「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
書かん方が良かったかな?・・・・・・古城鉱泉


看板らしきものはこれだけです。

 犬目宿は上野原〜猿橋間で大きく北側に巻いている旧甲州街道沿いにある古い宿場町だが、明治以来、鉄道や国道が谷沿いに発達したために、今はそうと説明されなくては分からないようなちょっと寂れた山あいの集落だ。おまけに昭和40年代に大火で多くのの家が焼けてしまったために、往時を忍ばせるような佇まいもあまり残ってはいない。
 実は関東にお住まいのみなさんなら、犬目を一度ならず通ったことはあるに違いない。しかし、おそらくほとんどの方が気づいてはおられないだろうと思う。中央道の上り線側の談合坂PAの入口の辺が、ちょうど犬目の集落の下あたりなのだ。
 この何の変哲もない犬目宿に辿りついたときの印象を、つげ義春はかつて旅のエッセーに書いた。傑作と言われる「猫町紀行」がそれである。彼が訪ねたのはおそらく大火の前だったと思われる。

 さて、その集落から谷に下っていく途中、小学校の隣に一軒宿の古城温泉はある。正しくは「扇山の古城温泉」っちゅうらしい。玄関にそう書いてある。遠くに大野ダムの人造湖が見えてナカナカ景色も良い。といっても特に大きな看板も出ておらず、見た目もまるで民家なので、初めて訪ねたときは、こんなフツーに道路沿いにあるとは思わず、ずいぶんと迷ってしまった。

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 ここのことをこれから記すワケだけど、書こうかどうしようかずいぶん逡巡したことを最初に述べておきたい。いや、悪く書こう、っちゅうのではない。全く逆だ。でも、書くことで万一たくさんの人が訪れるようにでもなってしまうと、ここの場合、その良さは全て失われてしまうようなものだからだ。
 いつの間にやらおれのサイトも、アクセスが毎日1,000を優に超すようになってしまっている。まかり間違って大挙して人が押し寄せたらかなわんもんな・・・・・・って、「オマエ、ギャラリーの方でとっくに上げといてよぉヌケヌケゆうな〜」とお叱りを受けそうだが、どうにもその辺の感覚が古いおれとしては、文字に起こすことの方が何だか影響力のある重大事にどうしても思えてしまうのだ。スンマセン。

 ほら、よく「秘密にしておきたい××」とか「とっておきの××」な〜んて、くだらないキャッチのガイド本ありますやん。これまでは「ホンマに秘密にして置きたいんやったら本にせんとけよ!ボケ!」って思ってたんだけど、いざ悩んでみると不思議に逆立ちした理屈が生まれてきた。「他のヤツがしょーもない宣伝する前に、ワシがキッチリ書いてこましたる!」みたいな(笑)。
 我が能力を省みることができず、ここで沈黙を守れないのが、おれの俗物たる所以なんだろうが、とまれ、そんな煩悶があったことだけはご理解いただいて、まぁ、あまり軽々にゾロゾロ出かけないでくださいな。

 えらく前置きが長くなってしまった。

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 初めて訪問した時、事前に連絡してなかったために湯は湧いていなかった。入れないんなら仕方ない、と早々に辞そうとするのを止めてオバチャンは、おれたちを母屋の裏手に新築された離れの座敷に招き入れてくれた。本業はどうやら建築・造園業らしく、作るのはお手の物なのか、裏は真っ白な小石を敷き詰めた中に、桧の色も真新しいものすごく立派な離れ座敷がある。3部屋あってそれぞれが独立しており、渡り廊下でつながっている。一番大きいのは3方が廊下で開け放てるようになってて、何だか能舞台みたいだ。これまた新しいカラオケセットが置かれてるところからすると、ここで宴会とかやるのだろうけど、でも、宣伝もしないでお客さん集まるのかしらん?
 おれたちにはお茶、子供たちにはポカリスエットを出して、オバチャン、ちょっと風呂の方間に合うかどうかやってみる、と言い残して出て行った。

