「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
木の香漂う・・・・・・滝ノ湯鉱泉


滝ノ湯鉱泉全景(ギャラリーのアウトテイクより)。今は奥の宿泊棟部分はリニューアルされました。

 滝ノ湯鉱泉は、その佇まいがとても好ましい・・・・・・でも毎度のことながら、こうした平凡だけど滋味深い鉱泉宿の素晴らしさをおれの乏しい筆致で叙述するのは本当にむつかしい。ホンマどないしたらエエんやろ?って、これまた毎度のことながら考え込んでしまう。

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 東北道を郡山の手前、須賀川ICで下りて西に向かう。関所で知られる白河市と一大ジャンクションである郡山市っちゅう2つの名の知れた街に挟まれて、須賀川はぶっちゃけかなりマイナーな存在なんだけど、意外にこの界隈はおれ的には記憶に残るスポットが多いように思う。そぉいやぁ何の気なしに入った店で劇的に美味い蕎麦が食えたのもこの辺だったっけ。

 そんな須賀川の田園地帯を抜け、低い山裾に少し分け入ったところの沢沿いにヒッソリと一軒宿が建つ。遠くでは鶯が鳴き、山桜が満開だ。北国の晩春の長閑な山あいの風景そのものだ。そんな中、この地方特有の浅いけれど軒の深い入母屋造りの赤い屋根が印象的な母屋がどっしりと建ち、その周囲に納屋然とした小さな小屋が並ぶ様子は、農家がそのまま温泉宿になったようで、もぉ入る前から鄙びた風情が溢れてて嬉しくなってしまう。
 手前に架かる小さな橋の袂に畳大の看板が1枚出てるくらいで、あとはここが宿であることを物語るものは何も見当たらない・・・・・・っちゅうか、宿泊棟の入口のトコにも何も看板や表札らしきモノがない。あんまし商売っ気はなさそうだ。

 まだ朝早いんで湯が沸いてないんぢゃないかといささか不安になりつつも、玄関で大声を張り上げると、すぐに若い女将さんが出てきた。もう5月とは言え、まだまだ冷え込む日があるのだろう。炬燵の置かれた居間では女将さんにそっくりのヨチヨチ歩きの小さな子供たちが遊んでいる。この「見ず知らずの家にいきなり風呂を借りに来たような感じ」がおれは大好きだ。こうした地味な鉱泉の魅力の一つだと思う。
 幸いなことに風呂には湯が入っており、すぐに入れるとのコト。母屋の奥に隣接する宿泊棟の裏手にある浴室に案内される。男女別には分かれてはいるものの鉱泉の常で、湯が入ってるのは片方だけなのを申し訳なさそうに言われるが、こっちとしてはむしろその方が都合が良い(笑)。

 重油ボイラーではなく昔ながらの薪の竈で沸かしてるのか、廊下からすでに燻された木の香りが漂っている。この匂いは大好きだ。惜しむらくはそれとは別にカメムシの臭いも漂ってるが・・・・・・(笑)。
 俗に薪で焚いた湯は湯冷めしにくいなんて言われるけどホンマなんやろか。熾火が種火になって保温状態が保てるから何となくそぉ思われてるだけなのかもな・・・・・・ハハ、すぐにあれこれ考えて自分の世界に入り込んでってしまうのはおれの悪いクセだ。

 脱衣場の格子窓の繊細な意匠が この宿の歴史を物語るようだ。いや、それだけではない。古風な細かいタイル張りの洗面所、軋む床板、飴色になった木組みの脱衣棚・・・・・・観光旅館には望むべくもないリアルさ、懐かしさがある。
 浴室は良くありがちな混浴をムリヤリ二つに仕切ったものではなく、元から男女別だったようだ。ただ、壁には西部劇の酒場の入り口みたいな、どっちにも押せる扉があって、特に鍵もなくフツーに行き来できるのが大らかで良い・・・・・・っちゅうか男女別に殆どなってへんやん(笑)。

