「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
房総の深みへ


いかにも房総らしい地層がむき出しのトンネル(燈籠坂大師)。

 震災以来、遠出するのがいささか怖く、また億劫になった。大好きだった東北道や常磐・いわき方面は福島第一原発の影響でとても行ける状況ではないし、海沿いは近日中の発生が予想される海溝型の最大余震による再びの津波襲来を考えると近寄る気になれないし、東名や中央道や関越方面は東北がアウトなもんで休日の渋滞がハンパない。

 勢い目は関東近辺に向かざるを得ない。かといって、神奈川方面はここのところの箱根や富士山直下の微小地震の動きみてると何となくキモチ悪い。北関東は茨城は相変わらずの揺れまくりだし、栃木は東北の入り口なワケでちょっと食指が動かず、群馬は上記理由で混んでそう、埼玉は・・・・・・なんだか小賢しくやらない理由ばかり並べ立てる、デキの悪い部下のような状態になってるな、おれ(笑)。

 ともあれ、まことにネガティヴな消去法で行ったら房総半島が比較的まだマシのように思えてきた。三浦半島でもまぁいいんだけど、あまりにも狭いし、山のてっぺんまで開発されまくってて行きたいスポットがほとんど残ってないのが実情だ。それに房総については素晴らしい先達が、ある。以前も紹介した「ちBポ」である。もはやカルトと言っても構わないほど、千葉だけを専門にして脱力系スポットを詳細にレポートしてるサイトだ。このB級系では荒川聡子さんなんかが有名だが、地域に特化した点で「ちBポ」の濃密さは圧倒的である。全国47都道府県、こんなサイトが整備されたら凄いだろうな、楽しいだろうな。

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 関東に来て10年余り、実は房総方面はあまり好きではなかった。とにかく年がら年中混むのと、ボッタクリの詰まんねぇ施設ばっかりやんか、って印象が最初に刷り込まれてしまったもんで、どうにも足が向かなかったのである。温泉も例のちょっと変な匂いのする真っ黒のお湯ばかりだし、鄙びたところはあらかた行き尽くしちゃってるので、どうにも今さら感があった。

 そんな見方が少しづつ変わって来たのはおそらく2007年の正月、何となく面白そうかな?くらいで出かけてった上総牛久の笠森観音の驚くべき四方懸崖造を見たあたりからだと思う。清水の舞台のように斜面にステージ状にせり出したのは国内に数あれど、小高い山の上に櫓でも組むように懸崖造にした唯一無二の奇観は一見の価値がある。なのに正月にもかかわらず人出はほとんどなかった。素直に房総にも人が少なくておもろいトコあるんやなぁ〜、って思った。

 さらに変わったのは昨年の正月の富津の薬王院や岩谷観音だ。ま、要は一種の石窟寺院とか磨崖仏の類なんだけど・・・・・・って、フツーの人ならまったく興味を持たないだろうな(笑)。
 所謂「古美術」としての価値はゼロである。ひどく稚拙なだけでなく元がどんなんだったか判然としないくらいに激しく摩耗しているからだ。かといって考古学的価値もあまり大してなさそうである。なぜならこれらはどれもさほど時代を遡るものでもないからだ。せいぜい江戸時代末期から明治初めくらいの造作なのではあるまいか。なぜなら、テーマとなってる三十三観音なんてーのがそもそも18世紀も終わりになってから流布されたものだからだ。

 ともあれ、柔らかな岩質に加えて鎌倉のやぐらの文化の伝播があったのか、房総半島にはゴリゴリと掘られたその手の遺跡(?)が多い。さらには数多くの素掘りのトンネル、さらには川廻しと呼ばれる川のトンネルまである。おまけに戦時中にはトーチカやら防空壕だけでは飽き足らず巨大な秘密基地までも掘りに掘りまくった。もぉボッコボコ。房総はいわば「穴文化」なのである。

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 そんな視点で今一度見つめ直してみると実に面白い。

 コントラストのはっきりした縞模様を描く地層。
 俗に「王将トンネル」と呼ばれる断面が将棋の駒に似た、他の地方では決して見られないトンネル。
 聳え立つ巨大な切り通し。
 緩やかな流れの割に深く穿たれた渓谷。
 取り残されたように屹立する異様な形の巨岩。
 摩耗し、風化が進んで、まるでダリの絵かガウディの建築のようにグニョグニョになった岩屋
 素朴を通り越して拙劣なゆえに異様に鬼気迫る仏たち

 ・・・・・・それらには、どこにでもあるような凡庸極まりないナントカパークみたいなんとはまったく異なった強力な個性がある。

 しかし大いなる欠点もある。一つには春から秋にかけては安易に房総の山に入ることの危険さだ。いやもうマジヤバい。なぜならそこは日本有数のヤマビル繁殖地なのである。そう山蛭!あの蛞蝓みたいな蚯蚓みたいなまことに気色悪い生物!下等動物のクセに極めて高度な熱/振動/二酸化炭素センサーを具えて、確実に獲物に吸いついてくアレ。歩いてていつの間にか靴の中まで侵入して足が血まみれになってたという話は枚挙にいとまがない。厄介なことにシカやイノシシの保護が進んだ弊害で生息域は年々拡大傾向にあり(それらにくっついてるのである)、一向に収まる気配が無い。キャンプ場でも安心できないっちゅうから始末に負えない。、

 もう一つは、岩が脆いことだ。触っただけでボロボロと崩れたりするのを見ると、こんな柔らかいとこに穴掘ってもつんかな〜、って不安になる。嬉しそうにそぉゆうトコばっか訪ね歩いてたらそのうちエラい目に遭いそうな気がする。現に養老渓谷にあった有名な川廻しである弘文洞にしたって30年ほど前、昭和50年代半ばのある夜、突然崩落してしまったと言われている。
 もちろん、この風化しやすい岩だったらばこそ独特の風景が出来上がったのは事実なんだけど、怖いことは怖い。岩谷観音でも一部の穴は支柱になってる部分がひどく痩せて細くなってしまっており、今にも崩落しそうな雰囲気だった。岩っちゅうより「固まった砂」に近いんだもんな(笑)。何が行基菩薩建立や、そんな千年ももつかぁ!
 この岩の脆さは県北東部に向かうほど顕著になるように思うが、実際のところはどうなんだろう。

 そして最大の欠点は、概ねどこも似たような雰囲気になってしまうことだろう。いやまぁ、これ言ったらミもフタもないんだけどさ(笑)。穴の中の暗闇、白い岩と一面に繁殖した苔、温暖な気候がもたらす深く、濃い木々の緑、湿気臭さと黴臭さ・・・・・・あまりどこがどこやら区別がつかなくなって来るのも事実だ。だからあまり立て続けに行くと飽きてしまうようにも思う。

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 巷間、密かに囁かれる噂に「次の大地震は房総だ」ってのがある。ウソかホントか分からないがとても不気味ではある。もし来たら、今回述べたような風景にはいくつも崩落するところが出てくるだろう。見た目より地震に強いんだ、って説もネットでは見かけたことがあるが、何せこれだけは起きてみないと分からんわな。

 ベタだけど、願わくば地震が来ないでほしいな、よしんば来ても持ちこたえてほしいな、と思ってしまう。風景が移ろうことは止められないといくら分かってはいても、喪われるのは、やはりイヤだ。


風化が進んだ崖に穿たれた石室(崖観音)

2011.05.28

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