「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
やっぱしおれは村の湯が好きだ・・・・・・塩之沢温泉


寒くて湯気まみれな浴室内。ドアを開けると道路です(リサイズによる再掲)。

 ・・・・・・つくづくそう思う。

 草深い片田舎、何のアメニティもないような一軒宿、別に泉質に特長があるワケでもなく、謂れがあるワケでもなく、浴室が広いワケでも数寄を凝らしたワケでもなく、名物も無く平々凡々、旅行雑誌に取り上げられることなんかも滅多になく、それでも昔から細々と、しかし絶えることなく続いてて、近郷の人々が三々五々やって来る・・・・・・そんな村の湯がおれはいっちゃん好きだ。

 しかし、最も減少してるのはそういった地味な宿であることはこれまでにも散々書いて来た。おれ一人がいくら気張ったところで、どぉにもこの流れは止められない。おれにできるのはたまたま巡り合えたそんな湯をこうして書き留めたり、いささか残ない写真が多いとは申せ画像として記録することくらいだ。

 富士川沿いの塩之沢温泉はまさにそんなおれの大好きな村の湯である。

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 日本三大急流の一つである富士川沿いに走る身延線はかつては飯田線と並ぶ旧型天国で、トンネル限界が低いために改造してパンタグラフ部分の屋根をカットした独特の電車が多数走るユニークな路線だった。関西生まれで名古屋はおろか松阪より向こうにも行ったことのないガキにとっては、遥か彼方の遠い世界である。地図で言えば富士山の左側あたりを通ってるので、何となく富士山の青と白の裾野をこれまた青白ツートンの旧型電車がガーガーと音立てながら走ってるようなイメージを勝手に想像してたけど、実際は多くの区間が狭い谷間に沿ってるため富士は大して望めない。

 そんな身延線の中間あたり、最も閑散区間の塩之沢ってまんまな名前の小さな駅前すぐのところに、一軒宿の塩之沢温泉はある。嬉しいことに、ご家族にネットに明るい人がいるのか、結構商売の方もじゃらんだ楽天だと頑張ってる。何だかんだで富士山も近いし、近頃はインバウンドだのなんだのと外国人観光客の訪日も多いのでそれなりに繁盛してるのかも知れない。決して「滅び行く温泉」ではないのである。これが一番大事なコトだとおれは思う。

 駅からは妙に日陰の少ない通りを100mほど歩くだけだ・・・・・・って、クルマで行ったからウソなんだけどね(笑)。向かいの公民館の空地に停めさせてもらうことにした。道行く人も無く、昼下がりの村は静まり返っている。
 最近建て替えたらしい宿の建物は民家に毛が生えたくらいの大きさだが、「リアリズムの宿」的なボロさや陰気さは全くない・・・・・・っちゅうか、温泉マークが可愛い屋上の空気抜きと入り口横の控え目な看板がなければここが温泉宿とは分からないのではなかろうか。

 玄関口で大声で読んでも返事がないのでちょっと不安になるが、まぁ田舎の温泉宿では良くあることだ。美しく磨き上げられた木の廊下が清々しい。何度か胴間声を張り上げて待ってると、パタパタと足音がして奥から女将が出て来た。入浴料はたしか一人500円だった。
 片方しかお湯が入ってなくて男湯の方に二人とも案内される。タイル張りの簡素で明るい浴室は黴やら苔やらも生えておらずピカピカだ。単に建て替えて新しいだけでなく、ここの人は綺麗好きなのだろうと思う。片隅には体育座りで4人も入れば一杯のポリバスが一つ。殺風景でイヤだって意見もあるが、おれは実はポリバスについては全く気にならない。むしろこれはこれで現代の零細な湯宿の標準形ではないかくらいに思ってる。

 湯温低下を防ぐフタを外すと、ごく微かに濁って淡黄色、僅かに硫黄臭のする湯が張られている。アルカリ性の微温泉で良く見る柔らかなお湯だ。源泉はちょっと離れた谷の方から引かれてるらしい。
 湯船の横にはドアがある。開けたらどうなってんだろう?って開けてみると裏通りだった・・・・・・ああ、またウソついてしまった。窓から見たら分かるってば(笑)。

 いやもぉスンマヘン。でも、そうしてちょっとでもハナシ盛りでもしないと、おれの貧弱な文章力では後が続かないのだ。本当にこういったシブい温泉宿を紹介するのは大変なんっすよ。何一つ耳目を集めるようなトリッキーな要素が無いのだから。

 初冬の小春日和の暖かな日差しの差し込む浴室内には静かな時間が流れてる。思えば今のおれはムダに色んな物事に溢れそうになってる。なるほど生きてくためには食い扶持がいるワケで、それで否応なしに背負いこんだり思いを巡らせにゃならん。そりゃぁ仕方ないとしても、それ以外に自らの性分で抱え込んでしまってる余分な物事がおれには余りに多過ぎる。
 ホント1週間、1週間で良いから、こんな長閑な温泉宿でひたすら何もせず、本もインターネットも、いやもう新聞もTVもラジオも、全ての情報から離れ、ただただひたすら朝から晩まで身体も意識も蕩けさせるほどにボケーッと温泉に浸かってたい。ダウナーなトリップ感覚に満ちた緩慢な死のような至福の時を過ごしたい。そしたらちったぁ減らすことができるかも知れない・・・・・・そんな気分になって来る。

 夢想から覚めれば現実は皮相だ。取り敢えずは当然ながら帰宅しなくちゃなんない。もちろん真っ直ぐ帰るワケではない。富士川沿いに下りながらさらにあちこち見て回って、富士宮の焼きそばなんかも食べに立ち寄る予定だ。もちろんそれはとても愉しいコトだ。そのためにおれは旅を計画し、旅に出てるのだから・・・・・・でも何だか終始ハイテンションで忙しないのは事実だ。ちょっと見直すべきなのかも知れない。。

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 風呂上りに広間に通されて勧められたのは渋茶ではなくハーブティーだった。絶対若夫婦とかがブレーンでいるんだろうな。館内はどこも余分なものが少なくスッキリしてるのに、なぜか床の間周辺だけが巨大お多福面やら壺やらで異様にゴチャゴチャしてるのが何だか楽しい。やはり村の湯にはこぉいったもっちゃりした部分がないと、って気がする。
 机に料金表が置かれてあって、見ると一泊二食で7,500円となっていた。とても良心的な値段のように思えた。

 帰りがけに駅にも寄ってみた。あらゆるローカル線の駅がそうであるように、かつてはもっと何本も線路があって立派な駅舎も建ってたのではないかと思われる空地が周囲に広がっているが、今では小さな待合室があるだけの味も素っ気もない駅だ。しばらくすると突然、遠隔操作で放送が流れ、たった3両しか繋がっておらず、普通列車と見た目的にもあまり区別のつかない形の、特急としての重厚感や貫禄にまったく欠ける名ばかり特急が通過して行った。

 戻ってから調べて分かったことをついでに付記して終わることにしよう。ここ塩之沢温泉の開湯は明治時代で、昭和40年代初めに一度場所を移転してるらしい。今は宿としての屋号は無いけれど、かつては「富屋」と名乗ってたことからすると、昔はひょっとしたら他にも旅館があったのかも知れない。また、近年の改築までは雑貨屋を兼業してたようである。

 まぁ、能書きはもういいや。やっぱしおれは村の湯が好きだ・・・・・・ハハ、それでジューブンぢゃん。

2018.06.14

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