「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
長閑な隠れ里の湯・・・・・・湯ノ花温泉


最初の訪問のとき

 地球空洞説、ってぇー珍説がかなり古くからある。ユートピア幻想と重なる点が多いのが面白い。

 曰く、飛行機で北極近くを飛行中、巨大な雲の中に巻き込まれて命からがら抜け出たと思ったらあーら不思議、北極近くの雪と氷に閉ざされた世界を飛んでたはずなのに、下界には花が咲き乱れる穏やかな世界が広がっていた。しかしコンパスは相変わらずあらぬ方向を指し、再び眼前に広がる巨大な黒雲・・・・・・

 「花が咲き乱れる穏やかな世界」ってアータ、今時こんな陳腐なイメージ、怪しげな新興宗教の謳う天国だってもうちょっとは高等だろうと思うが、それはさておき、いずれにせよユートピアはとんでもなく隔絶されたところにヒッソリとあって、常春で、長閑極まりないモノと相場は決まってる。桃源郷伝説だってそうだ。世界中のユートピアには多かれ少なかれ同様の、ひどくイマジネーションに欠けた平和のイメージと、そこへたどり着くまでの険しさが付きまとい、そしてそれ自体、ユートピアの不在を如実に実証してる。

 このことが、地獄のイメージが異様に精緻で具体的なことと対をなしているのは、おれが指摘するまでもないだろう。寂しいことに幸福はダウナーで、不幸はアッパーなのだ。

 地球空洞説が、奇天烈な空想の産物であることは今さら申し上げるまでもなかろう。今時信奉してるヤツがいたら、間違いなくアホである。しかし、これが事実であることの根拠に、極地の部分がポッカリ黒く抜け落ちた人工衛星の写真が引用された時代がかつてあった。ガキだったおれもスッカリ騙された。

 種明かしするとこの写真、極地の上に静止した衛星から自転する地球を何回かに分けて撮影したものを、太陽の当たってるところだけ切り取って丸く貼り合せたもので、極地の部分が黒いのは、単にそこがずっと「夜」だったからなのだ。

 それよりなにより、地球が空洞であるわけがない。空洞なら温泉が湧けないではないか。

 ・・・・・・うわわわ、ムチャクチャ最初から話がハズれまくってしまった。飲むとキーワードだけでつながった支離滅裂の展開になるなぁ。

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 さてさて、湯ノ花温泉。同じ名前の温泉は日本にいくつかあるが、今回取り上げるのは、福島県・南会津の湯ノ花温泉だ。

 檜枝岐に向う道と帝釈山に向う道が分岐するあたり、川沿いの集落にいくつかの共同浴場と旅館や民宿が点在するのだが、ちょっとマイナーな存在ではある。有名なことでは、この奥にある木賊温泉なんかの方が一般的には良く知られてるのではなかろうか。場所が分かりにくいわけでもなく、佇まいもわざとらしくない程度に鄙びており、湯量も豊富、泉温も高めなのに、だ。

 その理由を愚考するに、風景があまり平凡で特徴がないからだろう。南会津は山がちなところで、今でこそ鉄道や道路が整備されてずいぶん行きやすくなったけど、割と最近までは一旦北上してから回り込むようにして向うしかなく、アプローチだけでも大変なところだった。だからこそ平家の落人伝説なんてーのも生まれたわけだが、そんな南会津にあって、このあたりだけが急に開けて盆地になっており、田園風景が広がっているのだ。

 月並みで申し訳ないけど、ここには「隠れ里」という言葉がとてもよく似合うように思う。形容詞ももちろん、「うららか」とか「長閑」とか「のんびり」とか・・・・・・まぁレイドバックしたヤツだな。しかしそれは冒頭で述べたとおり、ダウナー系だ。マリファナだ。トロトロだ。冬、雪の最中に行けばまた、印象も変わるのだろうけど。

 ・・・・・・ああ、ようやっとイントロと話がつながってきたぞ。

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 そんなこの湯ノ花温泉に、これまでおれは2回立ち寄ってる。どっちも時間が押す中でだったので、入ったのは橋のたもと、天神湯っちゅう、小さなログハウスみたいな無人の共同浴場だ。道路から一段低くなって、半地下のように見える。お金は入口の横の筒に入れるようになってたと思う。内部はそのままに、外側の建物だけを近年建て替えたものだろう。

 入口の扉を開けるといきなり狭い脱衣場で、その奥が混浴の小さな浴室となっている。湯船は大小二つあって、小さい方は子供でも2人入れば一杯の驚くべき小ささ。ひょっとしたら洗濯場なのかも知れない。湯は無色透明で高温、青いビニールホースからじゃんじゃん水入れる。
 室内は湯船や床、壁の途中も含めて全面コンクリート素塗りで、殺風景っちゃ殺風景なのだが、隅々まできれいに掃除が行き届いてるのは、地元の人が大切にしてる証拠だろう。掃除道具もキチンと整頓されて並べられているのは、見ていても気分が良い。窓を開け放つと川が目の前を流れ、ついでに赤い欄干の橋もすぐ横を通ってる。通行人から丸見えだ(笑)。
 あくまで何となく、だが、九州の温泉地で見かける共同浴場に雰囲気が近いように思った。

 以上で、ここで見聞したことは大体書き尽くしたことになる。要はそれくらいささやかな所なのだ。いつもそこから帝釈山を越えたいと思うのだけど、この林道はがっちりゲートが閉ざしてあって未だ通り抜けられないでいる。ちなみにここには高層湿原があってそれはそれは見事らしい。

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 ホント、我ながらしつこいけど、何度でも言いたい。

 平凡な風景はとても貴重なものだ。喪われたことさえ気付かれないような平凡な風景、それが湯ノ花温泉には残っている。

 そんな気がする。

 ・・・・・・ああ、ここで止めておけばフツーに余韻もあるのだろうが、謎解きが一つ残ってるのを忘れてた。何で冒頭に「地球空洞説」なんてややこしい話をおれは持ち出したのか?
 実は深い訳などない。単にこの辺を走ってるときに、何となく地球空洞説のことを考えてたことを、本稿を書くに当たって思い出した、それだけのことだ。
 思わせぶりに書いてゴメンなさい。
2006.07.13
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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