「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
女将の心意気・・・・・・入道鉱泉


入道鉱泉全景。

 入道鉱泉は阿武隈山中、古殿町のはずれの草深い山中にポツンとある一軒宿だ。

 周囲はホント何もないボサボサした感じの山で、実に華には乏しい。まぁ、強いて言うなら、おれはやらんけど渓流釣りの拠点とかに良さそうな気がする程度で、レジャーぢゃ何ぢゃと云った所謂「アッパーな観光」を求めて行くところではないだろう。ただ、今も営業を続けてるのは少なくなってしまったとはいえ、この一帯には多くの鉱泉が集中している。湯ノ田、戸倉、塩ノ沢、女庭、湯之口、あとはこの入道を加えると実に6ヶ所もの鉱泉が半径5kmほどの山の中に点在しているのである。丹念に古い地図を探せばもっと色々見つかるかも知れない。

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 さて本題の入道鉱泉だ。おれは水戸経由で北上して水郡線側からではなく、いわき側から回り込むようにして行ったのだが、県道は狭く、この先にホントに鉱泉なんてあるのかな?と心細くなる。それでも道は正しいはずなのでなお行くと「入道乃湯」と大書した巨大な看板が表れた。
 丸々と太った柴犬が所在なげにウロウロしている。旅館の飼い犬の常で無闇に来客に吠えることはなく、おれたちの方に静かに近寄ってきた。真っ赤に色づいた紅葉が美しい。

 思ったよりも早く着いてしまったので、湯がまだ沸いていない。おれたちもカメラ片手に所在なげに宿の周囲をウロウロすることにする。田圃と山に挟まれるようにして自宅や宿泊棟が渡り廊下でつながって大きく鍵の手に並んでおり、鉱泉宿としてはかなり大きい印象だ。大きく差し掛け屋根が突き出した下の階段を上がったところに金文字で「入道の湯」と書かれたガラス戸があるのが入り口だろう。決して新しい建物・設備ではないけれど、荒れた雰囲気は微塵もなくキチンと手入れされている様子なのが好ましい。

 15分くらい待ったろうか、案内されて中に入る。玄関前の外に大きな下駄箱があってスリッパに履き替えるのが何となく銭湯っぽい。帳場も小さく演台くらいの大きさで、風呂屋の番台を思わせる。浴室も宿には珍しく玄関のすぐ傍にある。おそらくはもっぱら近郷近在の風呂屋、あるいは日帰り湯治場として利用されてきたのだろう。天井から飾りでぶら下がったスズメバチの巣や、チョロッと並べられた土産のお菓子類だけが一般の旅館であることを主張しているようだ。

 案内されたのは男湯の方だった。詰めれば7〜8人は入れそうなタイル張りの浴槽には無色透明の湯。腰掛けるためだろうか、湯舟の縁がひじょうに幅広くなっているのが面白い。あまり待たせちゃ悪いと思って急いでくれたのだろう、入ってみると熱いのは表面だけで底の方はまだ水だ。phは一体どれくらいなのか、とてもアルカリが強いようでひじょうにヌルヌルする。仕切り越しの天井の広さからすると女湯はこの半分くらいの広さといったところか。
 窓からの眺望は一切、ない。開けると隣の建物の壁が目の前にあって、後は裏手の古い木の物干し台と、勝手口のような木戸が見えるだけである・・・・・・って、こう書くとなんだかネガティヴな評価のように思われる方がいるかも知れないが、それはそう捉える方が野暮ってモンだ。大体において鉱泉宿は鉱泉宿らしさが味わえればそれで良いのであって、判で捺したように風呂に絶景を求めるなんて愚の骨頂だと思う。
 上がる頃にようやく熱くなった湯からは、不思議なことにヌルヌル感が減っていた。

 階段の踊り場には木の板に墨痕鮮やかに立派な書が掲げられている。「大自然湧いて流れて入道へ、鹿もその湯はぢにぞ効くらん」・・・・・・要は痔に特効ありってコトなのだろう。なるほど柔らかなアルカリ泉である。美肌効果は顔以外にもあるワケだ。「鹿もその湯は」、は何を掛けているのか良く分からなかった。

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 礼を言って辞そうとすると女将さんに話しかけられた。

 ------お客さん、朝早くから良くこんなトコまでお越しになられましたね。
 ------いや〜、あっちこっちの小さな温泉を訪ね歩いてるんです。
 ------そうなんですか〜。ホントありがとうございました。
 ------いい雰囲気のトコで良かったです。
 ------でもここ、こんな山奥でしょ、何にもないし。
 ------あ〜、でも、そういうトコだから来たかったんです。なかなか最近は廃業しちゃうトコもあったりして・・・・・・。
 ------うちも大変なんだけどねぇ・・・・・・でも、受け継いだもんだし、あたしが元気なうちだけは頑張って続けようと思ってるんですよ。
 ------そんなコト言わんと続けてください。

 ・・・・・・女将の代々守ってきた湯を続けようという心意気におれは打たれた。犬は相変わらずウロウロしている。

 ------あの犬もねぇ、もうおばぁちゃんで耳が聞こえないの。それでもお客さんが来たのは分かるみたい。
 ------大人しい犬ですね。
 ------耳聞こえなくなって余り他のことには興味がないみたい。餌食べるのだけは愉しみにしてるみたいだけどね。

 元の道に戻ろうとするおれたちのクルマの前を犬はノロノロと歩いて行く。そうして看板の前あたりで犬は立ち止まった。客を見送るとは何とまぁ感心な犬だ・・・・・・と言ってやりたいところだが、残念なことに立ち止まったのは道の真ん中でだった(笑)。これではクルマが通れんではないか。クラクションを鳴らそうにも耳が聞こえなくなってるのだから意味なかろう。
 クルマから降りて追い立てるのも気の毒な気がして、犬が再び歩き始めるまでしばしおれたちは待ったのだった。

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 戻ってからネットでここについて調べてると少々驚く記事が見つかった。ヨミウリオンラインの福島版に「ふくしま古里考 第五部「伝説」(4)消えゆく「鹿の湯」の名」(※)というタイトルでこの温泉が取り上げられているのである。
 テーマはその名のいわれについてで、件の墨書の掛詞の意味も分かったのだが、そこで利用客数について触れられている。バブル期には月300人の利用客があったのが、今は100人前後まで減少しているというのだ。それはおそらくは宿泊客数だと思うが、激減と言っていい凄まじい減り方である。無論、だから経営は苦しい。女将さんが言ってたのはホントのことだったのだ。ただ、その頃は相当バカな客も多かったようで、それはそれで苦労したみたいなことがさりげなく書いてある。ホームページもそうだが、来客は増えすぎても減りすぎても困るものらしい。

 とは申せ、やっぱ来てくれてナンボなのが客でもあるのが商売のややこしいところで、常連客に頼ってるだけでは先細りになってしまうだろう。ここは一つ、公式ホームページを立てちゃったりなんかして、また、いろんなメディアに対して適切な情宣活動を行うことも必要なのではなかろうか・・・・・・女将の継続の意思を無駄にしないためにも。

 ガラにもなく建設的な意見なんぞ述べちゃったりして、今日は、ここまで。


※ http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukushima/kikaku/038/4.htm


湯気がムンムンする浴室内にて。

2009.12.06

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