「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
頑張れ!!(U)・・・・・・湯浜温泉


木々の中、夏の強烈な日差しから遮られた露天風呂。

 願いは虚しく、湯ノ倉温泉「湯栄館」は現地での営業再開を断念したと先日の新聞で報じられていた。

 旅館を水没させている下流の天然ダムの土砂堆積量があまりにも膨大で、無理に除去すると下流に甚大な被害が生じるのだそうだ。あの赤い屋根の建物の素朴で鄙びた風景はもう二度と見ることができない。本当に寂しいことだがそれでも死傷者が出なかっただけまだマシで、巨大な土石流・・・・・・つまり山津波で流されてしまった駒ノ湯に至っては、地震以来丸1年もたった今になってようやく行方不明者の捜索が再開されたばかりだという。余りに現場が危険で近寄れなかったのである。

 昨年、栗駒山一帯を襲った地震によっていくつかの素晴らしい佇まいの温泉が失われてしまった。しかし、中には必死で営業再開に向けて頑張ってるところもある。これまた谷底にある山峡の一軒宿、湯浜温泉「三浦旅館」である。

 幸いこの温泉は建物の大きな損傷は免れたものの、温泉宿としては致命的な被害を蒙ってしまった。揺れで地下の泉脈がどうにかなっちゃったのか、温泉湧出が止まってしまったのだ。巨大地震で温泉が止まった例は過去にもある。日本三大古湯の一つ、愛媛の道後温泉だって千年ほど昔の南海大地震で1年半ほど湧出が止まったと古文書に記されている。ともあれ、温泉宿が温泉出なくなっちゃってはただの宿である。オマケに国道398号線は未だに不通のままでクルマで近づくことはできないらしい。

 70年代半ばくらいまで、ここは湯ノ倉をも凌ぐ究極の秘湯のだったと言われている。国道が未開通だったので向かうには徒歩しかなかったのだが、その距離がハンパなく遠かった。宿のホームページにも出ているから本当の話だろう。片道4時間というからまぁ、八ヶ岳直下の本沢や槍ヶ岳の湯ノ俣クラスのアプローチの遠さだったワケだ。

 時代は下がって随分行きやすくなったけれど、それでも山小屋風の素朴な宿としてその名は温泉好きにはつとに知られていた。

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 2005年、おれ達が訪問した時はもちろん快適そのものの国道を行った。国道脇の駐車場にクルマを停めて山道を行く・・・・・・ったってわずか10分ほどである。
 国道は山のかなり高い所を通っており、谷底に向かって下って行く。下りきったところで川を渡れば道は森に入り急に山道らしく細くなる。ところどころで岩の裂け目からかなり高温の温泉が湧出しており、黒や白の藻のような湯の花がビッシリ貼り付いた流れが道を横切っていたりする。大きな簾が道の端からから差し掛けてあるので覗き込んでみたら、そこが有名な露天風呂だった。思ったより湯船は小さい。

 通り過ぎて森が開けたわずかな平地に旅館はある。近年建て替えられたらしく決して古びたものではないけれど、飾り気のないいかにも山小屋然とした建物だ。前には対岸の国道から物資を搬入するためのものだろう、索道のワイヤーが張ってあって滑車が見える。おれは厳美渓の郭公団子を想い出した。これに乗っかって旅館に行けるようにしたらスリル満点だろうに。

 愛想の良い女将さんに入浴料一人500円也を払い、早速元の道を引き返して露天風呂に向かう。道を下ると、塩ビ波板の粗末な脱衣小屋と周囲をコンクリで固めた小さな混浴の露天風呂がポツンとある。それだけ。どちらもその大雑把さからして、恐らくは旅館の手作りなのだろう。建物もそうだが、ここはあまりコテコテしく演出したり飾り立てたりするのは嫌いなようで、その素朴極まりない佇まいに好感が持てる。
 すぐ目の前は渓谷なのだけれど谷が深いために眺望はまったく開けず、夏の強烈な日差しは木陰を作り、どちらかと言えば森の中の露天風呂といった雰囲気だ。

 早速入ろうとするが、これがもう激熱。「こんなん入れるのダチョウ倶楽部の上島だけとちゃうんか!!」と思わず悪態をついてしまうほどに温度が尋常でなく熱い。なおかつ辺りには水道栓の類が一切見当たらない。川から水を汲んで来ようと目論んだものの、なんぼ小さな湯船とはいえ洗面器が一つしかなくてはぬるめるのにどんなけかかるか予想もつかない。
 ここはもう根性入れて入るしかない。そしてそぉゆう時の鉄砲玉は必ずおれだ。どしたって父は永遠に悲愴なのだ。ソーッと片足を入れる。ジンジン痺れるのを我慢してもう片方、そのままゆっくりとしゃがみ込んでいく・・・・・・ん!?意外に入れるがな、硫黄泉で肌を刺すから実際の温度より熱く感じたのかも知れない。いやいや、やっぱしこりゃフツーに熱いわ。年寄りやと心臓麻痺起こすで。でも、入ってしまうと底の方はまだ我慢できるような気がする。そうだ、たしか対流っちゅうヤツで熱いお湯ほど上に来るんぢゃなかったっけか、っちゅうことは混ぜたらエエねんな・・・・・・。

 ・・・・・・物事が思い通りに運ばないのは世の常とは申せ、それでも悪戦苦闘の結果、結局家族全員なんとかこの熱湯風呂に入ったのだった。まぁ、どんだけ講釈垂れても理屈こねてもやはり熱いモノはどぉしたって熱いワケで、そんなゆっくりと長湯といった状況ではなかったが(笑)。

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 冒頭に書いたとおり、現在、三浦旅館は懸命に営業再開に向けた整備に取り組んでいる。

 宿から近い源泉は枯れてしまったが、主人が小さい頃、山仕事にくっ付いてって入った山中に別の源泉があったことを思い出して探してみたところ、幸いそっちは生き残ってたんだそうな。しかしながら、宿から距離が離れてるのでいくら断熱材を巻こうとパイプで送るうちに湯温が下がるし、湧出量が格段に少ないものだから、従来のように供するのはきわめて困難な状況だという。
 建物の被害はそれほどでもなかったそうだが、ここは冬、たいへんな豪雪地帯であるから、たとえ地震による歪みや傾きが些少でも雪の重みに耐えられなくなる恐れがある。だから補強もシッカリしなくてはならない。あまつさえ頼みの綱の国道はいまだに不通のままだ。それでも彼は必死で補修に精出してる・・・・・・と、いつだったかこれも新聞記事で見た。

 湯浜温泉の将来に幸あらんことを!本当に頑張ってほしい。

 おれみたいなモンが書いたって一体全体なんのお役に立てるか甚だ怪しいものだけど、復興に向けたせめてものささやかなエールとして今回の駄文を贈りたい。


ギャラリーのアウトテイクから

2009.06.08

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