「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
辰野金吾でブイブイいわすぜ!・・・・・・天見温泉「南天苑」


おれ的には当時としてはむしろモダンな作りに思えます。

 建築について少しでも齧ったコトのある人ならば辰野金吾の名前は絶対に知っておられるだろうと思う。日本の近代建築の父と称される明治から大正にかけての建築家だ。
 彼の凄かったところは自身の建築設計だけでなく、近代的な建築のための組織運営や方法論を整備したところにあるとおれは思う。日本建築学会の前身を設立したり、コンペ制を導入したり、建築設計事務所を設立したり・・・・・・と今の日本の建築業界の基礎はあらかたこの人によって拓かれたと言っても過言ではない。
 余談だが、血は争えないっちゅうべきか、息子の隆もまた仏文学者の草分けとして自身の業績もさることながら幾多の文筆家を育てたことでつとに有名だったりする。

 さて、彼の手になる建築は東京駅に代表されるような、如何にも明治な洋館で煉瓦造りを基本に化粧漆喰の白い水平基調が組み合わさり、その上に丸っこい緑青の吹いた屋根が乗っかったスタイルが多い。とにかく西欧の列強に追い付け追い越せの時代であるから、それがとにかく最先端だったのだ。
 そんなんで、逆に和風建築は殆ど手がけなかった。国内に現存するのは僅かに3棟しかないと言われる。その一つが今回紹介する天見温泉「南天苑」なのである。

 しかし、大阪の最南端、紀泉国境の何もない草深い山中に初めから当時超一流の建築家の設計が入ったワケではない。この建物は偶然が積み重なり、再発見されて今ここにあるのだ。
 元々はこの建物、堺の大浜公園にあった「潮湯」なる、現代風に言えばスーパー銭湯とか健康ランドみたいな保養施設の別館だったのである。家族湯や遊技場スペースだったらしい。当時の大浜公園は潮湯だけでなくいろんな割烹旅館の立ち並ぶ一大リゾート地だった。そこに南海電鉄が阪急の宝塚の向こうを張って建てたのが潮湯だった。少女歌劇団も掘っ立てで作ったという。
 これを手掛けたのが大阪方面の注文を受け持つ辰野片岡設計事務所だった。ぶっちゃけ、実際に本人が図面引いたかどうかは定かではない。すでに大御所だったし、注文はひきも切らぬ状況だったろうから、恐らくはスタッフによる分業制ではないかと思われる。

 ・・・・・・って聞いて失望する向きがあるいはおられるかもしれないが、日本だって遥か昔からプロダクション形式による分業制のマスプロダクトは行われてたのである。例えば運慶・快慶といった「慶派」は完全に運慶プロ、快慶プロと呼んで構わない組織だった。襖絵の「琳派」なんかもそう。だからあんなにも均質な作品をボコボコ生み出せたのだ。妖刀として名高い「村正」もそう。あくまでブランド名であって桑名の刀鍛冶集団がこの銘を名乗ってたのである。ついでに言うと、妖刀っちゅうほどのプレミア性は実はなく、当時の三河の武士の間では大衆路線の普及品だった。

 それはさておき、大浜潮湯のこの別館は昭和9年の室戸台風で倒れてしまう。集客の目玉の歌劇団もなくなって困りあぐねた南海電車は少しでも元を取り返すべく天見の奥の鉱泉跡に建物を移築、再興して、当時大阪一と謳われていた料亭「松虫花壇」に経営を委託したのだった。あくまでおれの推測だけど、当時は河内長野駅近辺の方が温泉街としては遥かに知名度もあって、難波からも近くて賑やかだったハズだが、これだけの大きい建物を据える土地が無かったんだろう。

 このままだと枕だけで終わりそうなんで端折らせてもらうと、苦難はその後も続き、戦時体制下で贅沢は敵だってコトになってしまい休業を余儀なくされ、どだい空襲で松虫花壇自体も無くなり(ちなみに潮湯本館も空襲で焼失してる)、戦後しばらくして経営が譲渡はされたものの、特に何の目ぼしい観光地もない山の中で、駅から近いってだけで細々と営業が続いてた。もちろん辰野金吾が手掛けたなんてことも忘れ去られてしまってた。それが2002年に在野の「明治建築研究会」によって再発見されて今に至る、ってワケだ。 
 今では国の登録有形文化財に指定されている。戦後、あんまし考えずにかなり建物のあちこちに手を加えちゃったようで、目下館内設備の復旧作業が少しづつ行われている。それが進めば重要文化財指定も夢ではなかろう。

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 今はすっかり近郊都市化が進んだ河内長野、雛壇状に新興住宅地の立ち並ぶ三日市を過ぎて行くと、旧・高野街道である国道371号線は段々と道幅も狭く、また山が両側に迫ってくる。そうして川沿いのカーブが連続する道をなおも行くと、大阪と和歌山を隔てる紀見トンネルの手前に天見の集落はある。
 国道から駅に入ってく道は狭く、離合にも苦しむほどで、言っちゃぁなんだけどモータリゼーションから取り残されたローカル線の駅へと向かう道そのものだ。開業以来の駅舎は山峡の駅らしく妻面に出入り口が設けられたタイプで、駅前にも殆どスペースが無い。そのすぐ側、川に下るさらに狭い道の奥に天見温泉「南天苑」はある。

