「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
果たして野湯なのか?・・・・・・八九郎温泉

 いいアプローチなのである。
 いいロケーションなのである。
 いい湯なのである。

 ・・・・・・しかし、訪ねた日の天候は最悪だった(笑)。

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 ホンマに滝のような豪雨の中、林道を越えて行ったのである。途中、ダートの道はあちこちで川のようになっていた。車高の低い普通車では躊躇うような路面状況だったが、そこはさすがオフロード4WD、グイグイ進んでいけた。普段は鈍重だし燃費は最悪だけど、ここぞという時はとても頼りになる。

 どれくらい走ったか忘れたが、そんなに大した時間ではなかった。道路脇の草叢の中に忽然と現れる温泉は、周囲が析出物でカペカペに真っ赤に染まり、戸板のようなものが一枚転がってる以外、脱衣の設備と思われるモノは一切ない。おれたちはクルマをギリギリにまで寄せ、車内でハダカになった。車外に出た途端、風呂に入ったのと変わらないくらいのズブ濡れ。夏とはいえ雨に打たれると寒い。さらには豪雨にもかかわらず、どこからともなくワラワラと群がってくるアブ。ほんとうに夏の東北の温泉はアブがやっかいだ。

 3畳敷きくらいの湯船の端からは、ぬるめの湯がものすごい勢いで音立てて噴き出している。半端な湧出量ではない。熱くなさそうなので手を突っ込んでみたけど、底にバルブのようなものはなかった。今、「湯船」と書いたけど、その形は大変いびつでこれ自体も、自然にできた湯溜まりのようにも思えてくる。何ちゅうか、あまりに完璧な野湯である。

 しかし、何でこんなすごい素性の温泉がこの付近に何ヶ所も手付かずのまま残っているのか?林道を数キロ上がるとはいえ、そんなに人里離れたところでもないし、この豊富な湯量であれば、ちょっとした温泉地ができたってちっともおかしくない。それでなくたって村おこしとかで、無理やりボーリングして日帰りスパとかこしらえてる町は日本中いくらでもあるのに・・・・・・
 そんな疑問がアタマをよぎったが、あまりの雨脚の強さと執念深いアブの攻撃に、落ち着いて物思いにふける余裕もなかった、というのが正直なところだ。何枚か写真を撮るとおれたちは走ってクルマに逃げ込み、着衣ももどかしくその場を立ち去ったのだった。

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 秋田県は小坂町北方の八九郎温泉・・・・・・奥とか奥々とか奥々々とか、まぁ一帯には分散していろいろあるみたいなんだけど、めんどくさいので一括りに八九郎温泉としておく。ここ、温泉好き、それも秘湯マニア、野湯マニアといった方々にはつとに有名である。いや、ケチつける気はない。うわさに違わずいい温泉だった。

 しかし、だ。

 帰京してからも、おれには前段で書いたとおりの疑問が残っていた。あまりにもできすぎやで、みたいな。

 最近になってやっとその謎が解けた。実はこの温泉、鉱山の坑道の通気口に噴出しているものなんだそうな。すなわち鉱山が廃坑になり、打ち棄てられた坑内に元々湧出している温泉があったのがいつしか坑道を満たし、そして水圧で地表に穿たれていたその穴から噴き出したものなのである。通気口ゆえ、1ヶ所にまとまらず、ある程度の間隔を空けて作られるものだろうから、ああして点在しているのも合点が行く。

 なるほど小坂と言えば、かつては銅だけでなく、金・銀・鉛等も産出した国内屈指の大鉱山であった。おれの記憶では、かなり最近まで実際の採掘も行われていたような気がする。そんな関係で設備もそれなりに新しいのだろう、閉山となった今でも一部の精錬施設は残り、現代の希少金属の鉱脈と言われる携帯電話をはじめとする電子機器類を鋳溶かして再生してるらしい。何でも地面掘るよりよっぽど品位が高いんだそうな。そぉいや鉱山鉄道総崩れの日本にあって、ここにはまだ長大な専用線も残っていたはずだ。

 そんな鉱山と温泉は切っても切れない関係にある。

 例えば常磐湯本のスパリゾートハワイアンズ----っちゅうより昔ながらに「常磐ハワイアンセンター」と読んだ方が似つかわしいかも知れない----映画「フラガール」を見られた方はご存知だろうが、ここは常磐炭鉱の坑道から湧いてた湯を活用したものである。
 あるいは伊豆や北薩摩方面の温泉には元は金鉱だったところがいくつもある。金鉱脈は熱水とともに形成されるらしいから、金鉱山の近くにはたいてい温泉がある。北海道にもあったかな?土肥のお寺の境内にある「まぶ湯」など、そのものズバリの名前だ(間歩は坑道の意味)。硫黄や白土鉱山については今さら言わずもがなだろう。

 ただ、富国強兵政策の中で次々と開削・あるいは近代化を進め増産を図った鉱山にとって、温泉なんてモンはただもう邪魔者に過ぎなかった。そもそも温泉と呼ばれもしなかった、と言った方が正しかろう。ミもフタもない言い方すると「坑道からの出水」である。そんなもんはとっとと汲み上げて、鉱石類を採掘することが何より重要だった。
 それが戦後、鉱脈が枯渇したり、あるいは外国産に押されて採算が合わなくなって、軒並み閉山の憂き目にあう中で、必死の町の生き残りをかけてようやく温泉の活用が始まったのである。まさに「フラガール」のように。

 そんな状況からすれば小坂は、そりゃぁ最盛期の賑わいはもはやないにせよ、まだ精錬事業に特化して頑張ってる方だろう。未だ鉱山町なのである。

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 あくまで想像だけれど、この温泉が山中に打ち棄てられていることが何となく分かる気がする。ここは未だにあくまで「鉱山施設」の一部なのだ。それをもし温泉として正式に営業するとなると、いろんな法的規制もクリアしなくてはならない。有害物質が含まれとりゃせんか?建物こしらえるなら地盤はどうだ?上水道はどうだ?排水施設はどうだ?etcetc。
 個人が作るならともかく、マトモな法人であるほどその辺はお上から厳しくチェックされる。ましてや鉱山会社は歴史的に見て各種公害の元凶となったことのある、いわば「前科者」である。よほどその辺はキチンとやらねばならない。したがって、ここが垂れ流しのままになっているのには、それなりのワケがあるに違いないと思うのだが、いかがだろうか?

 あれこれ書いたがそろそろ結論だ。野湯の定義が何かおれは知らない。そもそも野湯なんて、一部のマニアだけがヤイヤイ言うてるだけに過ぎないのだから、よしんばあったところですごく狭い世界で作られてるに違いないのだし・・・・・・で、この八九郎温泉、おれ的にはホンモノの野湯か否かっちゅう点では、何だかちょっと「?」がつくような気がする。

 それはともかく、あの温泉の地下深く、かつての日本の産業を支えた巨大鉱山の坑道が縦横無尽に走っており、その真っ暗なトンネルは膨大な量の湯で満たされている・・・・・・その様子を思うと、なんとも不気味なようでもあり、ユーモラスなようでもあり、そしてどこか哀しい。
 

2007.10.19

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