「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
歳月は残酷・・・・・・臼別温泉再び


菅江真澄像

 幕末ちょっと前の冒険家(敢えてそう呼ばせていただきたい)・菅江真澄はたいへん尊敬に値する人だと密かにおれは思ってる。20代半ばより50代の終わりまでの30年近くの長きに亘り専ら東日本の各地を旅して歩き、膨大なフィールドワークを行い、今でいう文化人類学者みたいなことをやった人である。私淑する宮本常一の大先輩みたいなモンだな。残した見聞録は膨大な量に登り、大半は「遊覧記」としてまとめられ今でも容易に入手可能である一方で、散逸してしまったものも相当多いらしい。

 その旺盛な好奇心と行動力、緻密な観察力は当時の人としては驚くほどで、船をチャーターして蝦夷地にも渡ったりしている。時にはあまりに根掘り葉掘り地元民へのインタビューを行うもんだから他藩の間諜ではないかと疑われ、所払いの憂き目に遭ったりもしながら、当時の人としてはかなり長生きで74歳まで永らえた。終焉の地は秋田の田沢湖だったとも角館だったとも言われる。

 そんな彼が訪れたとの記録の残る北海道・臼別温泉のかつての姿については、以前文章に起こしたことがある。道内どころか日本でも既に本物はほとんど残っていなかったランプの宿だった。「本物」とは電気が来てないっちゅう意味で、例えば能登半島突端の葭ヶ浦温泉、あるいは青森の青荷温泉なんて演出のためにランプを残してるに過ぎない。ちゃんと宿に電気は来てるのである。

 今はスッカリ様変わりして、まったく商売気がなくひじょうに鄙びた風情だった建物は綺麗に無くなっしまいて、跡地にはログハウス風の町営共同浴場・「湯とぴあ臼別」が建っている。調べてみると、お決まりの高齢化と、あと北海道南西沖地震で建物がいかれたのとで、おれが訪ねた翌々年に廃業したらしい。タッチの差、っちゅうヤツである。しっかし、「訪ねた数年後に消滅」ってパターンがおれの場合かなり多い気がするな。どぉゆうことなんだろ?何だか最期を看取ってるみたいで気持ち悪い。

 ともあれ歳月は残酷だ。

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 平成の市区町村合併とやらでワケの分からないひらがな表記になったせたな町の、旧・大成町に当たるところの山中に臼別温泉はある。国道から分かれて数km、川沿いにダラダラと入って行くだけなのでアプローチは難しくも何ともない。狭い谷の出口、元の旅館の跡に今の建物はあった。勘亭流みたいな看板がダサい。
 無人の施設で、利用者は協力費として100円を賽銭のように投入口に収めるようになっている。不心得者が多いのか、張り紙には近年収入が減ってしまい維持も覚束なくなって来てる云々と書かれており、先行きは決して楽観視できるものではないようである。
 おれの記憶では昔はもっと細長いうなぎの寝床状の建物だったと思うが、今は随分小さくなってしまい、ただの簡素な切妻造りの小屋である。入ると靴脱ぎがあっていきなり脱衣室で建物はそれだけ。そのまま奥に小さな男女別の半露天、さらにその奥にガラス戸を挟んで半混浴の露天風呂が続く。

 昔はもっと沢っぺりギリギリに丸い小さな露天風呂があった記憶があるが、今はその辺はコンクリートで塗り固められているので、随分手前に風呂は動かされていることが分かる。変わってないのは沢の対岸の黒ずんだ噴泉塔だが、そこから素朴な竹の樋で渡されていた湯は、今は傍らに味も素っ気もないコンクリートの貯湯槽が作られてしまい、そこからパイプで送られてるようだ。北斜面の谷底にあるため日当たりは悪い。見上げると谷の奥がスポットライトが当たったように明るく、いささか盛りを過ぎたものの紅葉が陽光に映えている。

 湯は鉄分を含み薄く緑褐色に濁った色合いの湯。入ると先客が一名、地元民らしきおっさんである。そぉいや建物の前にママチャリが停めてあった。平坦とはいえ誰も来ない山道を一人で来たようだ。この辺はヒグマの巣窟であり、また道東や道央より道南のヒグマは凶暴と言われる上に今は秋も終わりだ。冬眠前はどこだってヒグマは危険と言われる。ツワモノなのかそれとも何も考えてないボーッとした忘却系のカテゴリーのおっさんなのか・・・・・・顔見たらおそらく後者だった(笑)。

 軽く会釈し、撮影する無礼を詫びてパシャパシャと写真を撮って約15分、20年ぶりの臼別は終わった。特別な感慨は湧かなかった。

 今、初めてここを訪ねた人ならばばそれなりにロケーションに風情もあって気に入ることもあるだろう。100円という入湯料はどう考えても安く、夏ともなれば大挙して押し寄せる貧乏ライダーの懐にだって優しかろう。それを否定する気も冷笑する気もさらさらない。それでもやはり、かつての佇まいを知ってる身からすれば、今の姿はどうにも味気なく、単なる山中の、それもニワカ作りの共同浴場にしか思えなかったのが忌憚のない所だ。

 何とも深い喪失感と寂寞感に包まれながらおれたちは次の目的地を目指したのだった。

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 かつての臼別を体験できただけおれは温泉好きとしては幸せなのかも知れない。しかしやはり再訪はほとんどの場合、悲しい結果に終わる。もう一度言いたい。歳月は残酷だ。
 

 あの、燻された匂いが漂い、縁側に磨いたホヤの並ぶ情景をもう一度この目で見てみたい。


在りし日の臼別温泉全景(拡大、色調補正して再掲)・・・・・あれれ?電線見えるし、電柱が立ってるな(笑)

2014.07.19

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