「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
房総の珍湯・・・・・・正木温泉


入口の大きな看板が目印。

 何だかんだで房総半島の湯も大体あらかた行き尽くしてしまい、温泉巡りだけだとコース組みがむつかしくなっていたことと、どうも館山近辺は道路が混む、っちゅう思い込みがあって、館山北方の正木温泉と神河鉱泉は長年先送りされた懸案事項のような存在だった。
 立ち寄るチャンスはこれまでにも何度かあった。房総の懸崖造りとして有名な崖観音や超B級スポットとして有名な燈籠坂大師を訪ねた時なんかがそうだ。それでも次の目的地が逆方向だったりして、何だかこれまでズーッと落としてきたのである。

 これには房総特有の黒湯がおれはさほど好きではない、ってーのもあるだろう。北海道・十勝地方特有のモール泉なんかもそうなんだけど、何となく発酵臭っちゅうか腐敗臭っちゅうか、独特の匂いがありますやん。そらまぁそうで、モール泉は泥炭層の古代の草が堆積した中を通るうちに出汁が出るようにしてあんなんになるワケだし、黒湯は古代の海水が地中に閉じ込められ凝縮されることで海藻のヨード分が溶け出て出来たものなのだ。要するに生物由来なんだけど、あれがどうも好きになれないのである。玉子の腐ったような、と喩えられる硫黄泉は大好きなのにねぇ・・・・・・実に勝手なモンだ(笑)。そんなこんなであまり積極的になれないまま、そのうち温泉行そのものへの興味が若干失せてきたりもして長い年月が過ぎたのである。

 今回の予定はまず館山の外れの沖ノ島まで行ってしまって、そっから基本的に北上するだけだ。天気も上々で時間的にも余裕がある。沖ノ島も以前から興味のあった場所で、実際は今は陸続きなのだが、それが関東大震災後の隆起によるものであるっちゅうのがまず激しくおれを萌えさせる。
 狭い島には東京湾の入口にあった関係で、いくつも壕が掘られ狙撃用の銃眼が開いてたり、小さな神社があったり、磯と砂浜と崖がコンパクトに散在してたりして結構楽しめるのだけれど、朝早いと光の向きがも一つ良くない。

 仕方なく赤山地下壕に向かうことにする。これもまた戦跡で、終戦間際に突貫工事で掘られ、ホンの僅かの期間ではあるものの実際に使用されたらしい。ただ、平たく言えば枝道があちこち分かれたトンネルっちゅうだけでそれだけではちっとも面白くない。ここの魅力は、見事な縞模様を描く地層のアブストラクトな美しさだ・・・・・・などと断定的に書いたが、乏しい灯りの下では暗すぎて何のことやら良く分からなかった。ああ、順番間違えた。行ったら、まだ時間が早くて開いてなかったのだ。

 そう、そうして開くまでの時間つぶしで正木温泉に行ったのだった。もぉおれ「秘湯 露天 混浴から云々」ってコピー止めようかな(笑)。

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 ・・・・・・葉山の星山温泉と並ぶ関東の奇湯として有名だけど、あっちに較べれば随分マトモっちゅうか、農村地帯の外れにある民家の一部を建て増しして拵えたそれは正常な(笑)外観である。入口にはナカナカちゃんとした看板も建っている。棕櫚の木が聳えてるのが如何にも南房総らしい。
 要は元々ある民家に敷地との隙間を埋めるように、付け足しでコツコツと手作りで作った男女別の浴室があるのだ。こんな早い時間から来る客は珍しいのか、今から湯を沸かすから、ってコトでしばらく座敷で待たされる。見上げるとなぜか山本譲二のが2枚とデビュー間もないころの南野陽子の色褪せたのと、大きなポスターが壁に掛かる。昔は子供部屋だったのを宴会部屋に転用したのかも知れない。おそらくその部屋の主は今はもう大きくなって、表の農機具小屋に停めてある黄色いロードスターに乗ってるのだろう。ともあれ、平均的な農家の佇まいではある。

