「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
REQUIEM(U)・・・・・・いわきへ


入間沢鉱泉「叶屋旅館」


舞子鉱泉「よこ川荘」

 哀しい!
 悲しい!
 辛い!
 切ない!
 痛い!
 悔しい。
 口惜しい。

 ともかくムチャクチャにおれは今、凹んでる。凹みまくってる。大好きだったいわきの冷鉱泉群が軒並み存亡の危機に立たされているのだ。ただでさえどこも生活スタイルの変化その他の逆風によって経営状態が決して楽でなかったところに、今回の途轍もない追い討ちである。震災によるものならばまだ諦めも尽くし、限りなく可能性は低いとはいえいつかは復活する可能性だって、ある。だが、相手が放射能ではどうにもならない。シーベルトだとかベクレルだとか、合理的な数値どぉこぉの問題ではない。外見的にはメチャクチャに壊れ、ちょっとでも油断すると熱で暴走する原子炉の窯が僅か数十キロ先にいくつも並んでるのである。どだいお客さん怖がってやって来ないではないか。状況はきわめて悲観的・・・・・・どころか絶望的だ。ダメやわ、アカンわ。どもならんわ。

 もう、頑張れなどとエールを送ることも出来ない。エールは可能性のある者に対して送るものだ。今は悼むしかない。

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 告白すると、最初からいわきに注目していたワケではない。

 どうしても常磐ハワイアンセンター(現・スパリゾートハワイアンズ)やいわき湯本のイメージが強かったのと、当時は今ほど情報が氾濫してなかったので、何か小さな一軒宿の鉱泉がいくつかあるんだな〜、くらいの認識だった。目はむしろ水郡線沿線から阿武隈山中にかけての鉱泉群に向いてたように思う。
 あくまでおれの勝手な思い込みなんだけど、海に近いとこなら食い物も豪華にしやすいだろうし、常磐線は在来線としては異常なまでにハイスピードな特急もボンボン走ってるし、高速道路もいよいよ繋がったし、冬は名物の鮟鱇があるし、それこそ常磐ハワイアンセンターだってあるやろ、と(笑)・・・・・・まぁそれなりにシッカリやってはるんとちゃうん?みたいなイメージを持ってたのだ。

 だから初めてのいわき訪問は温泉・鉱泉巡りだけを狙ってったのではなかった。もし詰まんなかったら美味いモン食って、炭鉱記念館とかの観光をメインにしようとさえしてたのだ。平たくゆうとあんまし期待してなかったのである。

 いわき湯本の駅前は、いかにも海沿いの温泉の玄関口らし開けてく明るい印象だった。団体客向け観光旅館が櫛比してるのかと思ってたらそんなこと全然なくて、あちこちに宿は点在しており、大温泉街特有のけばけばしさはない。
 ここは映画「フラガール」でも描かれた通り、大きな炭鉱跡の町でもあるのだけど、それらはインターから駅に向かう途中に僅かに草むして残るホッパー等から僅かに窺える程度で、ステロタイプに付きまといがちな廃れ果て寂れた雰囲気は微塵もない。常磐炭田閉山後、さまざまな企業誘致によって見事に産業転換に成功したのである。

 さっそく入ったのは駅前の「さはこの湯」という真新しい共同浴場である。ま、要は観光客向けの新しい風呂屋だな。自動販売機で券買って、男湯女湯ではいさようなら、30分後くらいかねぇ〜、なんて入って、先に出た方が手持ち無沙汰に混み合う休憩室やロビーで待つような、そんなん。まぁ、そぉゆうトコにもタマには入るんです。
 「ま、こんなモンでしょ」ってーのが忌憚のない感想。画一的なスーパー銭湯みたいな温泉であれこれインプレ書けるほど繊細ぢゃございません、ワタシ・・・・・・って、讃える文章でこんな風に書いちゃいかんな(笑)。

 次に訪ねたのが「カンチ山鉱泉」だった。何でそこを選んだのかっちゅうと、その名前が印象的だったからだけで特に予備知識があってのことではなかった。ああ、そうそう、「東京ラブストーリー」がアタマに残ってたってのもあるな。「カ〜ンチ♪セックスしよ♪」って(笑)。
 当時はクルマにナビ付いてなかったので地図を片手にずいぶん探した。何か中学だか高校だかの裏、赤土の雑木林の山を上がった所にポツンとあった気がする。ここでおれのいわきに対する予断は全く間違っていたことを思い知った。素晴らしくシブかったのだ。換言するなら素晴らしくボロかった、ってなるんだけど(笑)。

 薄青緑の新建材で外観は模様替えしてあるものの、それさえもかなり色褪せた古い建物。その壁には真っ赤なペンキで2階の窓の下から縁に届くくらいの大きな字で縦に「カ」「ン」「チ」「山」と出ている。その如何にも素人臭い肉太の明朝体にまずノックアウトされた。滅多に一見の客が来ない証拠だろう、突然の闖入者に飼い犬はワンワンワンワンものすごい勢いで吠えまくる。入浴料はもう忘れた。ただ、玄関近くの部屋の鴨居のところに手書きで1泊2食5,600円と出てたことだけはハッキリ覚えている。
 男女別の浴室はすでに片方は長く使われていない様子だった。鉱泉の例に漏れず、4人入ればスシ詰めといった風情の小さなタイル張りの浴槽。壁には富士を望む田子ノ浦と鯉の泳ぐタイル絵、「カンチ山」という風変わりな名前の由来書。これまた手書き。湯は淡黄色で若干の濁りのあるものだった記憶がある。

