「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
小安峡、とその後


ギャラリーのアウトテイクから、もうもうと湯気の上がる小安峡

 個人的に小安峡は日本の奇勝の中でもトップレベルに入るのではないかと思っている。

 奥羽火山帯の地下深くに貫入している地熱帯がV字峡谷によって削られ、地表に姿を表しているのである。そそり立つ岩壁の水平方向の柱状節理の断面の隙間から、音を上げて熱湯や水蒸気がスゴい勢いで噴出している。ただ、峡谷の幅自体はそれほどでもなく、狭い所では対岸まで10メートルもないくらいなので、雄大な風景を想像されるとちょっとスベるかも知れない。

 柱状節理とは火成岩にできる、いわば「石の結晶」だ。うどんの乾麵の束のように規則正しい太さ・断面の長い岩が無数に積み重なったようになっている。有名なのでは城崎温泉近くの玄武洞がある。ひょっとしたら太古の昔はあそこも同じように熱湯や水蒸気をゴウゴウと噴き出していたのかも知れない。

 谷底までの長い下り坂も含めて綺麗に舗装された遊歩道が整備されているから誰でも行くことができる。上の国道沿いの駐車場の広さからして、紅葉シーズンともなれば多くの人が詰め掛けるのだろう。今は夏なので濃い緑の森が広がるばかりだが。

 もちろん、当然ながらそこを流れる川も温泉になっている。さらには実におあつらえ向きっちゅうか、その付近で川の流れは穏やかになっており、かといって深い淵でもなく、実に入るには手頃な野湯と言えるだろう。

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 朝7時、陽光の降り注ぐ件の広い駐車場には1台もクルマは停まっていなかった。脇の売店もまだ空いていない。いやいや、実にありがたい。おれ達は湯の噴き出す渓谷を観に来たのではなく、その湯に入りに来たのだからこうでなくちゃ困る。

 とにかくこぉゆう時は躊躇うことなく、一刻も早く現場に辿り着いてサッサと入ってしまうに限る。言うまでもなく無用のトラブルを避けるためである。おれたちは露出狂ではない。だから、ことさら衆人環視の中で見せつけるようにして入るようなことはしない・・・・・・っちゅうか実のところそんなんはどうでもいい。世の中にはお節介な人が多くて、こっちはどうでも良いのにあっちがウダウダと難癖を付けてくる、っちゅう状況になったりするといささかめんどくさいし鬱陶しいのがイヤなのだ。おれは短気だけど基本的にはフラワーだから、心静かに誰にも煩わされずに温泉を堪能したい。

 いくら日の出の早い夏の東北とはいえ、深くて狭隘な谷底は空もあまり望めず、まだ何となく薄暗い感じ。振り返って見上げれば、随分高い所に赤く塗られた橋が架かっているのが望まれる。先ほどやって来た道だ。随分と下ったものである。噴出する熱湯や水蒸気の中、川辺に降りて手を突っ込めば、何とまぁ!見事に適温やおまへんか。それに大して深くもなさそうだ。有名なカムイワッカなど滝壺なので溺れるくらいの深さがあるが、ここは場所さえ選べば普通に快適な露天風呂だ。泉質もどうやら強烈な酸性泉などではなくフツーに熱いだけのようだ。

 ・・・・・・ってなワケで速攻で入浴開始。脱衣場なんて気の利いた設備は何一つないから、その辺の岩の上に服をドンドン脱いでいく。地熱のおかげで岩もほの暖かい。洗濯物を干せば良く乾くだろう。

 入ってた時間はせいぜい20分くらいだったろうか、みんなであーでもないこーでもないと話して、じゃかじゃか写真撮って、肩までしっかり温もって、サッサと服着込んで元の遊歩道に上がって歩いて行くと、見るからにバイク乗りなニーチャンが一人やって来る。バスタオル類の入った大きなビニール袋を持った家族連れを、彼は少々怪訝そうな目で見ていた。

