「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
オススメはこっち・・・・・・平田内温泉・熊ノ湯


熊ノ湯全景。脱衣場は画面左側あたりにあって、裸になって降りて行く。

 意外に全国にあったりするのである、「熊ノ湯」と名の付く温泉って。

 パッと想い出すだけでも、ウィンタースポーツのメッカである志賀高原の熊ノ湯温泉、知床の羅臼にある熊ノ湯、白神山地の熊ノ湯温泉、佐久平にもあった気がするけど今でもあるのかな?あの辺の冷鉱泉はどんどんツブれてってるからなぁ〜・・・・・・もちょっと言うとやはり北海道は大沼の近くにかつてやはり熊ノ湯って温泉が存在したが、とうの昔に廃業し今は跡形もない。
 ともあれそんな数々の熊ノ湯の一つではあるものの、同じ北海道内に大メジャーな羅臼のがあるせいでイマイチ地味な存在なのが、今回紹介する道南の日本海側、平田内温泉の奥にある熊ノ湯だ。

 大体において道南、さらには日本海側っちゅうのが何ともはやこの上なく地味だ。個人的には江差・厚沢部あたりからズーッと日本海沿いに回ってくルートは大好きなんだけど、まぁぶっちゃけ有名観光地があるワケではない。ひたすら海に向かって落ち込む切り立った崖が連続し、僅かな平地に潮風に曝されて白っ茶けた一群の民家が侘しく固まる・・・・・・そんな風景が延々と続くだけだ。オマケに道内でも道路整備が最も遅れた地域の一つでもあったりする。
 県道740号・北檜山大成線の尾花岬を通る区間なんて、開通したのはつい最近、平成25年のことだ。おれが行った年の翌年である。しかし、長大なトンネルが岬の先端部を通ることはなかった。平成8年に起きた豊浜トンネル崩落事件を受けて、海岸沿いを通るルートは結構出来上がっていたにもかかわらず放棄され、より山の真下を通るルートに変更されたのだ。

 要はそれくらい地理条件も自然条件も厳しい地域なのである。ちなみに日本有数のハードコア神社・太田神社や、以前取り上げた道内最後のランプの宿だった臼別温泉もこのルート沿いにある。拓けてないってコトでは、知床の観光地化された秘境よりもよっぽどこっちの方が秘境と言えるのは、これらのエピソードだけで充分お分かりいただけるだろう。

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 平田内温泉についてはかつて、「ひらたない荘」という国民宿舎に入ったことがある。別浴なんだけど、何故か仕切り壁に行き来自由な通路の設けられた面白い浴室だった。熊ノ湯はそこから4〜5km、遊楽部岳という山に向かって上がった道が車両通行止めになったゲートのちょっと先にある。
 その存在については当時から知ってたものの、その時は生憎、道路工事で不通となってて断念したのだった。秋の北海道は雪降る前に予算消化するためか、矢鱈あちこちで道路工事をしてた記憶がある。いや、当時くらいまでは日本中がどこでもそんなんだった。こんな借金まみれの国になるとは誰も思わず、予算は残すと翌年の配分が減るってコトから、余ったお金は湯水のように使い果たすのが当然だったのだ。ともあれそんなんをキッチリ覚えてて20何年ぶりに入るおれも執念深いよな、ホンマ(笑)。

 道路の右側、擁壁の下に小屋があってそれが男女別に分かれた脱衣場。露天風呂まではさらに5mほど渓谷に向かってハダカで下りて行くことになる。見られるだの覗かれるだのピーピーうるさいバカには敷居が高くて、たいへんこれは良いレイアウトではなかろうか。イヤなら入るな。
 恐らくはここが平田内温泉の源泉らしく、無人の湯小屋のようなモノも建っている。ちなみに道路の反対側の草叢では噴泉塔が成長中で、2m近い高さに育ったてっぺんでは熱湯がボコボコ噴き出している。こんなんがあるんなら玉子でも持ってくれば良かった。山を挟んだ太平洋側、長万部近くには、巨大石灰華で有名な二股ラジウム温泉があったりするんで、泉質的に少し似てるのかも知れない。
 露天風呂も岩盤を削って窪みを付けただけのもので、屋根だの日除けだの目隠しだのは一切ないのが、たいへん潔くて好感が持てる。漢である。ソリッドである。色々気を遣ってどぉでも良いような没個性な造りになってしまった知床は、ココに大いに学ぶべきだろう。