 惜しいことにカンチ山鉱泉は今回の騒動以前に廃業してしまっている。確かに訪ねた時点ですでに経営者と思しき老夫婦はかなりの高齢だったから分かる気はする。当時はまだまだ貧乏で大容量の記憶媒体が買えなかったせいで、ここでの画像が数えるほどしか残ってないのが返す返すも残念だ。

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 いわき市は全体では呆れるほど広い市なのだけれど、市街地自体は大して広くもない。おまけにバイパス等の道路網がシッカリ整備されているので移動は楽チンだ。アッという間に次の目的地である原木田鉱泉「松扇」に到着。海沿いの明るく小ざっぱりした一軒宿の新興旅館で近隣の宴会場として賑わってる雰囲気だった。
 さらにそのまますぐ近くの神白鉱泉。明治初期に創業されたという重厚で古風なこれまた一軒宿の「国元屋」は地元の入浴客で大いに賑わっている。この2軒はチャンとした(!?)旅館だったが、浴室そのものはわりと没個性な今風のものだったような記憶がある。地切鉱泉はモダンな外観だけ見てパスしてしまった。勿体ないことをした。

 その日最後に訪ねたのは、以前にも紹介した吉野谷鉱泉。時代どころか周辺社会からも隔絶されたような信じがたい秘湯ぶりと、ちょっとやそっとでは語り尽くせないイカれた珍湯・奇湯ぶりは繰り返しになるのでここでは割愛してもいいだろう。ちなみに現在は学習塾兼湯治場である。学生時代に肉屋兼本屋っちゅうのを見たことがあるけど、同じくらいシュールな取り合わせ(笑)。ちなみに二度目の訪問ではアヒルはいなくなっていた。貰い手が付いたのだろう(笑)。

 この訪問でのカンチ山と吉野谷のインパクトが無ければ、最初のさはこの湯だけで見切ったようなツモリになって、あるいはいわきを再訪することはなかったかもしれない。それほどまでにこの2ヶ所は衝撃的だった。
 ただ、その時点ですでにこの一帯に衰退の翳が忍び寄っていたことも事実である。バイパス近くの山裾に埋もれるような相子島鉱泉は建物は残るもののすでに何年も営業していない雰囲気だったし、町はずれの新湯や元湯はとっくに建物ごとなくなって、どこにあったのかさえ判然としなくなってしまっていた。

 それから何度もいわき方面は訪ねた。中根ノ湯、成沢、鹿ノ湯、川部、白米、久ノ浜、舞子、玉山、入間沢、白岩、高野・・・・・・ああ、銅谷(ずうや)は最初に訪ねたときから廃業しちゃってたっけ。シラミつぶしではなくいつもちょっと次回の愉しみに何ヶ所か残すようなコース取りだった。どこも大抵は一軒宿で、あまり流行ってる雰囲気ではなかったし、際立った個性はなかったけれど、しみじみとした佇まいはほぼ共通していた。
 こうして大体いわきをクリアしたらもう少し北上して相馬方面の山中も丹念に訪問しよう・・・・・・そんなことも目論んでいた。

 まさかその後、この地に恐るべき災厄が降りかかろうと誰が予想しえよう。すべては今となっては叶わぬ願望だ。

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 ここで往年のボヤキ漫才の名人・人生幸朗露師匠なら「責任者出て来いっ!!」ってブチかますところだろう。国の責任者はたしかに出てきた。出てきたが、やることなすこといささか思慮が浅いっちゅうか勢いだけでちょっとズレてて、ダメ出し喰らいまくるもんだからそのうち引き籠ってしまった。東京電力の責任者もたしかに出てきた。ただ、1〜2回TVで記者会見してモゴモゴゆうて、そのまま高血圧ぢゃ眩暈ぢゃっちゅうてサッサと入院してしまった。

 ぶっちゃけ責められるべきは誰なのだろう?国なのか?東京電力か?こないだからそのことについて考え続けてる。答えはまだ見えない。いや軽々には言えない。
 そりゃぁ低頻度大災害に対するアセスメントが甘かった国や東京電力にもちろん大いに非があることは言うまでもなかろうが、現代の複雑に絡まりあった政治や産業、消費構造、そのうえで営まれる個々人の生活を思えば、絶対に単独犯ではない。100%被害者面で声高に非難できる人の稚気溢れる無責任ぶりを、おれは到底真似できない。

 間違いなく言えることは、おれの大好きだったいわきの鉱泉群はいきなり命脈を絶ち切られ、おそらく全てが過去のものになりそうだ、ってこと。それだけは確かだ。


谷地鉱泉「石川屋旅館」


久ノ浜鉱泉「たきた館」

2011.04.08

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