「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
落書きはアートたりうるか・・・・・・ブロックアート


壁面を覆い尽くす見事なグラフィティ。

 所在地の詳細を書かないのがどうやら廃墟の世界では不文律らしいんで、どこぞの廃墟晒し上げサイトのような愚は犯さず、興味持たれた方は各々調べてもらうこととして、関東某所にあるこの通称「ブロックアート」は廃墟物件としてはとにかく昔からひじょうに有名である。おれも10年以上前からその存在だけは知ってた。

 緻密にアプローチは調べ上げて出掛けてったツモリだったが、結局随分迷ってしまった。何年か前まで近くにあったもう一つの有名廃墟物件へ行く道を外れ、踏み跡を辿ってようやく着いたのだけど何のこっちゃない、なぁ〜んも考えずにもう少し奥まで舗装道路を歩いてたら容易に入口は見付かったのだ。どぉもこぉゆう時、おれはイラチで落ち着きがなくて、気が急いて損するタイプのように思う・・・・・・って、この期に及んで自分の治らない性格を嘆いたって始まらんわな(笑)。

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 海を臨む急斜面に、見事にドンガラな3階建のコンクリートの建物の骨格だけが残っている。窓も何も未完成のまま放置されたらしい建物は巨大な箱のような構造だ。大きさはどうだろう?幅は40mほど、奥行き10mといったところか。ちょっとした昔の公団住宅くらいと言えば分かってもらえるだろうか?
 潮風に晒された建物はかなり風化が進んで来ている。以前訪ねた御宿にある堂の上薬師のコンクリート階段の、恐怖を感じるほどのボロボロぶりよりは幾分マシだけど、それでもあまり縁の方に行くとボロッと崩れそうで怖い。どだい最上階は10mほどの高さがあって手摺も何もないから、落ちたらそのまま真っ逆さま、一巻の終わりである。
 ちなみに入口は最上階にあって、1階に向かって下って行く仕組みになっている。渓谷を望む温泉宿なんかによくあるスタイルだ。

 あくまで噂の域を出ないが、元はバーベキューハウスを目論んで建てられたんだそうな。しかし、昭和40年代のレジャーブームが去る中、強度的な問題が発覚したとかで建設費も底を尽いてそのまま放置されて今に至ってるらしい。たしかに一般的な旅館として考えると階段が妙に少なく、ベランダに相当する部分が設けられてないこと、また、各フロアが完全に妙に筒抜けのがらんどうで、通常なら防音や耐火性の観点からもっとあって然るべき間仕切りのコンクリート壁が少ないことから旅館を目論んでいたとは考えにくい。しかし、そんなに儲かるとも思えないバーベキューハウスをこんな大規模に、あまつさえ鉄筋コンクリート造りで建てるんか!?っちゅう疑問も残る。
 話が事実だとしたら、最初の施工主は欲に目が眩んだイケイケなアホだったのかも知れない。

 要はここ、廃墟としてはちょっと格が落ちるとされる未完成物件(・・・・・・らしいのだ。マニアの世界では!笑)であり、実際これだけならばあまり面白くも可笑しくもないんだけど、それなのに奇跡的な空間となったのはひとえに、本来廃墟マニアの間では最も疎まれ、嫌われるハズの落書きがあまりにも見事な出来栄えだからだ。そんなんで誰が呼んだか「ブロックアート」・・・・・・言い得て妙だなぁ〜。

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 廃墟で良く見る「覇狼鬼帝参上!!」みたいな、IQも所得水準も志も、全てが低そうなヤンキーや珍走族がピンクや赤、紫等の現場の足場に印付けるためのスプレーで書き殴った落書きとは異なり、多色を駆使したエアブラシっぽいポップなグラフィティが大半なんだけど、とにかくその完成度がハンパないのである。

 撮影の都合上(笑)、まずは1階に下りることにする。最上階から撮り始めるといきなり誰か来たらサドンデス、そこで撮影終了になってしまって、次のフロアに向かおうにもどうにもバツが悪くなってしまうモンねぇ・・・・・・。
 それはともかく1階、ここだけ随分天井が高い。ひょっとしたら展望風呂でも拵えるツモリだったのかも知れないが、壁の最上部までキッチリ彩色されている。脚立を何本も持ち込んで足場板も渡したりなんかして描かなきゃムリだろう。それに複数のスタッフで分業しながらではなかったのだろうか?描く人も複数なら、下でスプレー缶を用意して渡す係、遠くから見ながら歪み等をチェックする係・・・・・・あくまで想像だけどよほどシッカリとしたチームワークでないとここまでの大きさのはむつかしいと思う。