 間もなく湯が沸いたとのことで、男湯の方に行くように言われた。沸かすための油代が掛かる故、夫婦やカップルで行けば鉱泉は大概混浴だ。元は裏庭に当たる部分に狭い廊下があって左右に分かれ、左奥が男湯だ。女湯の方も見てみたが、造りはどっちも同じだった。造作が新しい感じなので、近年造作に手を入れて改良したのかも知れない。
 半透明の塩ビ波板とプラスターボード、ベニヤ、化粧板等で構成されたこの空間の独特の雰囲気は文章では伝わりにくいが、取り敢えず言えるのは、なるほどオンボロではあるものの、決して不衛生とか、気色悪い類のモノではない。むしろ昼間は暑くて大変だろうなぁ〜、と思うくらいに波板越しの朝日が燦々と降り注ぐ、明るくて小ざっぱりした印象だ。

 タイルとブロックを基本に竹やら木でそれなりに意匠の施された浴室も一生懸命頑張った感じに好感が持てる。浴槽の縁がひじょうに高くなってて床から3段も上がって入るようになってるのは、要は地面から直接ブロックを積み上げてるからだろう。保温のためのウレタンマットをめくると当然ながら黒湯。とはいえ、君津の奥の小糸川や曽呂ほどではなく、まぁフツーに黒褐色といった程度。別に黒けりゃいいってもんでもないんで気にはならない。

 ・・・・・・と、好いコト尽くめのようだがただ一つ、今後お札屋敷に成長して行くかも知れない予兆が感じられる。あちこちにいろんな掲示物が出てるのだ。これがナカナカ味わい深くも、ちょとコワい。
 まずは館内のあちこちに掲示された料金表。勝手に入ってっちゃう人が多いのか何なのか、クドいほど貼られてる。そいでもって一回500円が消され550円が消され600円が消され50円が消され650円となっている。これがあちこちに貼ってある。何のことやら良く分からないが、要は入湯税が別途徴収になって値上げしたんだけど、料金自体も値上げして600円で内税になってそれをさらに値上げして650円になった、と・・・・・・そもそも全部新たに書き直した方が良いのではなかろうか?(笑)
 「浴槽の水は汲み出さないで下さい」も一つ書けば十分だと思うのだけど、浴室内にはご丁寧に2枚貼られてある。効能書きについても然り。それらがすべて手書きでグネグネ曲がりくねって書かれてあるので、かなりキテる感じを与える。千葉県の公衆衛生に関する注意書きも同じ内容のが三枚、微妙に重なりながら貼られてる。どうやら剥がして新たに貼り直す、っちゅう発想がないみたいだ。ひたすら上書きと重ね貼り。

 とは申せ、これとてもユニークっちゅうか個性的ではあるものの、ぶっちゃけ奇湯というほどでもないかな?とも思う。年寄りが個人的にやってる施設ではけっこうありがちなコトだ。真面目に一生懸命はやってんだけど、無知やら思い込みからちょっと世間の平均とか常識からはズレてしまってて、しかし、そのことには決して思い至らない・・・・・・ただ、それだけのことである。

 気付くと小一時間、そろそろ赤山地下壕の開く時間だ。上がることにしよう。

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 表に出ると初夏の日差しが眩しい。老夫婦二人で何やら本業である農作業に勤しんでいる。こんな早い時間から訪ねて来る客も珍しいようで、いろいろ話し掛けられ、2リットルのペットボトルに入った源泉の鉱泉水を2本頂いた。驚いたことに無色透明だ。時間の経過とともに色が着いて行くらしい。美顔に良く効く、うちのバーサンはこれしか使ってない、とも言われた。なるほどバーチャンの方はお歳の割にはツヤツヤしてたので、本当に効能があるのだろう。

 落穂拾いのように行き残したトコをセコセコと訪ね歩くのもそれはそれで悪くはないかも知れないな〜、などと思いながらおれたちは正木温泉を辞したのだった・・・・・・あ!神河温泉行き忘れたやん!それはまた今度だな〜。




2014.02.09

----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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