「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
姫川を行く(3)・・・・・・姫川温泉


レトロと呼ぶ他ない展望室で一休み(ギャラリーのアウトテイクより)。

 大糸線の平岩って駅の近くに広がる姫川温泉は長野と新潟の県境にまたがる温泉地で、ここまで取り上げた中ではもっとも規模の大きなところである。ただ、大きいといっても今はもう旅館が三軒しか残っておらず、随分寂れてしまった印象だ。実は以前はもちょっと沢山あったのが、件の大水害でひどくやられて廃業に追い込まれるところが続出したのである。国道が寸断され、鉄道が寸断されてしまってはお客さんも来ようがない。観光地にとって災害からの復興とは、資本力勝負の持久戦なのだ。
 あの水害を報じた写真の中で、川っぺりで路盤が流出して長く線路と枕木だけが宙ぶらりんになっているシーンを見られた方がいらっしゃるかも知れない。あれが撮られたのが平岩駅の近く、つまりはこの姫川温泉周辺だ。それほどまでにこの周辺の被害は甚大だった。

 泊まったことがないもんであんまりエラそうなことは言えないけれど、地図で見ると糸魚川からは15kmほどしか離れていないから、見た目は山の宿のようでありつつ海の物も山の物も同時に愉しめるロケーションではなかろうか、って気がする。国道からそんなに離れてるワケでもないのでアクセスもいい。駅からも近い・・・・・・ま、下り(糸魚川行)は1日9本、上り(南小谷行)に到っては1日7本しか走ってないけれど(笑)。
 さらには湯量が豊富、かつ高温でもある。1時間約25万リットルの湧出量は家庭用の風呂桶だと1,500杯分くらいある。実にふんだんな湯量を誇っているのである。何せ糸魚川静岡構造線・・・・・・ってどうも言いにくい、昔ながらの言い方させてもらうとフォッサマグナの真上なのであるからして、それは何となく納得できる気がするが。

 ともあれポテンシャルはひじょうに高く、本当はもっと歓楽型の温泉地として発展しててもおかしくない立地条件だと思う。それがこんなに地味なのはやはり、過去に繰り返された水害のせいだろう。

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 おれが入れさせてもらったのは「ホテル朝日荘」って長野県側にある宿だった。ホテル、と称するのはちょっと如何なものか、ってくらいに昔ながらの観光旅館してるのが何ともいい雰囲気。車寄せが巨大な天蓋になっているのだけはなるほど確かにホテルっぽいものの、信楽焼のタヌキが置かれてたり、「歓迎***様御一行」なんて書かれた黒板やら「日観連」の行灯、各旅行業支社の看板が満艦飾に掲げられた玄関周り、そもそもモルタルっぽい外壁の建物等々・・・・・・まぁ、あとはコトバは悪いけどかなりモチャッとしてて、60年代っぽい旅館の感じが漂う。
 決してそれは否定的に言ってるのではない。昨今の一言で言って「リゾート」なんて呼ばれる行楽がおれはあまり好きではない。大体においてどれも安っぽくも薄っぺらな「洗練のフリ」ばかりが鼻に付く施設が多いのだ。そんなんよりは、こぉいったいかにもな観光旅館の、匂い立つようなリアルさ、昭和の懐かしさに心が安らぐ。

 それにしても、だ。天気や曜日回り、また訪ねた時間のせいもあるとはいえ、旅館もその周囲もあまり人の気配がない。空き家とちょっと留守にしてるだけの家の空気が異なるように、この感じはおそらく水害以降、町全体が衰えたことによるものだろう。衰微や退嬰の翳は目に見えない澱のように、ほんの少しづつ、しかし確実に沈積して行く。侘しくもやるせない話だ。

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 緋色の絨毯がこれまた昭和を感じさせるロビーの隅から階段を下る。ここは入り口だけ見てるとモルタル造りのちっこい旅館のようだけど、奥は河岸段丘の崖に沿うように下に向かってかなり大きな建物が広がっている。いわば入り口が4階にあるのだ。そして下りきった地下3階っちゅうか1階っちゅうか、要は姫川の川原に近い高さのところに巨大な混浴の岩風呂がある。
 おそらく元々河岸に剥き出しになっていた巨岩を利用してこしらえたと思われる天井の高い浴室はひじょうに横に細長く、短辺の両側が男女それぞれの脱衣場になっている。浴室内はおろか脱衣場も大半はその岩に占領されている。湯船も岩があまりにデーンと大きいもんで、実際湯の入ってる部分はそれほど広くはない。文字通り主役は岩。だからこれはホンマの岩風呂と言える。

