「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
分かりにくさは天下一品・・・・・・鶴鉱泉


ホント、商売っ気が感じられない。

 鶴鉱泉「つるや旅館」は一見、ただの民家である。

 中央道・上野原ICから大きな谷を挟んだ対岸の村にあるこの鉱泉・・・・・・って、え?まったく看板とかあらへんやんか。名前からしても、また地図の温泉マークからしても、この鶴島って地区にあるのだろうが、これがもう何てことない河岸段丘上にできた平凡な集落で、まったく鉱泉の存在を感じさせるような手がかりがない。

 途方に暮れたおれは、通りかかった老人に道を尋ねた。回答はゴニョゴニョとサッパリ要領を得ないものだったけれど、とにかくこの集落内にあってちゃんと営業してることだけはたしかなようだ。道は恐ろしく狭く、クルマ一台が通るのがやっとで、おまけに迷路のように曲がりくねっている。そんな中を分からずに難渋していると、もう少し若いおばはんが歩いてきた。
 結局はその説明も何だか良く分からないものだったのだが、なんでも火の見櫓のトコから山の方に上がってすぐとのコトだ。その言葉を信じて上がると、まるで民家な鶴鉱泉、今度は呆気なく見つかった。古い民家ならともかく、まだ新築されてさほど間がないきれいな家である。

 ・・・・・・しかし、留守だった。庭に紫陽花の花が一面に咲いていて美しい。昨年のことだ。

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 今回は周到にあらかじめ電話を入れといたので間違いはなかろう。

 客足の乏しい零細な冷鉱泉では燃料代もバカにならないことから、お客さんがないとき、お湯を沸かしてないケースがあるのだ。だから飛び込みで行くと断られることがままある・・・・・・っちゅうか、昔に比べて増えた気がする。電話に出たオバチャンの声の感じは、入浴だけの客なのに特段嫌がる風もなかった。気分良く入らせてくれそうだ。

 相変わらず道は分かりにくい。しかし、おれは一度通った道をなかなか忘れないのが特技だ。迷うことはなかった。ただ、途中、かなり注意深く電信柱や辻を見ながら上がってきたにもかかわらず、ついぞ道案内の看板らしきものは一つも見当たらなかった。まったく宣伝してないのだろう。

 訪問時間を告げてあったので、すぐに風呂に案内された。玄関を上がって突き当りが浴室。まるでこれも家の風呂のような入口。それでも小さな成分分析表が掲げられてあるのがわずかに鉱泉であることを物語る。家の風呂だけに、男女別には分かれていない方が当たり前か(笑)。
 脱衣場も浴室も、無論、我が家のマンションのユニットバスよりは広いものの、ちょっと大きな家の風呂に毛が生えたくらいの大きさ。加えてポリバス。蓋を開けると、ほとんど熱湯のように沸かされた湯がなみなみと入っていた。脚も入れられない熱さだ。ガンガン水でうめて家族で入ると、洗い場があふれるんぢゃないかというくらい湯がこぼれる。寒さもあって狭い浴室の前が見えないぐらいに湯気がこもった。

 眺望の効かない窓から外を見ると、狭い路地に椎茸のホダ木がずらっと並んでいる。泊り客の料理にでも出すのかもしれない。一段高くなって隣の家も見える。ホント、知らん人の家の風呂に入らせてもらってるような気分だ。

 ・・・・・・これで大体、浴室の描写は終わり。タイヘンなんっすよぉ〜!狭くて何の変哲もない風呂について書くのは(笑)。

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 それにしても一体全体、どぉゆうお客さんを相手にここは商売しているのだろう?

 近隣の宴会場としては小さすぎるし、そもそもマイクロバス等ではここまで上がって来れない。家の前は駐車場っちゃ駐車場だが、そこにはここの家のおそらくは息子のクルマだろう、かなりあちこち金かけてイジったBMWがドーンと置いてある。有名な山の登山口ってワケでもないし、近所に古刹があるワケでもない。名物料理の類もなさそうだ。
 オマケに効能書きには「療養泉には該当しない」などとご丁寧に書かれてある。

 単なる憶測で申し訳ないが、ここはかつて村の共同風呂としての役目を担っていたのが、そのまま現代に残ったのではあるまいか。以前も書いたけど、水道が整備されるまで、家に風呂があるっちゅうのはたいへんなことだった。水はまず農作のため、飲料のためのものであり、薪炭はまず調理や暖房のためのものだったのである。ましてやここのように川からずいぶん高い台地に開けた集落では、井戸を掘ろうにも大変な苦労が付きまとったはずだ。

 当たってるかどうかは知らない。

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 鶴鉱泉「つるや旅館」は一見、ただの民家である。

 しかし、だからこそ、その平凡な佇まいをおれは愛おしむ。これからもずっと、村の奥にヒッソリとあり続けて欲しい。


湯気で真っ白の浴室。

2006.05.27
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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