「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
規定泉でなきゃダメかぁ!?


山梨随一の奇湯と言える旭鉱泉。

 「温泉法」という奇天烈な法律が我が国には存在する。昭和23年に制定されたもので、読んでみると内容としては専ら温泉掘削とその利用に関する法律である。時は終戦直後、国土は荒廃し、復興を急がねばならない状況の中で、国内の随所で豊富に湧く温泉を大事に活用し、今後の国の発展に繋げてこう、ってな目論見が背景にあったのではないかと個人的には思ってる。

 さて、その出だしに温泉とは何か?って定義(第2条の1項)があって、「この法律で『温泉』とは、地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)で、別表に掲げる温度又は物質を有するものをいう。」と述べられ、別表には以下のように記されている。
1.温度(温泉源から採取されるときの温度とする。) 摂氏25度以上
2.物質(左に掲げるもののうち、いづれか一)
物質名 含有量(1キログラム中)
溶存物質(ガス性のものを除く。) 総量1,000ミリグラム以上
遊離炭酸(CO2 250ミリグラム以上
リチウムイオン(Li* 1ミリグラム以上
ストロンチウムイオン(Sr** 10ミリグラム以上
バリウムイオン(Ba** 5ミリグラム以上
フエロ又はフエリイオン(Fe**,Fe*** 10ミリグラム以上
第1マンガンイオン(Mn** 10ミリグラム以上
水素イオン(H* 1ミリグラム以上
臭素イオン(Br') 5ミリグラム以上
沃素イオン(I') 1ミリグラム以上
弗素イオン(F') 2ミリグラム以上
ヒドロ砒酸イオン(HAsO4'') 1.3ミリグラム以上
メタ亜砒酸(HAsO2 1ミリグラム以上
総硫黄(S)〔HS'+S23Sに対応するもの〕 1ミリグラム以上
メタ硼酸(HBO2 5ミリグラム以上
メタ珪酸(H2SiO3 50ミリグラム以上
重炭酸曹達(NaHCO3 340ミリグラム以上
ラドン(Rn) 20(100億分の1キュリー単位)以上
ラヂウム塩(Raとして) 1億分の1ミリグラム以上
 要は25度以上あれば何の成分が含まれてなくても温泉だし、それより冷たい場合、上掲の成分のどれかが規定量以上含まれてれば温泉、ってことになる。まぁ何でもいいから1000ミリグラム以上と最初にあるから、法律的にはかなり敷居を下げたつもりではあるんだろう。ちなみにこの法律の施行を境に「鉱泉」は法律上消滅したことになる。いわば温泉と鉱泉の別がなくなったのだ・・・・・・実はそれまでも法律的に厳密な区分はなかったらしいが。

 ともあれ、この規定に沿うものを「規定泉」と俗に称し、これから外れたものは温泉を名乗ることは出来ない。そしてこの規定から外れた温泉と名乗れない温泉が各地にまだ残っていたりする。何故ならそんな法律が出来る遥か以前から存在した鉱泉が多数存在したからだ。今日はそれらについて。

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 思えば15年ほど前、おれが初めて温泉についての駄文を記すときに選んだ姫路の増位温泉も規定泉ではなかった。入ったのは92年頃だったけど、オバチャン成分が薄いからちゅうて風呂にバスクリンブチ込んでんだもんな〜(笑)。いやいや実に素晴らしい宿だった。

 告白すると、この増位温泉を経験する少し前くらいまでは、おれだって温泉に関してけっこう厳格主義者・権威主義者だったのだ。今でこそエラそうにあれこれ書いてるけど、実はそうだったのだ。佇まいを重視しつつ、どこかでやはり源泉温度や湧出量、あるいは含有成分の濃さが温泉の「格」みたいに思ってたのである。
 しかし、あちこちを回ってるうちにそんなんだんだんどぉでも良くなって来た。定義なんて所詮どっかの頭でっかちの官僚の拵えたもの、あまつさえ温泉法なんて戦後の混乱期にドサクサでやっつけ仕事で仕立て上げたものに過ぎない。どだい、ほんな30分やそこら入ったからって成分もヘチマもあらへんがな。それより、地元オンリーで細々とやってきた鄙びた佇まいの鉱泉が次々と喪われて行くのはあまりに見るに忍びない。