 これほどの岩風呂ならば、最近は露天にしてしまうのが一般的だろうし、川の展望が開けるようにしつらえるだろう。ところが、ここはまったくそぉゆうことをしていない。屋根は無骨な鉄骨の骨組みに、いささか趣に欠ける半透明の塩ビ波板で覆われてるし、川側は一面タイル張りの壁で、ところどころに鏡やカランが並んでる。見えるのはあくまで圧迫感とか量感、威圧感をもって鎮座する巨大な岩だけだ。ただ、それが却って強力なオリジナリティっちゅうか、「うちは岩風呂ゆうたら岩風呂、それだけで行くんですわ!」みたいなシンプルでハードコアな主張までも感じさせる。

 混浴とはいえ、とにかく横に細長く、また、岩の凹凸が上手く目隠しの役目を果たしているので、入りづらさのようなものはない。岩の色や湯船の底のタイルの色目もあって何となく薄黄色く見える湯は実際は無色透明。何本か高いところの樋からは湯がダバダバと落とされており、打たせ湯にもなっている。とは申せ、演出らしい演出はそれだけ。実に単純で豪快、っちゅうか大雑把なのが、ここの最大の魅力だろう。

 何があるワケでもないのにこの風呂は何だかものすごく楽しかった。ヨメも子供も大はしゃぎだ。岩に登ったり、打たせにベチベチ打たれたりして走り回っている。アーもスーもなく大きいことって、それだけで人を興奮させるのかもしれない。

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 上がって展望室で涼む。塩分でも含まれているのか、いつまでものぼせた感じの引かない泉質だ。窓からは姫川の景色が一望できる。ここまで来ると山は随分開けてきて川幅もひじょうに広く、こんなんが氾濫して溢れたとは俄かに信じがたい。大きくカーブしながら新しく付け替えられた大糸線の鉄橋が横切っているのも望まれる。ついでに言うと、建物の裏側があまり手入れもされず、かなり老朽化が進んでることも良く分かる(笑)。
 外観同様、昔の応接セットがレトロさを醸し出す展望室の片隅には、いつの時代のものか分からない古いジュークボックスが置かれてあった。もし意図的なものだとするなら、細部まで抜かりがない。ヘンにリニューアルなんかせず、このひたすら60年代から70年代の、今のセンスではダサいと言うしかない路線をトコトン突き詰めたら絶対面白くなると思った。

 実は別に屋上に作られた展望露天風呂もあるにはある。特段急いでたワケでもないのでそちらに入ったって良かったのだが、何となくおれたちはパスした。男女別浴でつまらないだろう、ってのもそりゃぁ若干はあったが、でも今の時間は誰も他にお客さん来てないんだし、シレッと入ってしまえばそれまでなので、どうでもいいっちゃいい。
 上手く言えないが、この岩風呂の迫力を最初に体験してしまうと、何だか他が付け足しになってしまうような気がしたのだ。

 宿を辞するときまで、結局おれたち以外の客は来なかった。

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 ハンドルを握りながら複雑な気分になった。

 ぶっちゃけ、拓けきった一大温泉地に積極的に進んで行こうとはさらさら思わない。それは偽りなしに本心だ。やっぱしおれはあくまで小さくてしみじみした、そしてちょっと寂れたくらいの温泉場が基本的に好きなのだ。そして、いつもはそんな今の鄙びた風情ができる限り変わらずにいつまでも残ってくれたらなぁ、なんて思う。
 しかし、ここ姫川だけに限って言うならば、もう少し発展した方が何となく座りが良いっちゅうか、それらしいような気がするのも一方でまた事実なのだった。もちろん、大いに矛盾してることは分かってる。

 ・・・・・・まぁ、どんなけ発展してもあの岩風呂だけは残して欲しいと思うが。


年甲斐もなく岩によじ登って遊ぶ(同上)

2010.10.26

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