐色っちゅうよりは、灰が水に溶けたような黒っぽい色だ。鉱泉にありがちな鉄臭さどころか、色のわりに無味無臭なのが不思議だ。
 思えば、さっきオバチャンには先客がいるって言われたけれど、特に浴室から出てくる音も、玄関を開ける音もまったくしなかった。多分、湯を沸かし忘れてたんだろうな(笑)。

 あとはもう特に記せることはない。水色のタイル張りの浴室も、現代のユニットバスが普及する以前は家庭に一般的なスタイルだったし、腰高の位置にある窓を開けても、裏の藪が見えるばかりで、特別な眺望が開けるワケでもない。
 勘違いされないように申し上げると、おれは決してディスってるのではない。このダウナーでプレミア感ゼロの雰囲気の中でボケーッとすることこそが鉱泉に入る最大の愉しみであり、脳の中から蕩けていくようなリラクゼーションをもたらしてくれるのだ。至福とは緩慢でダウナーなタナトスなのだな、やっぱし。分からん人には死んでも分からんだろうが・・・・・・。

 近所にこんな鄙びた鉱泉宿があったらなら、人生も少し豊かに過ごせそうな気がする。やっぱ鉱泉宿だからこそ、この味わいがあるのであって、銭湯ぢゃちと弱い。
 特に用のない休日、フラーッと出掛けてって何時間かグダグダ過ごす。ボンヤリしながら温まるまで入ったら座敷に行って、少し奮発して昼間っからビール飲んだりなんかすればより楽しいだろう。ここで間違っても枝豆やら焼き鳥やらといったツマミなんぞ頼んではいけない。定食っちゅうのもガチャガチャして野暮だ。ここはやはりチープの極みなきつねうどんとか玉子丼あたりを頼んで、ビール啜りつつちょとだけお腹が満たされればジューブンなのである。そしてひたすら何も考えない。読書なんかもしない。スマホやタブレット弄るなんてもっての外だ。ただただ弛緩した時間だけが過ぎて行く。汗も引いて、このままだと湯冷めするかな?ってトコで再び風呂に入る。再び温まったら座敷に戻り、今度は座布団二つに折ってしばし昼寝だ。ただ、あまり寝入ってしまうと風邪引いてしまう。ウトウトしたところで再び風呂へ・・・・・・。

 ハハ、現実は忙しない。そろそろ辞して次の場所へ向かわないと。

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 表に出ると小さな声でニャァと鳴いてネコがすり寄ってきた。野良のようだがとても人に慣れており、犬みたいに仰向けに転がって腹を見せ、掻いてくれとせがむ。警戒心のケの字もない態度だ。長閑な温泉場では猫までが鷹揚なのかも知れない。ワシワシ掻いてやると気持ち良さそうに目を閉じてされるがままになっている。

 ・・・・・・もう十数年前の話だ。


アウトテイクが殆どないんで服着てるトコを・・・・・・(同上)。

2019.05.14

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