「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
秋晴れの午後は福寿荘へ・・・・・・赤見温泉


パノラマで撮ってみた出流原弁天池「一ノ池」。

 ギャラリーより文章が先行するパターンはこれまで無かったなぁ、と思いながら書き始めたこの赤見温泉、正確には温泉でも鉱泉でもない。ただの湧き水を沸かしてるだけのところである。では何故「温泉」と書いたのかというと、どういうわけかここは「鉱泉」ではなく、あくまで「温泉」と名乗っているからだ。その拘りに敬意を表してみたのである。

 ともあれ、この点で泉質原理主義者からしてみれば、まったくもって歯牙にもかけない偽温泉であることは明白であろう。そりゃまぁだって、単なる湧き水なんだもん。しかし、泉質なんてどぉでもいい、何ならばバスクリン入りだっていい、っちゅうおれの目にはこの赤見温泉、ナカナカどぉして侮れない温泉場・・・・・・いや、それどころか泊りがけで行ったって充分に価値ある佇まいを持ったところのように映ったのだった。

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 栃木の佐野界隈は北関東のノッペリした町の一つだ。これといった華にイマイチ乏しい。最近でこそラーメンやアウトレットが大いに寄与して、訪れる人も随分増えて来てるようだが、元々は名所といえば厄除大師があるくらいなもので、あとは石灰岩質の土地を利用したセメント産業が盛んな、そしてそれでゴリゴリに削り取られて剥き出しになった山肌と巨大なプラントの建物が立ち並ぶ、ひじょうに荒々しい風景の点在するところであった。今はもう全て無くなってしまったが、かつては東武の葛生駅を起点に網の目のようにセメント関係の専用線やトロッコの線路が張り巡らされていたようなところである。

 赤見温泉はそれら石灰鉱山が並ぶ辺りからは南西に数キロ離れた関東平野の末端、平地が切れて山に差し掛かる本当に縁の部分にある。出流原弁天池という巨大な湧水の畔に数件の旅館が固まるだけのところだ。やはりここも石灰岩質で、近くには今は操業を停止した小規模な石灰鉱山の残骸がいくつか残る。湧水はそんな石灰岩の地層の割れ目から噴出しているのである。
 池の裏山は磯山弁財天といって、真っ赤で中国趣味のようなデザインの山門と懸崖造りの本殿を持つ、寺とも神社とも付かないところで、おそらくはそこヘの参詣客相手の茶店等が発展して旅館になったのではなかろうか。この真っ赤な建物はその派手さゆえ遠くからでも良く見える。しかし、辿り着くには意外に狭いクネクネした道を入っていかなくてはならず、あまり観光地として拓けてる感じはない。

 以前からここは何となく気になる存在であった。マトモな温泉ガイドにはあんまり出て来ないものの、湧水の周囲に温泉だか鉱泉だか知らないけれどチョロッと旅館があるなんて、湧水好きなおれとしては何だかそれだけでひじょうに魅力的に思えたのである。もちろん、一方では冷静にマイナーな場所なんだろうな〜、ってのも予想してたのだが。

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 入らせてもらったのは「福寿荘」といって、池の畔から急坂を上がって少し高台になったところにある旅館だ。特段の予備知識があったワケではない。「温泉旅館」ではなく「割烹旅館」と名乗っているのが控え目に正直な気がしたのと、何となくここが一番こじんまりしてそうな雰囲気だったので決めただけだ。
 弁天池を模したかのような小さな庭池を取り囲んで、平屋の小さな建物が数棟立ち並んでいる。いわば「全室離れ」みたいな造りの宿だ。その佇まいにまず好感が持てた。

 玄関先で案内を請うと恰幅の好い女将さんが出てくる。沸かし湯の宿では欠かせない事前電話を入れておいたので、「あ〜、さっきの電話の人ね〜」とすぐに上げてもらえた。料金は一人800円で、でも夫婦やカップルだと貸切ってことになるからホントは2500円なんだけど、今日は平日で他にお客さんもいないから、フツーに二人分かな?と良く分からない説明で、結局は通常料金だった。ま、自分が納得するために話したんだろう。