 撮影は快調。なるだけ背景の絵も大きく入れたいので超広角が大活躍だ。ただ、建物の開口部と太陽の向きがズレてるモンで随分と薄暗い。特にこの1階は生い茂る木々に光が遮られてなおさらである。いくら低速シャッターに強い超広角とはいえ手ブレ防止機能も付いておらず、手持ちの限界一杯のSSではやはりしんどい。絞り開け気味にしてもISOはポンポン跳ね上がってるけど、まぁその辺はあまり気にせずトバしてくしかない。
 ユックリ長考して確実に一枚づつ、なんてーのは、性に合わないより何よりこの状況ではムリな相談だわ、やっぱ。しっかし、安いレンズはピンが迷うことが多いな。ジーコジーコともぉ大した焦点距離でもないのに早よう合わせんか!うわ!またピンボケやんけ!

 ・・・・・・ってな調子で1階はおおむね終了。狐とも般若ともつかぬ怖い顔した巨大な面の絵が何だか呆れて笑ってるように見えた。

 一般客を通すために作られたとは考えにくいくらい狭い階段を2階に上がる。ここは上述の間仕切り壁で仕切られており、一つ一つの区画がそれぞれ異なるペイントが壁面一杯に描かれている。如何にも横乗りとかストリート系なグラフィティフォント主体のモノもあれば、モンスターっぽいの、和彫りのタトゥーみたいなの、マンガやアニメのキャラ、アブストラクトな意匠・・・・・・etc、それらが殺風景極まりないモノトーンで荒れたコンクリートの空間の中にどぎついまでの極彩色で描かれている。その対比が素晴らしい。
 どれもこれも、壁面一杯を余すトコなく使い切っており、本当に手が込んでる。一つ一つシッカリ三脚据えて撮影すれば、立派に一冊の写真集が作れそうに思った。
 ここから1階までは広い階段があって、ワリとマトモに観光施設の造作になってる。もちろんその階段もギッシリとグラフィティで埋め尽くされてるのは言うまでもない。

 1階も同様に丹念に全ての区画は極彩色っちゅうか満艦飾っちゅうか、とにかく派手なイラストで埋め尽くされていた。いつしか滞在時間は1時間を優に超え、撮影枚数は300枚を超えていた。

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 それにしても一体全体誰がここまで大掛かりなコトをしたのか、その辺の経緯は一切不明である。まぁ、地元のストリート系のちょっとトンがった若い衆が徒党を組んでやったとみて概ね間違いなかろう。こんな辺鄙なトコまで都心からワラワラ大勢で繰り出してくることは考えにくいモンな。

 とは申せ思い付きと勢いだけでカル〜くやらかしたっちゅうワケでもなかろう。一晩や二晩では絶対にムリだ。何日も何日も掛けてデザインや大きさ、配置なんかまで相当緻密に計算して丁寧にやってる。つまり手間暇が掛かってる。若気の至りにしては継続的かつ構築的な「意志」を感じるとまで言えばホメ過ぎだろうが、それなりに鑑賞に耐え得る。
 難点を挙げるとするならば、モチーフはそれなりに工夫したのかも知れないけど、スプレーを駆使したストリート系のメソッドそのものにオリジナリティが無いってコトだろうか。でもそれを言い出したら、写真やハードコアノイズなんて既視感バリバリで紋切り型、ステロタイプの金太郎飴の極致だ。

 何を以てアートとするかはとてもむつかしいけれど、おれはジョン・ケージの次の言葉を信奉してる。過去にも何度か書いたかもしれないんで、知ってる人は分かるだろう。

 ------それがあなたにとって衝撃でさえあるならば、あなたはそれを「音楽」と呼ばなくとも構わない。

 ブロックアートの壁面を覆い尽くす落書きはアートだと思う。キース・ヘリングやバスキアが存命でこれ見たら何て言うだろう?


何階だったっけ!?

2015.04.28

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