 素晴らしい野湯だった。ヘンに遊歩道なんて整備せず、川湯やカムイワッカや尻焼のようにみんな入れたらいいのに、と思った。

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 ・・・・・・と、ここまで書いたのは実は今回のお話の主題ではない。いや、ま、小安峡が素晴らしい野湯なのは掛け値なしにホントのことなのだけど、それから東京に戻って色々調べてる内にちょっとばかしイヤな気分になったのだ。

 実を言うとこの場所は入湯禁止である。海で言えば遊泳禁止くらいのモンだろうと思うのだが、何だかそれをタテに鬼の首でも取ったかのように、入った人に対して非難する声がひじょうに多いのだ。幸か不幸かおれのサイトはマイナーだから何もないが、どいつもこいつもいかにも公明正大・清廉潔白・法令遵守な温泉好きのようにしてエラそうにのたまってるのを読んで、その偽善臭に辟易したのだ。

 入湯禁止の理由には色々あるんだろうが、要は日本的なお役所の事なかれ主義で、何か事故があってはたまらん、っちゅうのが一番の本音だろう。大体誰が何の権利と権限を以て決めたんだと思う。
 そりゃあ谷川だから上流に夕立でもあればいっぺんに増水するだろうし、熱湯になっている場所だって、深くなっている場所だってあるに違いない。さらにはさっき述べたようなお節介かつ教条主義な連中が、ウジャウジャ風呂入ってるの見て風紀紊乱だとかなんとかねじ込んでこられても困る。観光客にはたくさん来て欲しいものの、そのようなトラブルが発生して対応せんとあかんようになった時に、一体全体誰が責任取るんですか?詰め腹切るんですか?あたしゃ親方日の丸、一生安泰と思って公務員なったんっすよ~!ってコトだ。

 最近はちょっとした空き地でも何でも、市有地だったりするとすぐに柵が張り巡らされ「立入禁止、良い子は危ないから遊ばないでね」なんてしょうもない看板が立てられる。別に中見ても原っぱなだけで、取り立てて危険なものがあるようには思えない。実にまぁくだらない話で、そこでコケて怪我しただけでも怒鳴りこんだり訴え出たりするバカがいるかも知れないから、取りあえず禁止にしちゃえ、って論法なのが露骨に透けて見える。
 原っぱはともかく、池なんてもう大変だ。ガキが溺れて死のうもんならすぐさま訴訟だ。たとえ柵があっても安心できない。それが釣り人とかに破られてて容易に入れるようになってたらもう間違いなくアウト。億単位の金がガッポリ出て行く。一方で子供から目を離した、あるいは水が危ないことを教えてない親の責任なんてモノはこれっぽっちも問われない。
 まことに面白くもない時代だ。行政とかなんとか、人格のないモノがすべての安全を保障し、何かあったら金払ってくれて、そいでもってダメと言われたことはやっちゃダメと盲目的に信じこんでる人があまりに多い。

 そう、規則や禁止に対して無反省なまでに忠実な人がえらく多いように見えるのだ。単に猫かぶってるのかとも思うが、どうにも大マジの人が多いような気がする。恐ろしい話だ。こうなるともはや偽善でさえない。

 そしてこぉゆう連中の中からも温泉にハマるヤツは出てくる。そうなると、見事なまでの規則バカ、一人誕生である。禁を破ったこと、破る者に対してグジュグジュとネット上とかで非難を浴びせかける。おれが見たのはそぉゆうものだ。
 実はそれがホントは禁を破れない矮小な己に対する自己嫌悪、あるいは禁忌に対して自由に振舞う人への羨望や嫉妬から起きており、そのことを痛いほど自覚してるのであればまだちったぁ救われるのだけど・・・・・・。

 ともあれ、「あんなところで入って!」だとかなんとか眉を顰める「良識的な」温泉ファン共よ、色んなものにがんじがらめになってコチコチに固まったアンタたちには、実は死んだって温泉は分からないし、愉しめないと思うな。


同上。赤い橋が見える。

2009.07.11

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