 建物と建物の間にできたショートケーキみたいな3角形の隙間が「泉の湯」と名付けられた小奇麗な浴室になっており、底辺部分に4人も入れば一杯くらいの小さな浴槽がある。他に浴室は無さそうだ。泉質はもちろん、ただの湧き水(笑)。清澄この上なく、浴室内に些かの温泉臭も無い。
 大きな窓は西向きになっていて、午後の陽射しが降り注ぐ室内はとても明るく、そして下を見下ろせて見晴らしが良い。まぁ、手が届くほどのすぐ真下にはさっきクルマを停めた駐車場が見えたりもしてるのだけど(笑)。
 そぉいや脱衣場もそうだった。大体において、脱衣場が透明ガラスの窓がドーンとあって陽光の降り注ぐ明るい部屋なんて、外から丸見えになるワケだから他にあまり類例のない話で、何ともおおらかな造りなのが心地よい。

 いい風呂だった。

 湯上がりの一服に大層美味い栗きんとんでお茶を勧めてくれた大将の話によると、ここは葛生の奥、真言宗の古刹・満願寺のある出流と地下で繋がってるとのことだ。だから、地名も出流原なんだそうな。ホントかどうかは分からない。まぁ、石灰岩の地層の広がる地域にはよくある話だろう。鍾乳洞の中に犬を放ったらとんでもない所から出てきたとか、墨を流したら遠く離れた所で水が黒くなったとか、そのテの類の伝承がここにもあるのだと思う。ともあれ、湧出する水は膨大な量で、地下水の例に漏れず年間を通じて温度は一定に保たれ、冷たすぎて苗を痛めることもなく、今でも近郷近在の農業用水の水源となって田畑を潤している。

 宿は辞したものの時間にまだ余裕があるので、弁天池の周囲だけでなく裏山も回ってみることにした。池はいくつかに分かれており、水源がそのまま池となった「一ノ池」は、木の間越しの光と水中の藻が織り成す不思議な青とも緑とも付かぬ吸い込まれそうな深い色に魅せられた。錦鯉がうようよ泳いでいる。そこから溢れた水が「二ノ池」「三ノ池」を形作るが、まぁぶっちゃけ下に行くほど生簀みたいになってくる。実際、養殖なんかもやってるようだ。

 「一ノ池」の傍には件の福寿荘の経営する茶店っちゅうか駄菓子屋があって、どうやら地元としてはラーメンに続く第2の名物に育てたがってるらしい「いもフライ」ってーのを買った。要は昔懐かしいじゃがいもの串フライである。
 脇の急な山道を登って行く。すぐに小さな祠に辿り着き、そこがてっぺん。特にこれといったものは何も無い。下って行くと件の赤い懸崖造りの本殿の横に出る。水と弁財天と龍神、そしてそれが転じた蛇は切っても切れない仲のようで、あちこちで蛇がいささかバッドテイストに祀られている。当然のように銭洗いもあって、石龕の中には北海道産とかゆう蛇のような模様の浮き出た岩が置かれてある。要はここで蛇は神のお使いなワケである・・・・・・なのになのに、よりによっておれは山道の途中でヨソ見してて、横切る小さな蛇を踏ん付けてしまってたのだった。嗚呼。

 赤い本殿は見た目のキッチュさとは裏腹に、鎌倉時代にできたっちゅう随分古いものだ。懸崖造りの外観も満願寺の奥の院と似ているが、裏手が同様の小さな鍾乳洞になってるのもひじょうに似通っている。出流と出流原には宗教的な面からも何らかの繋がりがあったのかもしれない。低い手すりの回廊からは切れ込んだように下がそのまま見えてけっこう怖い。板壁にはヒッソリとさらに上に向かう木戸があって、そこから急で狭い梯子のような階段を上がると最上階に上がれる。ここはさらに怖い。眼下に広がるのは平凡そのものの、しかし今では夾雑物だらけで意外に見ることの少なくなった、広がる田圃と山の端の織り成す風景だ。目を開けていられないほどに西日が眩しい。クラクラする。

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 こぉ言っちゃなんだが、赤見温泉は観光地としてはまぁ、ショボい部類に入るんだろう、やっぱし。でも、その地味さにあまり衰微の翳は無い。つまり、クラくはないのである。地元密着型で背伸びせず、細々とやってるので派手さに乏しいだけである。それがなんとも味わい深くしみじみした好ましい雰囲気をもたらしているように思えた。そう、ここには陽光が良く似合う。

 いつかまた、秋晴れの午後に福寿荘の明るい浴室でユックリ過ごしてみたい。 


浴室にて網戸が外れそうになってアセる(笑)。

2010.11.21

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