 TV観ながら所在無げにゴロゴロすること待つこと20分、戻ってきたオバチャン曰く、「風呂も最近作ったばかりでまだちょっと散らかってて、やっぱり片付け切れませんでした」とのこと。よく事情が飲み込めないまま、とにかく再訪を確約しておれたちは帰路についたのだった。
 いきなり知らん家に立ち寄ってジュースだけ飲ましてもらって出て行くようなもんだな、これって(笑)。

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 一宿一飯の恩義は果たさねばならない。

 事前の電話も入れた。オバチャン、前年の訪問の話をするとスッカリ忘れている様子だった(笑)。こっちはそれなりに気合入れてるとゆうのに、ちょとトホホやな。

 今回もまた座敷に案内される。荷物はそこでいいから、ってコトですぐに浴室へ。浴室は座敷の一つと思ってた離れだった。すなわち、2部屋と浴室が渡り廊下でつながるという、ちょっと他に類例のない構造である。
 浴室もまた不思議な造りだ。細長い浴室の3方が座敷同様大きな窓になってて眺望は抜群・・・・・・って道路沿いだから外からも丸見え(笑)。何より漆喰の土壁で木の柱っちゅうのが風呂らしくない。部屋がいきなり風呂になったみたいだ。天井の梁なんかも太く、鉄平石もふんだんに使われ豪勢なワリにカランの数が少なかったりするのも、いかにも自家製な雰囲気を漂わせている。
 湯船は中央の窓よりに1畳半ほどのがあって、中の鉱泉水はわずかに土色に濁る。効能書が見当たらなかったところからすると、規定泉ではないと思われる。
 オバチャン、しきりに湯をかき混ぜながら、熱かったら水入れてくださいと言ってたが、適度に、いやかなり温い。おかげで落ち着いてユックリ入ることができた。

 上がると座敷にお茶とまたもやポカリスエットが用意されてあった。オマケにお茶うけに紅葉饅頭。広島名物がナゼここに、って感じで楽しい。さらにはバナナも持ってきてくれる。せっかくの好意を無にするのもどうかと、頑張って食べようとするが、実は昼にとんでもないモン食った後なのでどうにも手が伸びない。
 申し訳ないな〜と思ってるところに、今度はオバチャン、自家栽培という椎茸をビニール袋いっぱいに持ってきてくれたのだった。

 「今度は泊まりに来ます」と言って、おれたちは古城温泉を後にしたのだった。

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 誤解の無いように申し添えると、モノくれたから絶賛しているのではない。

 おそらくこの鉱泉、それほど訪問客が多いとは思えない。休日でも事前に言っとかないと湯が入ってないことからもそれは明らかだ。平たく言えばマイナーなところだ。それに前述の通り、本業が他にあるみたいで、ムリに旅館経営に励まなくても十分やって行けるみたいだ。豪勢な離れと、玄関のガラス戸以外全く看板らしきものが見当たらない商売っ気の無さの間のギャップは、つまりはそういうことだろう。

 オバチャンは来客がただもう嬉しかったのだ。だから、一生懸命もてなしてくれたのだ。紅葉饅頭だってバナナだって、言葉は悪いがたまたま家にあったものだろう。しかし、そんなありあわせでも何でも、来た人に歓待の意を表して、振る舞って、もてなす。そこに何がしかの見返りを求めるような私心はない。それが接客の原初の形だろう。おれはそこに感動したのだ。
 しかし、それが生業となってしまうと、どうしたって色んな夾雑物が入り込んで来ざるを得ない。あざとくならざるを得ない。商売である以上、それは仕方のないことだ。見ず知らずの客と盆で帰省してくる孫は違うのだから。
 つまり、オバチャンの歓待は、商売としての採算性からするとちょっと間違ってるっちゃ間違ってるし、もし、ひっきりなしにお客がやってきたりするようになれば、到底維持できないことでもあろう。ま、ヒマだからやれること、といえば分かりやすいか。

 だから、これ読んだみなさんが同じような体験を求めて訪れれば訪れるほど、求めるものが喪われていくことは間違いないと思う。


明るい浴室全景。そりゃこの湯船の大きさぢゃ、そんなすぐに沸きません(笑)。

2006.06.25
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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