 4〜5人も入れば一杯いっぱいの小さな浴槽の木のフタをめくると、これまた鉱泉の常で猛烈に熱い湯。ホンの僅かに濁った湯には土臭いような独特の匂いがあって、あまり他に類例のない個性的な印象だ。浴槽に比べると広い洗い場に少ないカラン、っちゅうのも如何にも古くからの鉱泉の浴室という感じがあって良い。
 分かってないバカは、やれアメニティが少ないだの蛇口が足りないだのなんだのと文句垂れるけど、湯治場とはこれくらいで良いのだ。そんな忙しなく入ってカラダ洗って、な〜んて入り方とは違うのだ。一日中出たり入ったりをダラダラ繰り返すのが本来の姿なんだから、浴槽は小さくても洗い場は広め、カラン少な目が正しくそんな湯治の歴史と文化を伝えるスタイルなのである・・・・・・え!?今時そんな客おらへん、ってか?

 脱衣場にナゼか外に出る扉があるので開けてみる。ただ単に外である(笑)。軒の下には薪が積み上げてある。裏手に回ってみると焚口で、内部は真っ黒に煤けていた。いったいどれくらいの薪をくべればこの大きさの湯舟いっぱいの湯が沸くんだろう?昔、田舎に遊びに行って親戚の五右衛門風呂を沸かさせてもらった経験からすれば、相当の重労働であるのは間違いない。
 ・・・・・・ようやっと扉の意味が分かった。一人で沸かしながら湯加減見るのに、いちいち玄関まで回ってたら大変だからここに扉があるのだ。それならいっそ浴室の壁ブチ抜いて扉付けりゃエエのに、律義な作りだ(笑)。

 どれだけ風呂沸かせんねん!?っちゅうくらい、薪は風呂の周りだけでなく、道にまではみ出して積み上げてある。まだ伐り出したばかりの原木を輪切りにしただけの太い丸太のままのものも大量にあって、ここがあまり宣伝もしないのに今なおそれなりに賑わってる鉱泉宿であることが伺い知れたような気がした。周囲は生木の香りがプンプンしてる。木の燻される匂いも好きだが、新しい木の香りも胸がすくようだ。フィトンチッドみたいなんがやっぱしあるんだろう。

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 訪ねてからいつの間にか十数年が経った。

 とても喜ばしいことに、昨今の全国的な廃業続きでどんどん寂しくなってく一方の鉱泉の中にあって、あの震災にも、その後の福島バッシングにも負けず、たいへん盛業の様子である。ただ残念ながら、宿泊棟とあの古色蒼然とした浴室は建て替えられてしまい、すっかりモダンになってしまった。しかしそれでも、重厚な母屋は今なおそのままに残っている。
 いやいや、それどころか草深い田舎の一軒宿とは思えないほど(・・・・・・スンマヘン)、センスの良い作りの公式サイトも構えてたりもする。じゃらんや楽天にも登録されている。今の時代に合わせた経営努力をされてるのだ。あるいはひょっとしたらあの時はまだ小さかったお子さんたちが大きくなって、いろいろ知恵を出されてるのかも知れない。

 ともあれ、こうした小さな一軒宿、それも何かとランニングコストのかさむ鉱泉宿が頑張ってるのを見ると、まだまだ日本も捨てたモノではないと思う。

 最後に余談を一つ。

 不思議なことにこの鉱泉、どぉゆうワケかGoogleMapにもYahooMapにも載ってない。検索すればちゃんとそのポイントが示されるんだけど、名前やマークが地図上にはないのだ。やっぱITで武装するうえでウェブ上のマップに登録されることは、ひじょうに大きな意味と効果があると思う。どうか今後は登録目指して工夫してくださいな。ほしたら千客万来でっせ♪


浴室入口(同上)・・・・・・当時は子供も一緒に写り込んでるのが大半でチョイスに苦労します(笑)。

2019.05.09

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