「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
流人の島の廃墟を行く


八丈島温泉ホテルの温水プール跡(ギャラリーのアウトテイクより)


八丈富士をバックに聳えるロイヤルリゾート。手前の建物も施設の一部(同上)

 目下、日本一就航率の低い航空路線は羽田⇔八丈島便であると言われる。実はそれで一度は行くのを断念せざるを得なかったこともある。だってさぁ〜、空港行ったら止まってんだもん。ほなどないせぇっちゅうねん!?どぉしようもありまへんがな。慌てて空港のロビーでじゃらんで別方面での空きを探しましたわいな。
 もう旅館やレンタカー屋も毎朝到着便の運航状況を調べるのは日課になってるようで、電話してもこちらが話す前に既に事情は分かってて、別に残念そうな声も出さず、淡々とキャンセルに応じてくれたのだった。不可抗力なので全額返金。お天気商売ここに極まれりなんだけど、何か気の毒になって来る。

 理由は年がら年中吹きまくる強風と、その方向に対して滑走路の向きがイマイチ合ってないことにあるらしい。ちなみに八丈島からの戻りが欠航することは少なく、殆どは羽田からの往路が止まるってのも後から知った。そらそうだわな。飛行機は離陸するより着陸する方が何倍も難しいっちゅうし、羽田から行かない限りはそもそも飛ぼうったって現地に飛行機あらへんワケやしね。

 伝説のTV人形劇・「ひょっこりひょうたん島」のモデルになったとも言われ(実際、島は二つの火山島がくっ付いた瓢箪形をしてる)、古くは「八丈送り」と恐れられた島流しの定番、戦時中は本土防衛の前線基地、そして60年代から70年代初頭くらいまでは新婚旅行のメッカとして大層賑わったということだ。最も観光で人気があった頃は飛行機も1日5便、船も1日2便あったと言われるが、今は減便されてそれぞれ3便・1便になってしまった。

 東京から僅か300kmなんだけど、それらの理由もあって意外に絶海の孤島感が強いこの島には、以前からちょっと惹かれるモノがあったのである。
 いつもはワリとスポットを絞り込んで文章を纏めるが、継時的に全部書くとダラダラ長くなるんで今回はちょっと端折りながらそんな八丈島について書いてみることにする。

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 秋の終わり、夏前のリベンジで再びおれたちは八丈島を目指すことにした。実は2回目のこの時もケッコー飛行機はヤバくて、1日早かったら飛んでなかった。何ちゅう不安定なフライトやねん!?ホンマ。

 飛行時間そのものは短い。小一時間ってトコだろうか。アッちゅう間に八丈島空港に到着。荷物を受け取るためにターンテーブルの所で待ちながら見てると大半は釣客みたいで、おれたちのような観光客は殆どいないってコトが分かった。
 東京から大して離れてないとはいえ、やはり空気は南国っぽくヌーッとしてる。待ち受けてたレンタカー屋に案内され、ナカナカ素敵にオンボロな軽自動車を受け取って出発。天気はイマイチどころかイマ二・イマ三で、今にも雨が降り出しそうだ。

 今回の旅の主な目的は、これまで縁のなかった離島っちゅうのにとにかく行ってみたかったこと、また八丈島が巨大廃墟の島であることを知ってどうしてもロケーションにしてみたいと思ったからだ。とは申せ小さな島で2泊3日の余裕のある日程だから、主だった観光地だってほぼほぼ回ってしまえるだろう、ってな目論見もあった。

 巨大廃墟とは、八丈どころか日本三大廃墟の一つとも言われる程の威容を誇る「八丈島オリエンタルリゾート」を筆頭に、「八丈島国際観光ホテル」・「八丈温泉ホテル」が「八丈島三大廃墟」と言われてる。これに「南国温泉ホテル」を加えて4大と呼ぶ説もあるが、最後のは民宿に毛が生えたくらいの大きさなのでちょっとムリがあるかも知れない。
 バブル期、かつてのリゾート地としての夢よもう一度!ってな甘言の下、かなりな資本が投下され、プールやテニスコート、熱帯植物園、チャペル、シアター、ホール、ディスコ、バー等々を完備したホテルが島のあちこちに建てられたのだった。
 しかし冒頭に述べた通りの不安定なアクセス状況で、実はさほどめぼしい観光スポットもないこの島では、たとえバブルが崩壊しなくとも先は自ずと見えてたのではないか?って気がする。だってホテルの敷地内で行動を完結させるような商売ならば、敢えてワザワザ八丈島まで出かける必要なんてないではないか。結果、淘汰は進み、いずれも巨大な骸を晒すことになってしまったのだった。潤ったのは不動産屋やら土建屋だけだろう。

 最近、かぼちゃのナンタラとか、リーブ・・・・・・ぢゃなくてレオパレス21だとか不動産業界のいかがわしい点が次々明るみに出て随分業界のイメージダウンになってるけど、個人的には馬脚を現わしただけではないか?って気がしてる。要はこの業界、今も昔も一貫して怪しいのだ。

