「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
どれが正解?・・・・・・「中津川鉱泉」


いくつもスズメバチの巣がぶら下がる(ギャラリーのアウトテイクより)。

 名の通った温泉ならともかく、零細で貧弱な一軒宿の冷鉱泉には元来「**鉱泉」なんて堅苦しい名称は付いていなかった。大抵は「**の湯」なんてぇ通称で呼ばれていたのである。ま、最近全国的に急増中の日帰り温泉施設でだって、同様に「**の湯」と名付けられている例はよく見かける。こっちは何ともワザとらしくておれにはまったく好ましく思えないのだけれど、その土地その土地の村に古くから根付いて「**の湯」と呼ばれているのは、何とも野暮ったくも愛おしい。

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 朝イチで1ヶ所入ったものの、そっから後、夕方までの候補地を決めてなかったおれは、地図上であまり遠くないところに中津川鉱泉という未知の名前を見つけて立ち寄ってみる気になった。全然予備知識はないが、方角的には今日の目的地に向かう途中でもあるし、ハズれたらハズれたらでまぁいいや、くらいの気持ちだった。
 ともあれ地図の中津川鉱泉を示す「♨」を目指して走り始める。普通に国道から行けばよかったのに、近道しようと県道から県道巻いて回り込もうとしたのがいけなかった。複雑に道の入り組んだ、低くうねる丘陵地帯の中で迷ってしまった。
 こんな風にどうしようもなく迷ったときに採るべき手段は一つである。村人に訊くしかない。そう思った途端、早速第一村人発見・・・・・・ってダーツの旅か!?

 ----あのぉ~、お尋ねします。中津川鉱泉ってこの辺りですか?
 ----ん!?なかつがわこうせん!?そんなのねぇだ。
 ----ええっ!?・・・・・・でも、こうして地図に載ってるんですけど(と、地図を開いてみせる)。
 ----あーだ、こりゃ~下滝の鉱泉さ。ここさ真っ直ぐ行ってだな・・・・・・

 礼を言ってクルマを進めるが、相変わらずグニャグニャ曲がって枝分かれの多い道で再び迷った。おれは地図さえあれば滅多に道に迷わない代わり、一旦迷いだすとトコトン迷うのだ。道よりも気分に迷いが出るのである。困ってると第2村人発見!

 ----あのぉ~、お尋ねします。下滝鉱泉ってこの辺りですか?
 ----ん!?しもたきこうせん!?んなの知らねぇな~。
 ----えっ!?ついさっきこの辺だって教わったんですが。地図にも載ってるんですけど。
 ----あーだ、こりゃ~ザクの湯さ。すんぐそこだ~。

 呆気なく鉱泉宿は見つかった。結局、宿の近くにまでは来てたのだった。しかしまぁ宿と呼ぶのも無理があるような、山あいの集落のフツーの農家である。それでも大きな玄関を入ると大きな部屋になっており、放射状に梁の入った変わった天井から演出のためらしいスズメバチの巣がいくつも吊るされていて、少しは旅館らしいといえば旅館らしい。離れはモルタルの一応客室棟らしき体裁の建物になっており、大きく「藤♨屋」と大書されてある。早速入らせてもらうことにする。家族はみんな野良仕事で出払ってるとのことで、息子と思しき高校生くらいの少年が応対してくれた。商売する気はあまり無さそうである。

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 鉱泉で浴室のことをあまりあれこれ言っても始まらないだろう。

 塩ビ板で囲われた細い通路の先にあった浴室は、どこの鉱泉もそうであるように、小さく、浴槽もまた小さく、そして湯はムチャクチャに熱い。男女別に分かれてるのが既に一方が使われなくなっているのもありがちなパターンだ。ただ、ここはおそらく燃料代ゆえか、広い方の浴室が使われなくなっているのがいささか特筆すべき点かも知れない。それくらいにお客さんも少ないのだろう。

 湯船の向こうには大きなガラスの引き戸が付いており、まるで自分ちのマンションのベランダに出る窓みたい。開けてみたらフツーにいろんな花の植えられた庭だった。さらに一辺にも腰くらい寄る上の高さの大きな窓があり、浴室は陽光あふれて大変明るい印象。こっちを開けると隣の家のクルマが目の前にある(笑)。
 磨き上げられた黒御影石作りの浴槽は、失礼ながら農家然とした母屋の外観からすると随分シッカリしたものだ。そこに湛えられた湯は一応泉質的には放射能泉だけど、ぶっちゃけ単なる湧き水ちゃうのん?と思ってしまうほどにクセのないもの。典型的な村の湯と言えるだろう。

 こう言っちゃなんだが、宿の外観からはもっとパッキパキに「キテる」浴室や湯を想像してたのだが、あにはからんや、至極オーセンティックでゆったり落ち着ける鉱泉なのだった。

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 風呂から上がっておいとましようとしてると、宿の家族が昼食で野良仕事から戻ってきた。大将は使ってない方の浴室を外から開けてホース引っ張り出して長靴洗ってる。改めて浴室を外から見ると、樋が落ちかけたりして案外にボロかった。
 オバチャンに来訪のお礼を言われたついでにおれは訊いてみた。

 ----こちら、中津川鉱泉って名前なんですか?
 ----は!?ここは下滝鉱泉だな。
 ----ぢゃ、この地図に載ってるのは間違いなんですね~(と、地図を見せる)。
 ----あら、ホントだわ。どうしてこんな名前で載ってるんかねぇ~?でもさ、昔からここは下滝さ。
 ----「ザクの湯」というのは?
 ----あ~、そんな名前でも呼ばれてるんよ。

 ・・・・・・正解は以上の通りだ。「中津川鉱泉」なんてものは元から存在しないのだ。あるのは一軒宿の「下滝鉱泉」であり、それは通称・「ザクの湯」である。ちなみに「ザク」はガンダムとは当然何の関係もなく、近くにある古い石仏群の名前に由来するらしい。ぢゃぁそもそも「ザク」って何だよ?と思ってさらに調べてみたが、稲架の台の部分ではないかと推察される程度で結局良く分からない。まったく語源の分からぬ不思議な響きの言葉だ。

 来た道とは違うルートでドンドン下って行くと、苦もなく国道に出た。交差点には大きく「ザクの湯、下滝鉱泉」と比較的新しい看板が出ている。商売する気、無くは無いのだな(笑)。何のこっちゃない、こっちから上がれば普通に辿り着けたのだ・・・・・・と思いかけてそれが間違った考えであることに気付いた。

 それでもおれは迷っていたに違いない。ありもしない「中津川鉱泉」とやらをひたすら探して。

 いわき同様、渋い冷鉱泉が今なお数多く残る郡山の、東の外れあたりでのことだ。


狭いながらも明るく小ざっぱりした浴室(同上)。

2010.11.07

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