「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
ウシガエルの湯・・・・・・滝谷温泉郷


「グランドホテル二葉」より池を望む。正面に見えるのは「翠月」。そらウシガエルの声も間近に聞こえますわな(笑)。

 ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・・・・・・

 くぐもっていながら妙に響く野太い声でウシガエルが鳴いている。どっちが正式名称なのかは寡聞にして知らないが、食用ガエルとも言う。カエルはフランス料理ぢゃ高級食材だし、中華でも「田鶏(ディエンチー)」といって珍重される(厳密にはウシガエルとはちょっと種類は違う)。実はこれまで何度か食べたことがあるのだけど、いつも唐揚げになって出て来てたような記憶がある。何となく鶏よりももっと淡白で上品な印象だったような気がするものの、まぁ説明されなかったらホント、あまり違いが良く分からない。

 しかし、カエルを殊更好んで食べようとも思わない。草野心平ぢゃないけれど、実はおれはカエルっちゅう生き物に何故か昔からけっこう愛着があって、どうにも可哀想に思えてしまうのだ。人間なんて実に身勝手な生き物だと、我ながらホトホト呆れてしまうよね・・・・・・ゲロゲロ。

 「河鹿鳴く清流の湯」と言われたら綺麗なせせらぎを望む閑雅な日本旅館のイメージが湧くが、ウシガエルではどうにもいけない。情緒もへったくれもない。何せム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッだもん。棲息地もドブ池かまぁせいぜい田圃である。流れの無い水は何だか良くない気がする。瘴気がワラワラと立ち昇ってくるようだ。
 実際、今回取り上げる滝谷不動尊手前の坂道に点在するかつての通称「滝谷温泉郷」の旅館群の多くが南河内特有のため池の縁にへばりつくように建っている。オマケにマトモな観光旅館は2軒ほどで、後はまるでアパートみたいな木賃宿ばっかしである。

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 観光資源に乏しい富田林にあって、滝谷不動尊は数少ない名所である。一体全部で日本いくつあるのかはともかく、日本三大不動の一つに数えられ、何度か焼失と再建を繰り返したものの、創建自体は平安時代初めなのでこりゃもぉ古刹と呼んで構わないだろう。
 特に眼疾に霊験あらたかと信じられており、今でも毎月28日に開かれる縁日には、駅から向かう道が混み合う参拝客のために自動車通行止めになるくらいだ。最近では福山雅治と結婚した吹石一恵が恋愛成就を祈願して通ってたとか言われ、俄かにパワースポットとしての脚光も浴びている。実際、名前を書いた奉納柄杓があるらしいんで、あながちガセではなかろう・・・・・・ま、彼女のトーチャンは昔バファローズの選手だったし、幼い時から通い馴れてたのかも知れないな。

 町田康にしては珍しい長編、それも新聞に長期連載された「告白」という小説がある。河内音頭の新聞(しんもん)詠みの代表曲にもなった「河内十人斬り」の犯人である城戸熊太郎を主人公に、スカタン続きのダメダメ生活の果てに暴発して、オンナを寝取った相手の一族郎党皆殺しで金剛山中で自害するまでの一生を、ワリと史実に忠実に沿って描いたストーリーだ。そのスカタンぶりを象徴するシーンとしてこの滝谷不動の「身代わりどじょう」が出て来る。
 この「身代わりどじょう」とは要するに、何か不幸事をお不動さんに何とかしてくださいっちゅうて祈って、泥鰌に託して川に流すと身代わりになってくれるというものだ。本堂とは道挟んで反対側の日当たりの悪い行場の滝のところで、今は無人の小屋前で空き缶に入れて売られてる。
 そんなこんなで熊太郎、アホなりに一生懸命祈るワケだ。舞台は明治時代だから有人販売でババァから茶碗に入ったのを買い求める。そいでもって正に祈る気持ちで泥鰌を川に流すのだが・・・・・・。

 ・・・・・・身代わりもクソも、一瞬で鷺がその泥鰌を咥えて飛び去って行ったのだった。

 そんな行場の滝を見下ろす部屋があるのが、この界隈では一番の老舗と言われる創業100年を超える「門前屋」だ。名前の通りで門前のすぐ傍にある。おれはココがいっちゃん気に入ってて、安く空きがある時はまずここを押えることにしてるが、ナカナカ人気が高いのが難点だ。今は、「料亭旅館」を名乗っており、昼〜夜の近郷近在の宴会中心にやってるようである。ここは池からも少し離れてるのでウシガエルの鳴き声はほとんど聞こえず、この点でもポイントは高い。
 どうやら板前さんは住み込みで常駐してるワケではないみたいで、朝食はやってたりやってなかったりするのだけれど、とにかくここの朝食は美味い。旅館の朝飯ってどこもあんまし変わり映えしないし、ここの朝食もそんなに変わった献立が出て来るワケではない。ひじょうにオーセンティックである。でもしかし、とても美味いのだ。