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 メットウ井戸、民俗資料館、ふるさと村、大里の玉石垣・・・・・・と順当に観光地を回ってまずは一発目、八丈温泉ホテルだ。乙千代ヶ浜(おっちょがはま)って海水浴場に下ってく途中にある。いやまぁ一応立入禁止なんだけどユルユルで、フツーに入って行ける。
 入口からだとそれほど大きな物件には見えないが、内部はひじょうに広大だ。ともあれV字型の宿泊棟から探索開始。ホンマもぉDQN共はどぉしてこんなに荒らして壊すんだろうねぇ。おらぁ静かに朽ちて行く様が見たいのに。そこから一段下って渡り廊下で繋がった建物は多分宴会場だったと思われる。ここも人為的な破壊の跡が目立つ。そんな中、物置に放置された一台のアップライトピアノがおれには妙に印象に残った。埃やらなんやらでコテコテになったあのピアノを弾けば、滑稽なようでどこか遣る瀬無い本当のホンキートンクな音が出せるような気がした。

 そこからさらに下ると屋根材をすっかり失ってアーチ型の天蓋の骨組みだけの残った温水プール、いろんな植物が侵食して文字通りのジャングルになりつつあるジャングル風呂、床はほぼ抜け落ちながらも傘のような円天井が妙に印象的な熱帯植物園なんかが点在する・・・・・・あ!正しくは全て後ろに「跡」って付くけどね(笑)。いやもういきなりのこのスケールのデカさ。ここまで遠路遥々やって来た甲斐があるってモンだ。
 さらに海に下った方にもまだいくつか建物が点在するのは事前リサーチで分かってたが、如何せん廃業して久しく、随所に木々が生い茂り、また海のすぐ側ってコトが災いしてコンクリートどころか内部の鉄筋までボロボロだったりするんで深追いは止めた。
 ちなみにココ、建設中に縄文時代の遺跡が発見されたことで知られる。今やその上も遺跡になりつつあるという、マコトに稀有な廃墟と言えるだろう。

 有名な割にショボいコトこの上ない裏見ヶ滝や、丸石積みの急な階段が死ぬほど怖い為朝神社、すぐ近くの裏見ヶ滝温泉、足湯きらめき等々、一通りの観光スポット回って名古の展望台に到着。まぁ今日はこんなトコだろう。後はそのまま引き返すだけだ。
 ・・・・・・って思ってたら、名古の展望台自体もかなり猛烈な廃墟だった。かつて食堂か何かだったと思われる建物は今はドンガラの無料休憩所になってるが、もう荒廃しまくり。こんなんぢゃじぇんじぇん落ち着けまへんがな。遥か眼下に洞輪沢の港を見下ろす絶壁の縁に立てば、そりゃぁ晴れてりゃ絶景なんだろうが、今は陰々滅々と黒く低い雲が垂れ込め時折雨交じりの風が打ちつけるばかり。暗い、暗い風景だ。八丈島が終わってる島なんだ、ってコトを改めて思い知らされた気がした。

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 翌日は朝早くから八丈富士にまで上がってみる。牛が何頭かボーッとしてる。かつてはもっと牧畜が盛んだったようだが、今は観光用にのみわずかに残してるような感じだ。雲の動きは速く、こちらの天気はまずまず持ち直してるのに、直線距離で数km離れてるだけの東山には厚い雲がかかり、反対側に見える沖合の八丈小島には朝日が当たって快晴だ。

 そのまま島の北側をグルッと回って底土の港近くの最大物件、八丈島オリエンタルリゾートを目指す。探す必要は全くない。とにかく巨大で、遠くからでも一目で分かるのだ。いわば負のランドマークである。最初に出来たのは意外に古く、昭和40年代初め。最初は「八丈ロイヤルホテル」として営業をスタートしたのだが、その後経営は二転三転し、名前も「プリシアリゾート八丈」、そしてオリエンタルリゾートとなって最期を迎えた。ちなみにここまで初めからバブリーな作りではなかったようだが、とにもかくにも器がデカすぎた。
 実は色々大人の事情があって、どうやら形式的には廃業ではなく休業中らしいが、まぁ誰がどぉ見ても立派に廃墟してるのは間違いない。

 近付いてみると本当にバカみたいにデカい。「西洋と東南アジアを見境なくチャンポンにしたお城の悪趣味なフェイク」とでも呼ぶしかないような凄まじいデザインセンスの本館がドベーンと聳え、その周囲のこれまた広大な敷地にプールやらテニスコートやら何やらが点在する。意味不明な円柱の並ぶ車寄せが印象的な別館もある。全盛期には室内遊技場やフィットネス、ディスコなんかも備わってたそうだ。そしてあちこちに置かれたこれまた安っぽいギリシャ彫刻のパチモン・・・・・・たしかに金は掛かってるんだろうけど、ここには何一つ脈絡がない。成金の家のセンスをそのまま巨大化させたような造りだ。

 とは申せ、ぶっちゃけおれもミーハーなので内部には潜入したかった。しかし有名物件ってコトもあってか妙にココは警戒が厳重で、あちこちに脅迫まがいの文言を書き連ねた看板が立っているのと、それなりに今でも最低限の手入れがされてるのか潜入できそうな穴が全く見付からない。さらにはブービートラップのように足許の草叢の中にワイヤーを張ってあったりもする。おらぁ躓いた拍子にカメラのLEDライトが当たって口の中血だらけになっちゃいましたわいな。チクショウ!!

