「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
氷雨に、烟る・・・・・・伝正寺温泉


強まる雨脚の中、ひっそりと静まり返った桜井館。


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 「煙る」んぢゃなくて「烟る」のである。少々ペダンティックに拘ってみたのである。偏の違いだけで「咽」と「烟」は字面が似てるからなのである。シクシクシクシクと「むせぶ」のである。終日、そんな鬱陶しい天気の日だったのである。

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 晴れておればくっきりと紺碧の空に浮かんでるはずの霊峰・筑波山も、低く垂れ込める雨雲に覆われて山巓はおろか山容そのものが見えない・・・・・・と、ペダンティックついでにクドい修辞をテンコ盛りにしてみたそんな初冬の朝、おれたちは土浦ICからクルマを北に走らせていた。ずいぶん早くに家を出たのだけれども、雨で道路が混んだせいで思ったより時間が掛かってしまった。
 山裾を行く土浦からの国道125号線に沿っては、かつて関東鉄道・筑波線というローカル線が岩瀬まで繋がっていた。ローカル線と書いたけれど、最盛期には急行が走ったり、上野から筑波山詣での直通列車が入るそれなりに立派な線だった。廃線となって20年以上が経ったその跡地は、今はほぼ全線に亘って「筑波りんりんロード」とかゆうノー天気な名前のサイクリングロードに生まれ変わっている。駅は休憩所となってるそうだ。たしかに走っていると、田圃の中を桜並木が緩やかにカーブして続いているのが見える。あれがきっとそうなのだろう。

 目指す伝正寺温泉は、今は合併で桜川市なんてぇどぉでもいい名前に変わってしまった旧・真壁町の町外れにある一軒宿だ。地図で見ると加波山の山裾あたりになる感じである。市内は古い民家が櫛比してシブい佇まいを見せているらしいのだが、生憎のこの雨なもんでパス、真っ直ぐ温泉を目指すことにする。雨は本降りというほどではないが時折激しく、おれはワイパーの間欠時間のノブをなおざりに回す。くすんだ色合いの街道沿いに目立つのはセブンイレブンの補色が妙にケバケバしい看板だけ。ドミナント化とやら抜かす地理や暮らしを無視した店舗戦略なので、気持ち悪いほど一定間隔に店が現れる。こいつらが日本の風景を平板にした。

 ただの学校横の空地にしか見えない真壁城址の交差点を山側に折れ、少し上がるともう目的地だ。その名の通り道を挟んで反対側は名前の由来となった古刹・伝正寺の山門。だが、老朽化が進んで倒壊の危険があるようで、無粋な鉄パイプのとおせん棒で通行止めになっていた。なかなか面白い形の藁葺きの門である。雨がまた強くなってきた。

 一目、いい宿だ、と思った。降り積もる落ち葉に覆われた小さな石畳の車寄せに大きな赤い屋根の建物、あたりは森閑と静まり返っている。全体的に少々ヤレが感じられるのもむしろこの陰鬱な雨の降る日にふさわしい。「山の宿、桜井館」の看板。さして標高の高いところにあるわけではないのに、たしかにこの佇まいには山の宿の雰囲気が横溢しているように思えた。大きな石彫りの親子蛙が玄関脇に鎮座して、沈潜したシーナリィの中で唯一、瓢軽な表情を見せている。筑波といえば蝦蟇だもんな・・・・・・あ、そぉいやガマの油の製造元は何年か前に廃業してなかったっけ?

 品のいい老夫婦といった感じの主人と女将に迎えられて、早速風呂へ。館内もまた静まり返っていた。斜面に沿って建てられているらしく、階段を下って回りこんだところに男女別の浴室。いっしょにどうぞ、と女湯に通された。まるでお城のような白壁に囲まれ、地元名産真壁石を使った石組みの風呂は小さな換気口があるだけでまったく窓がなく、湯気の立ち込める穴倉のよう。おそらくはかなり古くからのものを大切に使ってるのだろう。なぜか蛇口の近くの飾り石のところには小さな毘沙門だかなんだかのフィギュア。
 「ちょっと熱くしときました〜」と言われて手を入れてみると案の定、ほぼ熱湯だった(笑)。でも、勘違いしてはいけない。これは鉱泉宿としての歓待の印なのである。要は燃料ケチらんとアツアツにしときましたでぇ〜、ってコトなのだ。

 来て良かった。何だか日を改めてユックリ泊まってみたくなった。宿泊ではなく、逗留してみたくなった。

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 人間、第一印象は深くインプリンティングされるもんで、どうにもこの伝正寺温泉は雨に烟る静かな佇まい、ってイメージが出来上がってしまったのだけれど、実際は色々スポーツに力を入れてるらしい。先代は近所に射撃場を作ったそうだし、若旦那はどうやら自転車大好きらしく、「SHIMANO」と大書されたダンボール箱が玄関近くに置かれてあったりもした。ここを拠点にそれこそりんりんロード走れば面白いかもしれない。
 また、文人墨客に愛される宿、っちゅうのに萌える人にも向いてるように思う。過去には有名な作家が多数訪れているそうだ。おらぁそんなのどぉでもいいが(笑)。

 ともあれ、そぉゆうヘンな付加価値がないと満足できない欲深な人は置いといて、ただもうこの落ち着いた雰囲気を単純に、静かに、しみじみと味わう・・・・・・それがこの伝正寺温泉に対する最も正しい所作のような気がするし、そんな無聊さえも豊かな時間として過ごせる人にこそ行って欲しい。


もうもうと湯気の立ち込める浴室内。

2009.12.08

----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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