「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
裂石温泉、って何か好き


朝日の当たる露天風呂の屋根の上に登って。

 タイトルがもうそのまま結論なんだよな〜。

 これは言うなれば「刑事コロンボ」とか「古畑任三郎」みたいなやり方。すなわち、最初から犯人分かってるんだけど、どこにトリック崩す鍵があったのかは最後まで見ないと分からない、ってスタイル。それに近いのだが、おれの文章には何よりものすごい欠点がある。

 ・・・・・・読んでる人をアッと言わせるオチとかがまったくないのだ。

 己の浅学菲才を認めにゃならんのは悲しくも情けないことだが、まぁそれは初めから分かってること、どうか呆れずに、いや、呆れられてもかまわないから、最後までお付き合いくださいませ。

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 ・・・・・・で、裂石温泉。

 山梨県の塩山から大菩薩嶺に上がっていく急な坂道の途中、提灯宿の「雲峰荘」という旅館が一軒あるだけの静かなところだ。道路を外れ、鳥居のような歓迎看板をくぐり、路面の穴にはかぶと虫----ではあぶらだこの歌詞だな(笑)----谷底に下った川向こう、斜面にへばりつくようにして川沿いに細長く建物が建つ。青梅街道沿いにあって東京からのアクセスも良く、旅館はかなり繁盛しているようだが、昔の佇まいをしっかり残したなかなか風格のある姿を保っているのには好感が持てる。まぁ、元は地味な鉱泉宿だったのだろう。

 出かけてったのは土曜日だったが、行動開始が早いおれたちはかなり早い時刻に旅館についてしまった。玄関先に吊るされた件の「日本秘湯を守る会」の提灯見て、「まだ時間になってません」だとか何とか、日帰り客に冷淡な対応されるんぢゃないかと一瞬身構えるが、それは杞憂だった。愛想よく迎え入れてもらえた。まずこれで嬉しくなる。

 外来入湯は宿からもと来た橋を渡った対岸、100mほど離れたところにある露天風呂に案内される。内湯に入れないのは残念だが、最近はこの方式のところがずいぶん増えてしまった。
 露天風呂は旅館からは完全な離れになっており、玄関で金払うと大きな木の札のついた鍵を渡されるのが変わっている。あとは時刻を記入した紙切れも。やはり人気があるのだろう。入れ替えをスムースにするためか、あるいはわずかな入湯料で風呂を我が物顔に独占する非常識なバカ共への対抗策か、1時間以内の時間制限があるのだ。いささか世知辛いし、興ザメっちゃ興ザメだが仕方ない。それにおれんちはクダらない長湯はしない方なので、さほど気にならない。

 何に使うものか分からないが2階建ての建物が建っており、その一部が男女別の脱衣場で、出ると混浴の露天風呂になっている。細長い楕円形の浴槽が一つ。巨大な3枚の岩で湯船の一部分が覆われているのだが、大地震でも来たら崩れそうでちょと怖い。奥からはひじょうに熱い源泉がチョロチョロと流れ込んでいる。
 ちなみにここは冷鉱泉・・・・・・まぁ27℃だから厳密にゆうと微温泉である。浴用加熱でそんなに激熱、ってホンマなん?勿体ないんちゃうん?って思われそうだが、たいていの鉱泉は異常に熱く沸かしてるところが多い。特に朝イチで行ったりすると入れないくらいに沸かしてあるケースの方が多い。あくまで気分の問題だけど、おれは鉱泉については熱々の方が何となく清潔感があるように思えて好きだ。

 湯は無味無臭無色透明の柔らかなアルカリ泉。ひたすら清澄。山向こうの雁坂道沿いに点在する川浦を筆頭とする温泉群とも共通する泉質だ。思えば山梨って赤石や増富を除くと、湯に特徴のある温泉はあんまりない。しかし、湯の珍奇さで温泉を語るのは、まぁ全然ダメ、って気はないけれど、ファクターとしてはおれはどうでもいい。

 季節は初夏、午前の陽射しがまぶしい。周囲には木々が高く生え、厳重な囲いもあるため決して眺望が開けるわけではないけれど、独特の開放感がある。この手の風呂によくある東屋ではなく、前述の通り巨岩が差し掛け屋根となっているのも一役買っているような気がする。
 落ち着いて見回してみると、沸かし湯にしては湯船もけっこう広い方だろう。燃料代のかかる鉱泉ではきわめて贅沢な作りといえる。面白い形の雪見灯籠が片隅に立っていて、近頃ではスッカリ見かけなくなったミノムシが沢山ぶら下がっている。昔はそれこそどこでも見かけたものだが、近年、温暖化の影響か、外来種の寄生虫にやられて激減しているのだ。ちゃんと灯籠の灯り窓には障子が入ってるところからすると、飾りではなく、夜には電気が灯るのだろう。それはそれで味わい深いに違いない。

 温泉に飽きた子供たちはミノムシで遊び始めた。ちちよちちよ、とは別に鳴かないけれど、鈍重でユーモラスな動きが子供心にも楽しいらしい。石の上では虹色も鮮やかなトカゲが体を暖めている。煮えたぎるような甲府盆地の夏もまもなくだ。

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 ・・・・・・大体これで、この露天風呂については書き尽くしたことになる。

 いい露天風呂であることはある程度お分かりいただけたものと思う。だが、冷静に考えれば、これくらいの露天風呂は日本中いくらでもあるのも事実だ。小さいけれどあちこち細部にまできっちり手を加え、風流に仕立てられた露天風呂。どちらかといえば、作り込み過ぎだとかなんだとかケチ付けることの方が多い佇まいともいえる。

 なのに不思議なことにおれはこの温泉では、バカみたいに写真を撮りまくった。楽しかったからだ。さらにはここをキッカケに以後、おれは温泉での撮影枚数が従来より飛躍的に増えた。やはりここでの体験がおれの中の何かを変えたのだろう。開放した、と言ってもいいかも知れない。それが具体的に何だったか、っちゅうと、天気やロケーションや旅館の応対やその日のメンタリティが偶然どれも良かった、それだけのことである
・・・・・・それでも、だ。

 裂石温泉・・・・・・とにかく何だか好きな温泉だ。


・・・・・・お、重い!(笑)

2007.11.02

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