 折角天気は快晴になったちゅうのにこうもキブンが落ちてしまっちゃもぉダメだ。おれたちはスゴスゴと引き上げるしかなかった。

 そのまま島の東岸に沿うように凄まじく曲がりくねった細い山道を上がり、登龍峠を越える。この辺が島内でも最も辺鄙な場所で、全く人家が無い。かつては水海山という入植地があったそうだが、ビッシリと密生する樹木の下は痩せた火山灰とゴロタ石だらけでどうにもならず、島が観光で賑わう昭和40年代半ばに夢破れて集団離村している。村の痕跡はもう何も残っていない。
 ちょっと楽しみにしてたポットホールも道路工事で向かえず、南端の集落である末吉に下ると昨日来た名古はもうすぐそこだ。八丈島灯台や石積ヶ鼻、洞輪沢温泉、地熱発電所、ダメ押しで夕暮れ迫る中、こんな危険なトコを観光スポットにすんな!って言いたくなるほどに足許のヤバい黒砂砂丘等を見て2日目は終わり。いつの間にか口の中の出血は止まってた。

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 最終日は朝から八丈島国際観光ホテルに向かう。八丈富士が大噴火した時に流れ出た広大な溶岩原の中、高台に茶色い建物が聳え、オリエンタルリゾートと変わらないほどの威容を誇る。ただこちらはあれほど装飾過多ではなく、スッキリした四角い形なので何となく巨大病院にも見える。

 入口の車寄せ付近は今や粗大ゴミの不法投棄で自然とバリケードが張られたようになっている。ゴミの中にはドラム式洗濯機なんかもあったんで、未だにゴミ捨て場としては現役のようだ(笑)。それらを乗り越えて入れば、現役当時は「一面のオーシャンビュー」なんて自慢してたであろうムダに横に長い吹き抜けの高い天井のロビー。しかし年がら年中吹きまくる海からの南西風にモロに面しているためか、人為的に荒らされた以上に内部は荒廃した印象である。
 まずは最上階に上がって全体のレイアウトを把握し、そこから段々と降りて来るのが基本的なおれのやり方なんだけれど、どうにもこうした巨大ホテルはどのフロアだろうがどれもあまり変わり映えしないのが難点だ。また、各部屋もそんなに間取りに違いはないんでイチイチ丹念に見てってもさほど新しい発見もないし、ヘタに丹念に探して死体でも発見したらそれこそ面倒だ(笑)。そんなんで宿泊棟については3フロアくらいでぶっちゃけ飽きてしまった。

 ここもまた総合リゾートを目指してたのだろう。巨大なその宿泊棟から海に向かって渡り廊下が延び、プールや熱帯植物園、大宴会場、結婚式場、大浴場、テニスコート等が点在する・・・・・・そ、3軒ともほぼ同じようなコンテンツ。その全く想像力も創造力も欠如したステレオタイプぶりには、呆れるを通り越していささか胴震いしてしまうような薄気味悪ささえ感じられる。
 実は作った連中が一番冷徹な現実主義者で、こんなモンが未来永劫続くなんて、ましてや石に齧り付いてでも継続させようなんて、これっぽっちも考えてなかったのかも知れない。そうして最初に金を動かしたヤツだけが勝ち逃げで、後は壮大なババ抜きが続いただけのハナシではなかったのか?って気がして来る。

 一番奥はすぐ下に海を見下ろすように「アロエの湯」なる展望大浴場があったようだが、ホンマもぉ爆撃でも受けたんか!?っちゅうくらいにムチャクチャに崩壊して殆ど原形を留めていない。その手前の建物は各種宴会場、結婚式場等だったようだけど、海のすぐ近くってコトと新建材バリバリの安普請のせいで宿泊棟よりもさらに激しく崩壊した無残な状態だ。こんなにも厳しい気象条件の島でこのチャチな作りは無かろう。やっぱしハナッから長く続けるツモリなんてなかったんだろうな。

 後はカフェに行ったり、行き残してた八丈植物公園や護神山公園を観て時間をつぶして旅は終わった。残ったのは膨大な枚数の画像だ。撮ってる時は緊張の連続とはいえ楽しいけれど、戻ってからの作業を考えると気が重い。

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 たしかに八丈島は無残なバブルの残骸が今なお聳える巨大廃墟の島だった。もうホテル関係の廃墟はしばらくはいいや、って思えるくらいお腹一杯になったのは間違いない。それが証拠に実際この時以来、ホテル関係の廃墟は行ってない。
 もちろん誰彼ともなく勧められるスポットではないし、安全を約束できる場所でもないけれど、もしあなたが廃墟に興味のある人で関東圏にお住まいならば、冒頭に述べた通りのアクセスの悪さを押してでも訪ねてみる価値はあるだろう。


高さでは一番高い八丈島国際観光ホテル跡(同上)


撮影中の様子(同上)
2019.02.14

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