「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
道南の春に・・・・・・盤石温泉


明るい浴室内の様子(ギャラリーのアウトテイクより)

 道南・落部の町から山に分け入ってくと今や道内一の名旅館との呼び声も高い銀婚湯があるのだが、その手前で林道に折れて数キロのところに今回紹介する盤石温泉はある。名前はすぐ近くに聳える盤石岳に因むものだ。ちなみに落部は「おとしべ」と読む。知らずに「おちべ」と読んでいてナカナカ同僚に通じず、ようやっと通じたと思ったら嗤われてしまった。

 世界有数の小ささを誇る(笑)濁川カルデラからは直線距離で数キロしか離れていないせいか、この辺り一帯は結構どこでも温泉が湧出するみたいである。濁川は温泉場としては小さいものの、源泉数や湧出量、その泉温の高さでは道内でもかなりのものだし、銀婚湯のある上ノ湯の下流域は下ノ湯なる地名であって、未利用源泉がいくつか点在するらしい。さらに盤石岳の裏側には一軒宿の桜野温泉がある。

 昔、初めて北海道を訪ねた時、事前にかなり丹念にリサーチして臨んだはずなのに、この温泉の存在には気付かず仕舞いだった。まだインターネットの普及する前だったから、それは本やら地図やらを繰りながらの現代とは比べ物にならぬくらい大変な作業だった記憶がある。ひょっとしたらあるいは、それ以降に出来た温泉なのかも知れないが、ともあれネットの発達の恩恵でおれも特に迷うことなく辿り着くことができた。まぁ、ネット情報の氾濫は罪が大半とはいえ、功の部分もたまにはある。

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 春は日本中どこだって多かれ少なかれそうなんだけど、殊に北海道の春は、本当に一回りも二回りも大きく膨らんだかのように、芽吹いた木々で山がむくむくと盛り上がる。生育できる期間が短い分、植物も必死なのである。美しい新緑の風景は、実は切実で残酷で獰猛なまでの生存競争の荒々しい顕現に他ならない。

 そんな春真っ盛りの林道を行くと、すぐに目指す盤石温泉には到着できた。地上高の低い乗用車でも余裕で行けるダート道だ。開けた谷がだんだん狭くなり、おそらくかつては放牧地だったと思われる空地の突き当り、雑木林の山を背負うようにして青とアイボリーのツートンの小さなトタン張りの湯小屋が建っている。何だか色合いと言い、大きさと言い、無人駅みたいだと思った。谷川に掛かる低い木の橋の袂には、黒字に黄色字と目立つ手書き看板で「橋気を付けて渡ってください」とある。手作り感が溢れていていい感じだ。流れる水は鉄錆色で、他にも湧出ポイントがあるのではないかと期待を抱いてしまう色をしていた。
 これまた無人駅っぽい妻面の方が大きな小屋は左半分が脱衣場、右半分が浴室となっている。大きな一枚板に「盤石山荘」と書かれた額が掛かり、粗末な小屋とは言えココロザシは高いことが伺われる。

 脱衣場はいかにも廃材を利用して手作りで拵えましたといった佇まい。なぜか奥の壁が襖になってたり、事務所にでも置かれてありそうなソファーがあったり、良く分からない台があったり、ビールケースが積まれてたり・・・・・・まぁ、ハッキシ言って小汚い(笑)。あと、来る人がキープでもしてるのか何枚もタオルがぶら下がっているのは、常連の地元民がそれだけ多い証かも知れない。驚いたことにちゃんと電気が通っていた。

 混浴の浴室は、おそらく横の川から拾ってきた石を積み上げたところをコンクリで固めた小判型の浴槽が1つあるだけの簡素なものだ。4人も入ればいっぱいの大きさである。洗い場は簀子敷きで、湯の成分が苔の生えやすいものなのか複雑な緑色に染まっている。一方、湯船から溢れる湯の跡は参加した鉄分で鮮やかなオレンジだ。隅に様々なシャンプーやリンスが置かれてあるのも、地元の常連客が多いことを物語ってる。

 塩ビ管から源泉がジャバジャバと直接注ぎ込まれる。湯はホンの僅かに濁りの感じられる食塩泉らしき泉質。えてしてこぉいった放置系の湯小屋というと熱すぎたり温すぎたりで、適温のところがむしろ少ないくらいなのだけれど、ここは若干温め、しかしながら塩分のおかげで芯から暖まるタイプの湯だ。

 周囲はこの建物以外何もなく、土砂崩れを起こした林道横の山肌の復旧工事に来てるユンボのエンジン音だけが低く聞こえて来るだけで実に静かだ。大きな窓からは外が良く見える。逆に外から中は丸見えだろう(笑)。広がる景色は別に風光明媚でもなんでもないものの、穏やかな里山の風景が広がっている。春の日差しには静けさが似合う。

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 辞去するとき、壁にくっついた寸志の料金箱に、おれたちは500円を入れた。隣に置かれたノートには沢山の記帳があった。中にはネット上で有名な温泉マニアらしき人の書き込みもいくつかあった。

 最後になったが、ここは個人所有の温泉が好意で開放されている。持ち主は函館でかなり人気の焼肉屋を経営してるとも、近所の農家であるとも言われる。なるほど「梁山泊」なる店の看板の残骸が建物脇に転がってたりする。そぉいや店の名刺も脱衣場のところに置かれてあったっけかな?
 ありがたいことだが、ぶっちゃけ実に大らかで奇特な人だと思う。殆ど篤志家と呼んでいいくらいの。もしおれが持ち主なら、小銭欲しさにケチなこと考えてしまったり、小屋掛けにはしたものの荒らされるのイヤさに外来お断りにしてしまうかも知れない。正直真似できる自信がない。

 実際そんな風になってしまったところも数多くある。しかしながら一方で、このような形で来る者拒まずで解放しているところも、丹念に探せば国内にまだまだあるのも事実だ。もちょっと正確に言えば、あまり長続きしないのも多くて各地で泡沫のように出来ては消え、出来ては消えしてる。つまり、ありがたいことに奇特な人はいつの時代もどこかに必ず現れるのだ。石川五右衛門ぢゃないけれど、「世に奇特な人の種は尽きまじ」なのである。
 ただ、どれも名湯などとはお世辞にも呼べない、たいていは粗末で小汚いだけではなく、思い込み激しかったり意味不明だったりイカレてたり、ちょっとアレだったりすることもけっこう多い迷湯・珍湯・奇湯の類だ。ゲテモノっちゃゲテモノだ。B級どころかC級スポットだ。

 でも、それだからこそいい。画一化され均質で凡庸で平板になるのはコンビニだけでもう充分だ。これ以上はウンザリだ。

 盤石温泉に入って、このところ冷めかけてた温泉への熱意がまた少し取り戻せそうな気がした。


小さな湯船(同上)

2012.11.17

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