「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
幻惑の地下迷宮


湿気に霞む巨大地下空間の威容(ギャラリーのアウトテイクより)。

 東北道・大谷バス停付近・・・・・・っちゃぁかつては渋滞の名所として有名で、渋滞情報のラジオなんかでこの地名を記憶しておられる方も多いだろう。しかしそれも今では相当の旧聞に属する。15年ほど前に車線拡幅により三車線化されて以来、すっかりここは混雑しなくなったのだ。場所で言うと宇都宮のちょっと向こう、日光道路が分岐するジャンクションの手前辺りになる。

 この西側辺り一帯に奇勝と言っても構わないほどの景観が残されてることは案外知られていない・・・・・・ってーか、昔はそれなりに観光地で賑わったのが寂れたような不思議な雰囲気がある。

 大谷石の採掘場跡である。

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 大谷石とは凝灰岩の一種で、軽くて耐火性が強いことから関東一帯の蔵や塀によく使われた石材である。今でもあちこちで見かけることが出来る。旧帝国ホテルといった有名な建造物にも使われてる。残念なことに軽石を押し固めたような石なので脆くて風化しやすい欠点がある一方で、容易に切り出せるて加工しやすいために江戸時代くらいからバンバン採掘された。その跡が至る所に残っているのだ。ちなみに今でも一部では現役で採石は続いている。

 採掘は地上の山を切り崩すだけでなく、地下にも及んだ。たまにあの辺で地表が陥没する事故が発生するが、要は地表部分がいまいち薄かったり風化が進んだりして崩壊し、地下に空けられた空間に落ち込むことによって起きるのだ。地下にゴリゴリ掘られた採石場がどれほど広がってるのかは判然としないらしい。おっかない話である。ちなみに同様の陥没事故は愛知から岐阜にかけての亜炭の採掘跡でも発生してる。一生モノの買い物と思って建てた家がある日突然穴の中に落ち込んだらたまらんよね。

 そんな地下採石場跡の一つが大谷石資料館として一般に公開されている。その存在についてはかなり前から知っていたのだけど、行こう行こうと思ってるうちに東日本大震災が起きてしまった。その影響で崩落の危険性があるとして閉鎖されていたのが、ようやっと再開の運びとなったのだ。ようやっとったって、再開を心待ちにしてた人間が日本国内にどれくらいいたのかは分からないが・・・・・・まぁ、50人くらいだろうな(笑)。

 それにしても予想以上に地味な入口だ。資料館なんて名乗ってるからおれはてっきり聳え立つ物館的なものを想像してたんだけど、人気のない山中に入って行く道は傍らに古いボンネットタイプのトラックのスクラップが打ち棄てられてたりして寂しい。途中、草叢から濛々と水蒸気の上がるのが見えた。後から分かったんだけど、それは採掘場の冷気が穴から地上に噴き出して結露しているのだ。
 ガラス張りの平屋の建物が、切り立った岩壁に囲まれるようにして建つ。隣にあるのは土産物屋だ。ちょっとした広場になった前庭に置かれたテーブル・ベンチも当然ながら石造り。施設らしきものはそれだけ。ものすごく地味。
 何だか良く分かんないけど取り敢えず入館料を払い、大谷石の歴史とかなんとかの展示コーナーをさっさとパスして、地下に入ってってみることにする。ヨメは係員からひざ掛けの毛布を持ってくように勧められた。地下の気温は年間通じて10℃しかないらしい。

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 階段を下ると、薄暗い中に想像を遥かに上回る大空間が広がっていた。最も高い所で天井までは20m近くあるだろうか。広さもまた予想をはるかに上回るもので、ライトアップのせいもあってなんだかエラく荘厳な雰囲気だ。まるでインディージョーンズの映画に出て来る地下神殿のようだ、と喩えられるのも頷ける。そして猛烈に寒く、また、滲み出す地下水のせいなのかひどくジメジメしてる。しまった。おれもひざ掛け借りればよかった。

 それにしてもこの圧倒的な雰囲気は凄い。別に何か特別のギミックやアトラクションがあるワケではない。かつての石切場の跡を若干観光向けに通路や手すりを整備し、ところどころに電灯を取り付けただけっちゃだけなのである。ただもう営々と数百年の年月を掛けて膨大な量の石が伐り出されてった結果残った鉛直と水平の断面、それだけがこのド迫力の景観を作ったのだ。

 当然ながら音は良く響く。ここを会場にコンサートが開かれたことは過去に何度もあったようだが、これぢゃ余りに反響が良すぎて音が回ってモニターできなくなるのではないかっちゅうくらい、グワングワン響く(・・・・・・って、実際は石が多孔質なんでコンクリートの方が良く反射するらしいが)。
 マトモな音楽でも十分に面白かろうが、バカデカいPAで轟音ハーシュノイズ系やメタルパーカッションなんかでドンガラガッチャンやったらもぉチビりまくりで発狂モノの迫力が出せるのではないかと思った。まぁ、あんまし地鳴りみたいな音鳴らしてたら天井が共振して崩落するかもしれないけど(笑)。

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 出て来ると、当然ながらものすごく蒸し暑く感じた。カメラのレンズが曇りまくる。ボディ内部まで冷え切ってるだろうから、結露して故障しそうだ。入る前は所詮人工的に掘った穴、ってなちょとナメた気持ちもどこかにあったがどうしてどうして、ヘタな鍾乳洞なんかより余程寒かった。
 お手軽に涼めるスポットとしてなら盛暑の時期でも良かろうが、とにかく猛烈に寒い。むしろ秋以降に出掛けた方が服装もそれなりだろうし、じっくり落ち着いて快適にこの異様なまでに迫力のある地下空間を体験できるような気がする。高い一眼レフをお持ちの方も同様である。暑い時期だとカメラが故障しかねないほどの温度差だ。

 それにしてもこの大谷、至る所に異様な岩肌を見せる石切場が点在するだけでなく、付近には有名な大谷観音、あるいは「東の摩耶観」とも称される大谷グランドセンターなんかもあって、意外なまでに見どころは尽きない。たしかに全体としてはかなり寂れてるのだけど、終わってしまった観光地と切り捨ててしまうにはあまりに惜しい気がする。

 ただし、チョーシこいて立入禁止区域である草ぼうぼうの採石場跡にズカズカ踏み込んでって、落石・落盤事故に遭ったり、あるいは随所に点在すると言われる深さ数十mはあろうかという採掘孔に転落しても責任は取れませんので、その辺はまぁ個人責任ってコトで・・・・・・。

2014.07.20

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