「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
村の湯(V)・・・・・・大島鉱泉


大島鉱泉全景。

 旧・富岡製糸場の世界遺産登録で俄かに沸き返る上信電鉄沿線であるが、意外なまでにシブい冷鉱泉が点在していることはあまり知られていないように思う。有名なトコでは下仁田温泉「清流荘」が気を吐く以外にも、小滝温泉、吉井温泉、鮎川温泉、坂口温泉、猪ノ田温泉、湯端温泉、そして今回取り上げる大島鉱泉等、今でもけっこう多くの冷鉱泉があるのだ。

 不思議なことにこの状況は、同じく世界遺産登録で元々高人気が余計に高まって、今や規制も必要ではないかと言われる富士山とそこに向かう富士急電車の沿線と良く似ている。あそこも冷鉱泉が多い一帯だ。
 さらに共通するのは、客商売ならちょっとくらいはこの千載一遇のチャンスに乗っかることがあっても良さそうなのに、どこもあまり色気を出さず、細々と商売を続けてるように見えることだ。

 ・・・・・・な〜んてエラそうにまとめられた義理ではない。永年、この辺りの鉱泉群は気になる存在ではあったのだけど、どぉにも自宅からの距離が中途半端なモンだからずーっと後回しにしてたのである。そんな風にグズグズしてる内に南牧村の勧能鉱泉なんて廃業しちゃったんだけどね。
 でもやっぱ出掛けるんなら、ある程度パァ〜ッと遠いトコに行きたいですやんか。上信越道、藤岡JCTで分かれて15分くらいで降りるっちゅうのもモノ足らんですやんか。

 素直に白状するならば、富岡製糸場がここまで盛り上がって、それでミーハーに出掛けて行こうなんて思い立たなければ、未だにこの一帯は訪ねてなかったかも知れない。

 ・・・・・・で、大島鉱泉である。一軒宿のそこは見事なまでにおれが愛して止まない「村の湯」だったのだ。

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 しっかしココ、富岡製糸場から南西に直線距離で僅か3キロほどしか離れていないにも拘わらず、とにかくアプローチがムッチャクチャに分かりにくい。なぜならどこにも案内看板がマトモに出てないのだ。如何に商売っ気がないかが良く分かる。ナビがあったから迷わずイッパツで辿り着けたけど、昔ならよほど正確で細かい地図がないとどぉしようもなかっただろう。
 これと言って特徴の無い村の中の狭い道をグネグネ曲がりながら行った先、山襞の裾の少し広くなったところに2棟の古風な建物はポツンとあった。すぐ近く、上の方を上信越道が通っている。何となく神戸の奥、今はただの日帰り健康ランドに変わってしまった鹿の子温泉のかつてを想い出させるロケーションだ。

 手前に建つ鉛丹葺きの2階は赤、1階は青い屋根、白壁に明り取りが繊細で典雅な建物の方が旧館だろう。奥は後に建て増されたものかモルタルのワリとフツーの建物だ。双方は濡れ縁で繋がっている。玄関のガラス戸に大きく「大島鉱泉」と書かれてあるのも好ましい。村の湯は温泉よりはやはり鉱泉が似つかわしい。

 手前の古い方の玄関が開いてるので入って大声で呼ぶ。とにかくこぉゆう時はマヌケでも何でも胴間声を張り上げて人を呼ぶに限る。上がったところはロビーっちゅうよりは、湯上りのお休み処・・・・・・んん〜、そこまで風流でもないか(笑)、とにかく椅子がいくつか並べられてる。何だかんだとあちこちに置物やら土産物やら民芸品やらがゴタゴタと置かれ、ポスターが古いの新しいの貼られてるのが垢抜けなくも野暮ったくていい味を出してる。何だか嬉しくなる。村の湯は絶対にスマートであってはならない。
 上がったすぐ先はもう左右に分かれた男湯と女湯の入口だ。木の札と暖簾が掛かっている。何となく宿屋の浴室っちゅうよりは共同浴場っぽい佇まいなのもまた、ここが紛れもなく村の湯である証だろう。

 オバチャンよりは老けてるけどバーサンと呼ぶにはまだ若そうな女将が出て来て、1人400円也を払う。壁の上を見上げると群馬県公衆浴場組合の料金表が張ってあることからしても元々ここは村の湯屋を兼ねていたのだろう。「まだ片方しか沸かしてないんで一緒に入っていいですよ〜」と言われて右手の男湯に案内された。どうやら男女で広さの違いはなさそうである。

 新建材張りの素っ気ない脱衣場は結構広いが、何故か脱衣棚はなくプラスチックの籠が山積みになっている。人が沢山来たら床が脱衣籠だらけになってしまいそうだ・・・・・・来ないんだろうな。
 ピンクのタイル張りの浴室もこれまたシンプル極まりない。ガランと広い中、沸かし故に小さめの四角い浴槽が奥にあるだけだ。上は定番の富士に美保の松原・・・・・・ではなく、富士に白糸の滝っちゅう変わった意匠のタイル絵。それだけ。洗い場は広く、カランが4つほどあるのがやはり村の湯っぽい。
 湯船の横にドアがあって開けてみたら案の定、ボイラー室だった。煤けたボイラーの前には古い家の柱を切ったものが薪代わりに積み上げられ、家の乾燥室代わりに使うために洗濯ハンガーが幾つも掛かってるのは良く見かける光景だ。

 湯は微かに褐色を帯びたものであるが、ひょっとしたらこれは配管の錆が混じってるのかもしれない。正しくはメタ硼酸泉らしいが、何だか良く分からなかった。ヌルヌルもしなければカサカサもしない。おそらく殆どただの山の水なのだろう。まぁ、おれはまったく泉質に拘らないのでどぉでもいいのだけど(笑)。

 時間的には夕方近く、村の人はこれから夕餉の支度ってな時間でもあり来ることはなかろうが、あれだけワラワラと製糸場には観光客が押し寄せてるというのに、この大島鉱泉はそんな喧騒がウソのようにヒッソリと静まり返ったままだ。

 入ってた時間は小一時間ほどだったろうか、結局他の客は誰も来なかった。

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 休日で、それもすぐ近くには何千人と観光客が押し寄せてるっちゅうのにこの客の入りなんだから、平日はもぉ推して知るべしだろう。経営は決してラクでないことは容易にうかがわれる。今時、自宅に風呂の無い家なんて殆どないだろうから、かつて果たしていた村の湯としての機能は喪われてしまってるに違いない。そしてそれはここだけでなく、現代の日本に辛くも残る全ての村の湯に共通する問題だ。

 帰り際、女将に泊まりの料金を訪ねてみたらちょっと驚いた顔された(笑)。一泊二食で8,000円とのことだった。この草深く、見事なまでに何も無く平々凡々としてシブい佇まいを堪能できて、メシまで食えてそんな値段なら十分安いと思った・・・・・・どんな料理が出されるのかまでは分からないけど。

 ともあれ、説教じみたことを書く気もなければ、暑苦しい演説を打つ気もない。ただ、ここ大島鉱泉を訪ねたことで、この数年温泉への興味を失いかけてたおれがまたいろいろ訪ね歩いていいかな?という気になったのは掛け値なく事実である。それほどに大島鉱泉の地味だけど懐かしい佇まいは素晴らしい。そのことだけは伝えたい。


浴室内部(2枚ともギャラリーのアウトテイクより)。

2015.04.17

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