 今はだから佇まいさえ良ければおれ個人としては何でもOKなのである。これまで取り上げた中にも規定泉でないものは数多くある。パパッと想い出すだけでも秩父界隈の巴川鉱泉や丸山鉱泉、富士吉田の旭鉱泉、上野原の古城温泉、先日行ったばかりの佐野の赤見温泉なんかがそうだ。どれも素晴らしい佇まいだった。法律上はたしかに温泉かも知れないが手垢にまみれて没個性極まりない、面白くも可笑しくも何ともない観光旅館なんかより、どれもおれにとっては100倍温泉だった。

 しかし、規定泉でないってことは冷鉱泉以上に地味でマイナーってコトに他ならない。沸かし、ってことを聞かされただけでも大抵の人は軽い失望に続いていささか莫迦にしたような表情をうかべる。ましてや温泉法の規定に足りないともなると、呆れたような顔で尋ねる人もいる。

 ------それってわざわざ出かけてまでして入る意味あるんですかぁ?

 「じゃかぁしぃわいっ!意味はおれが与える、っちゅうんぢゃいっ!」と心の中で反論はするものの、言ったって分かってもらえるはずもなく、おれは曖昧な笑顔で黙り込む。いや、言えば言うほど話は噛み合わなくなり、ますます奇人変人と見做されること必定である。アタマの中でガガガガガガガガ♪ズジャーッジャッジャッ♪って「コミニュケーション・ブレイクダウン」のリフが鳴り響く(笑)。

 ま、所詮そんなもんなんである。

 そんな日陰者であるからして、規定泉でない鉱泉宿は今は温泉とも鉱泉とも名乗ってないことが普通で、件の増位温泉にしたって、あくまで「割烹旅館・梅麟館」だ。寂しい話である。そうそう、おれの育った富田林にもそんな場所がある。瀧谷不動って大きなお寺があって、その門前街はかつては「瀧谷温泉郷」なんて呼ばれてたもんだけど、やっぱ規定泉ではなかったらしく今はもう温泉の「お」の字も無い。情けないことに旅館そのものも随分減ってしまって、数軒しか残ってないうちの一番大きな二葉館にしたって「政府登録観光旅館グランドホテル二葉」である。赤見温泉が堂々と「温泉」を名乗ってるのが却って小気味よく思える。
 もし、みなさんの家の近所に昔からの割烹旅館があるなら、念のために戦前くらいの古い地図でそのポイントを確認してみることをお勧めする。案外そこは、かつては近郷近在の人の集う鉱泉宿だったかもしれない・・・・・・それも素敵な。

 温泉法を悪者に仕立てる気はないし、怪しげなパチモンが林立することを抑止するために設けられたものであることは良く分かる。何せ昭和23年、太平洋戦争が終結し日本が敗戦国となってまだ3年、人々は日々の糧を得、出し抜いて豊かさを手に入れるため、今よりもっともっとギラギラしていた。法律で縛らなければムチャクチャになってたろう。
 しかし、法律による規制が本質的に野暮なもんであることもまた疑うべくもない真実で、こうして線引きされたあおりを喰らって数多くの、それも成分分析も怪しいような農閑期の湯治場や湯屋が温泉・鉱泉を名乗れなくなってしまった。まぁ、罰則が明確ではないし既得権もあるってコトで、黙認ってカッコで法律施行後も知らんぷりして長く名乗り続けたところも多くあったようだが、概ね小規模で篤実・・・・・・もといバカ正直にやってるトコほどその看板を降ろしてったのである。

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 規定泉から外れることはそんなにいかんコトか?
 含有成分以外に定義のファクターは持ち得ないのか?
 規定泉でなくたって、信じてズーッと入ってりゃ効くんぢゃないのか?
 大体、入っただけで規定泉かどうか分かるんか?・・・・・・ハハ、それ言ったら「船場吉兆」と同じになっちゃうけど(笑)。

 ともあれ、法律も施行されて60年以上が過ぎた。世の中にはどうでもいいような自称・温泉施設が溢れかえってる。ここはイッパツ抜本的な全面改正を行って、温泉の定義に是非とも「渋い佇まい」とか「情緒」ってな条項を加えて欲しいもんだとつくづく思う。




2011.01.18

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