 ・・・・・・で、入ろうとすると、アッチャァ〜!茹だってプカプカ浮いてる蛇が居るやおまへんか。実は露天風呂と蛇は意外に切っても切れない関係にあって、これまで何度もヒョエ〜ッ!ってなって来たモノだ。やはり暖かいのと、周囲が葉っぱ等に埋もれてなくて清潔なことから脱皮とかで良く上がって来るのだろう。
 そう、北海道に蛇がいない、っちゅうのは今や俗説に過ぎない。道南には少なくとも相当数が定着して棲息してる。多くはないけどマムシだって居る。これらは本土から運ばれた荷物に紛れ混んでたと言われるが、実際の経緯はおれも良く知らない。でも居るのだ。だからこそ、現にこうしてこうやって目の前で茹だってやがるのだ。うう、キショク悪いぞ。

 湯船の湯を何度も何度もバシャバシャ押し流して、ようやくブツは渓流に消えてった。人間でも死ぬほど熱いのに、ましてや変温動物では耐え切れない湯の温度ではある。川から引かれたゴムホースの水でうめまくってようやく入湯。
 切れ落ちた下は、かなりな水量の谷川が轟々と音を立てて流れる。ノボせたからって迂闊に川に入るとたちまち押し流されてしまうくらいの強い流れだ。5〜6人も入れば一杯の、岩の窪みを利用してセメントで堰き止めただけの野趣溢れる湯舟には、基本的には清澄な熱い湯が岩肌から流れ込んでいる。それだけ。

 それだけ、だ。結局のところ熊ノ湯のストラクチャーは、チープな脱衣場とワイルドで素っ気ない混浴の湯船がポンと一つ、あとは横を流れる急流の谷川が音を立ててるだけなのだ。何となく知床にある秘湯中の秘湯、薫別を想い出す。

 だからこそ良いのである。余分なものが何一つない。決して野湯ではない、れっきとした作られた露天風呂なんだけど、煩い規制も、ゴタゴタした注意書きの看板も(脱衣場の入口にはあったが)、ざーとらしい演出も、自然の中にあるのにガチガチに固められた目隠しも、野暮な男女の仕切りも・・・・・・観光客はそれなりに来てると思われるのだけど、媚びず、阿らず、あくまで素っ気ない。思えば規制だらけの風潮の中で、いつの間にかこうした露天風呂はスッカリ減ってしまったように思う。そういった点で今や貴重な存在と言えるだろう。

 北海道で熊ノ湯っちゅうなら、オススメはハッキシ言ってこっち、平田内の方だと思う。観光の手垢にまみれすぎてしまった羅臼の方はおれ的には推せない。

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 ちなみに羆は道南の方が凶暴だと言われる。人口希薄地帯で餌も豊富な知床に比べ、こちらの方が人里近く、生息域も限られ、鉄砲で狙われることも多いためにどしたって攻撃的になるらしい。マジで秋になるとけっこう出る。実際、クルマで走ってて鮭養殖所近くで、綺麗にハラワタだけ食いちぎられた鮭が道に転がってるのを見たこともある。そして海岸からかなり山に入ったココは、羆の領分である。

 しかし、それ以上に厄介なのはこの熊ノ湯、どうやら車上荒らしが頻発してるらしい。羆に注意の看板と同じくらい、車上荒らしに注意の看板を見掛けたのはいささか世知辛くもあり残念だ。どこか山の中に潜んで、クルマを停めて離れる者を見張ってる悪いヤツがいるみたいである。北海道=純朴な人ばっかし、って単純に信じ込んでる人はハッキシ言って「北の国から」の観過ぎだと思うな(笑)。

 ・・・・・・ま、行かれる方は貴重品はクルマの中に放置せずに行きましょうね。注意点はそれくらいっすわ。


画面左の方から湯は流れ落ちてます。

2018.12.28

----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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