 風呂だって悪くない。地下の岩風呂と、件の滝を望む風呂の2つがあって一応男女別って建前ではあるものの、いつでもどっちかを貸切にして入らせてもらえる。鉱泉どころか単なる水を沸かしただけの風呂とは申せ、どっちも結構な風情があっておれは好きだ。
 しかしながら、少し足の悪い女将さんと手伝いのオバチャン数名では手が回り切らないのか、館内全体に少しづつヤレが目立って来てるのは、宿としての基本部分がとても良いだけにいささか残念に思う。頑張って続けて欲しいものだ。

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 「門前屋」から少し下ったところにあるのが、「グランドホテル二葉」だ。ここは如何にもな分かりやすい観光旅館で、そんなに大きくはないけど4階建てと背は一番高い。広くて明るいロビーの片隅のガラスケースには芸能人のサイン入り色紙が多く飾られる。
 昔は建物の上の方に「滝谷温泉郷屋上大展望風呂」なんて大書された看板が出てた記憶があるが、今はあまりに野暮ったいと思ったのか撤去されて随分スッキリした外観になった。
 そんな最上階にある「河内平野を一望する」というキャッチフレーズの展望風呂なんだけど、そらたしかに高台にあってガラス張りではありますよ。今さらもう人工トロン温泉っちゅうのも何も言わないよ。でもさぁ〜、何故か全面に固定のブラインドが湯船近くまで下ろされてしまってて、見ようにも殆ど景色が見えんっちゅうのはどぉゆうこっちゃねん!?カンバン、自分から偽りに改造するて何やねん!?
 「告白」で繰り返し出て来るフレーズ風に言わせてもらうならば、「アカンではないか」と言いたい。

 ここは裏が池なので、季節ならば窓を開けると件のウシガエルの大合唱がム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッと盛んに聞こえて来る。どうもこの鳴き声は興醒めだ。それと部屋だって館内の整備状況だって決して悪くないのだけど、どうにも凡庸っちゅうかありきたりっちゅうか、いささか個性に欠けるのが惜しい。

 この二葉の道路挟んで斜向かいが「玉の家」で、廃墟になった鉄骨の駐車場挟んで隣が「翠月」、さらに下ると「ふたば別館」だ。前者は残念ながらまだ泊まったことが無いのでコメントできない。後者2つはもう完全に商人旅籠とか木賃宿のレベルやね。宿、っちゅうより見ず知らずのアパートの一室に泊めてもらう感じ。オマケに殆ど地面の上に建ってない。山池の急な土手に足場組んだような上に建物が乗っかっており、池に向かって建物が迫り出してるのだ。何だか、東南アジアの水上ハウスを想起させるような作りである。そしてそんな構造に加えて、安普請で壁が薄いのか何なのか、最も強烈にウシガエルの鳴き声が響いてくるのもこの二軒だ。一度ネコを連れてった時は、怖がって朝まで窓際に掴まって外を見てたもんな〜・・・・・・。

 しかし、とにかく安い。ビジネスホテルよりよっぽど安く、ヘタすりゃカプセルホテル並みの値段で泊まれてしまうし、2食付にしても千ナンボのアップとかである。もちろん豪華な食事なんて期待しちゃいけない。家庭的な普通のご飯だ。
 そんなんだから建設関係とか長期出張のサラリーマンとかにけっこう愛されており、意外に賑わってる印象だ。

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 つまり今は旅館は5軒だけ、ってコトになる。昔は他にも何軒か旅館があった気がするし、土産物屋とか食堂なんかもあったようにも思うが、もう半世紀近く前のコトだし、そんな滝谷不動に興味があったワケでもないんで記憶がアヤフヤで自信はない。大体、「滝谷温泉郷」などと町全体として名乗ってたのか、あるいは二葉だけが勇み足で勝手に名乗ってたのかも今となっては良く分からない。間違いなく言えるのは昔も今もこの地に温泉どころか鉱泉さえも全く湧いてない、ってコトだけだ(笑)。要するにパチモンだわな。

 だが、そんなんでも幼かったおれには何となく「萎びた歓楽」とも呼ぶべき温泉街の雰囲気ってモンを初めて感じさせてくれた場所であったのは間違いない。ある意味、長じてからのおれの温泉行の原点とも言える場所だと思う。しかし、半世紀近い歳月は否応なしに流れてしまったのである。色んなコトが起き、色んなコトを起こし、色んな人との繋がりができ、色んな人との別れがあった。おれはもうエエ歳こいたオッサンだ。

 陽が落ちてウシガエルの大合唱が始まる。

  ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・ム゛ォ〜ッ・・・・・・

 倦んだ眼を澱んだ池に向ける。何度この地に泊まろうとも、現存する宿を全部コンプリートしようとも、名状しがたい喪失感は埋まらない。アカンではないか。

2017.06.22

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