 ここについては以前から一度泊まってみたいとは思ってたものの、それこそ再発見以来急に敷居が高くなって・・・・・・まぁ要するに値段が上がって(笑)、叶わずにいたのだった。おまけに人気も急に高まったようでナカナカ予約そのものも取れない。それがたまたま曜日回りの関係で比較的お安く空いてたので迷わず部屋を押えたのである。

 初めて近くで見た建物は、辰野金吾云々の事前情報を以てしても何だか良く分からなかった。強いて言うなら車寄せ部分がこのテの和風旅館にしては妙に大きいなぁ〜、ってくらいで、むしろ古い温泉街にありがちなゴテゴテと細部までマニエリスティックに作り込まれた旅館なんかよりはよほど明快でスッキリした印象で、あまり強烈な個性は感じられない。そらまぁ和風建築ったって桂離宮と日光東照宮では天と地ほど異なるワケで、外観から何かの「らしさ」を汲み取れる人は余程繊細な神経の持ち主か・・・・・・あるいはアテられて刷り込まれてるかのどっちかだろう。

 通された部屋は玄関を上がってすぐ左の部屋だった。控えの間が二畳と異様に狭い。朝食のみで宿に入ったので既に布団が敷かれており、ただでさえ狭いそのスペースに座卓が押し込まれてさらに狭くなってしまってる。その奥に襖一枚挟んで6畳。
 元は家族湯だったのを居室に改造したと言われるその部屋は、随所に繊細な趣向が施されていた。それは捻じれた木をそのまま活かした床の間の鴨居であったり、籐椅子の置かれた縁側との仕切りがよくある障子ではなく簾戸で、さらにはその裾板には波と浜千鳥の意匠で刳り抜きが入ってたり、木と竹を組み合わせた明り取りの障子窓の飾りだったりするのだが・・・・・・だからって、うわ〜!これがそぉなんだぁ〜!?とも思わなかったな、おれ(笑)。まぁ、感性が鈍いんだろう。
 見るとTVの横に宿を紹介した雑誌が数冊、何とまぁ「一度は泊まりたい日本の宿百選」とかに選ばれてるではないか。子供の頃の何となく垢抜けない旅館のイメージからすると偉くなったもんだなぁ〜、と思う。

 浴室は別棟になっており、これは近年になってからの改築のようだ。細い谷川を望む男女別の浴室にこれと言って特筆すべき点は見当たらない。泉質もラジウム泉を沸かしたものとはいうものの、浴感からは何も分からない。ただ、丁度入った時間が他のお客さんの夕食の時間だったのでゆっくりと独り占め出来たのが嬉しい。壁に埋め込まれている「極楽湯」の石板は多分昔からのモノだろう。
 ヨメは居合わせた外人さんに質問されて困ったと言ってた。そう、最近の外国人旅行客の増加を差っ引いても、館内には外人の姿が目立つ。団体客は一体どういう関係の人なのか、スーツ姿の男ばっかしの中国か台湾からの御一行だし、カップルは欧米系が何組もいる。恐らくは難波から電車一本で来れて、さらには駅前すぐで道に迷いにくく、それでいて日本情緒があるもんだから人気が出たのかも知れない。高野山へも電車一本だしね。

 かつては高野山参詣の拠点としても使われていたというこの旅館、今どきそんな泊まり方をする人もいなくなったと思ってたら、外人さんがそうして使ってたりもするワケだ。素直に良いコトだと思う。

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 これまで何度か書いたことだけれど、河内長野界隈だけでなく紀泉国境周辺には昔、冷鉱泉があちこちに点在していた。所謂「大阪の奥座敷」としてそれなりに流行った時代もあったのだが、今はもう見る影もないところが殆どだったりする。それでも頑張ってるのはここと、あとは犬鳴山界隈くらいなもんだろうか。山中渓なんてもぉ温泉街全体が全て廃業してしまい、廃墟マニアや肝試し、サバゲーのフィールドで荒らされまくる有様だ。ああ、温泉でもなんでもなかったけど羽衣の「新東洋」や「羽衣荘」、「天兆閣」なんて宴会専用旅館ってのもあったっけ。どれもこれもいつの間にか宅地化の波に呑み込まれたり、近場の泊まり掛けの行楽が流行らなくなる中でいつの間にか消えて行ったのだ。

 そんな中、リゾート地としての堺、あるいは食い倒れの町の料亭といった戦前の旧い記憶までをも伝える天見温泉「南天苑」がこうして平日でも宿泊客で溢れてるのは何だかとても嬉しい。数奇な運命に翻弄された数寄な建屋もようやく日の目を見たワケで、まぁこれからも目一杯辰野金吾ブランドをウリにしてでもなんでも頑張って欲しいと心の底から願う。


ちょっとポーズを決めてみました(笑)。

2017.06.18

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