「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
キャンプ場だけやおまへんで!・・・・・・道志温泉


ちょと埃っぽいが巨岩の配された浴槽。ギャラリーとは別のショットで。

 道志渓谷はおそらく日本で一番キャンプ場が密集した地域だろう。首都圏からも近く、抜ければ富士・山中湖方面に出ることができて足場としても良いせいか、到るところがキャンプ場となっている。気になって地図上で勘定してみたら流域には実に27ヶ所も点在した。ひょっとしたらリストアップされてないところもあるかもしれないので、実数はもっと多いかもしれない。おれもその内のいくつかに泊まったことがある。
 さて、キャンプ場の多いところにはたいていの場合、クアハウスタイプの日帰り湯があるケースが多い。キャンプ場と一体になっている場合もある。事実この辺りにもそんな施設が数ヶ所ある。申し訳ないけど、ありていに言ってどれもまぁ、どっちゃでもいいような施設だ。

 つまり、温泉地として考えた場合の道志渓谷は、どうにもつまらないトコなのである。

 ・・・・・・ところが、そんなところにポツンと唯一無二の秘湯があるのだ。

 今回は・・・・・・いや、今回もまたまた山梨で申し訳ないけど、この道志渓谷の素晴らしい旅館についてちょっと書いてみよう。

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 とは申せ、別段アプローチがむつかしいわけではない。道志の集落の中心あたり、キャンプ道具を満載したRVやツーリングのバイク集団が次々と行き交う川沿いの道路に面してフツーに立っている。名を「日野出屋」というこの旅館、これまであまり取り上げられることがなかったのは、どうやら温泉が規定泉になっていないことや、温泉宿としてではなく釣り宿として宣伝してきたためではないかと思われるが、その佇まいは「秘湯」と呼んで差し支えないのではないか、って思う。

 外観こそあまり古さを感じさせないが、館内に入ると建物が相当の年代を経たものであることがよく分かる。黒光りする木の梁や柱、現代人の体格からすると幅の狭い廊下と低い天井・・・・・・それらが昨今の観光旅館の民芸調に仕立てられたものと違う印象を与えるのは、作られたものでないことに加え、いささか雑然とした生活感によるところも大きいだろう。
 廊下の突き当たりにある浴室は一つだけで、どうやらこれは近年建て替えられたものらしい。混浴っちゅうより先客がいたら待つタイプ。建物の裏に山が迫ってるので、これ以上広げることができなくて、このような形式になったものと思われる。
 ちなみに川の向こう岸には露天風呂もあるのだが、おれたちが訪問したときはあいにく入れなかった。泊り客専用なのかも知れない。

 浴室は20畳ほどあって、壁際に巨岩を積み上げた岩風呂は半分くらいを占めており、家の風呂に毛の生えたような鉱泉宿が多い中にあって意外にも広かった。湯温低下を防ぐためにウレタンマットがビッシリ浮かべてあるのはお約束と言っていいだろう。
 泉質は何だかよく分からない。成分表も掲示されてなかったような気がする。ま、どぉでもいいことなんだけど、若干泥っぽい色の付いた湯だったから、何がしかは含まれているものと思われる。

 しかし佇まいは良い。浅めの湯船に寝そべってボーッとしていると、ここが都内から数十キロしか離れてない場所にはとても思えず、東北の山あいの温泉宿にでも来ているような錯覚に陥る。子供たちは積み上げられた岩によじ登って遊んでいる。石には詳しくないのでよく分からないが、色んな銘石が組み込まれてるという説明がある。洗い場の鏡のところに川魚のレリーフがあったりするのはいかにも川釣り客相手の旅館、って感じだ。こんなに川沿いにキャンプ場が立ち並ぶのに、それなりに釣果はあるらしい。

 残念ながら眺望は開けない。窓はあるのだけれど、すぐ下の道路をそれこそキャンプ道具を満載したRVやツーリングのバイク集団が次々と行き交うのが見えるだけだ。外に出るドアがあって、ムチャクチャに狭い露天風呂も併設されているのだが、湯は入ってなかったし、よしんば入ってたところでクルマの音がうるさく、あまり落ち着いて入れる雰囲気ではなかったろう。

 ・・・・・・とまぁ、何のギミックがあるわけでもなく、以上で風呂の説明は終わり(笑)。
 いっつも書いてることだが、このようなスーッとした平凡におれが感動したことが、いざ文章に起こすと1/10も表せていない。う〜、実に歯痒い。いやホンマ、良かったんですよ!いい佇まいやったんですよ!とアホみたいにベタに述べちゃった方がいいのかな?

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 風呂上りに大広間で休憩する。洗練を求めず丈夫一点張りでこしらえられたような田舎造りの太い柱、そういえば室内は柱だけでなく格子天井や板壁に到るまで全てが黒い。そんな中で囲炉裏の周囲は長年煤で燻されたためか、全体がヤニで飴色のツヤを放っている。上には藁を巻いて作った梵天があって、乾ききって煮干のようになった鮎が刺さっていた。演出のためではなく、単に焼いて刺しておいたのが忘れられてそのままになってるのだろう。炭の入った大きな紙袋なんかが無雑作に壁にもたせかけてあるのも、生活感が漂ってていい感じ・・・・・・って、単に片づけが悪いのかも知れないけど・・・・・・あ、そぉいや風呂の岩も埃っぽかったっけ(笑)?

 壁に組み込まれた茶箪笥の埃をかぶったガラスの中には全国各地の土産物、たしか瀬戸大橋かどっか吊り橋のワイヤー、なんて不思議なものも飾れてた気がする。全然旅館らしくない。なんか田舎の家に来たみたい。
 鴨居には目を疑いたくなるほど巨大な魚拓や有名人のサイン入り色紙がずらりと並び、元々この家にあったものなのか演出のために買ったのかにわかに判断しがたい古道具は床の間に・・・・・・書いてるうちに何だかゴチャゴチャした雰囲気ばかりが強調されてきたな(笑)。

 いや、ま、そのぉ〜実際、一部の隙もなく磨き上げられ、整理整頓されてなかったことは事実だけど、その適度な散らかり方みたいなものが古い建物の現役感となって心地よかったのも事実だ。よく古い農家を移築したりなんかして民族資料館や記念館となっている例を見かけるが、ブツは本物であるにもかかわらず全体にはどうしてもウソ臭さが漂っている。それは、そこがすでに人間の住む場所としては終わってしまって抜け殻となっているからだ。
 人だってそうだ。人形と違って汚穢の部分を持っているからこそ人間は美しいのだ・・・・・・。

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 そんな物思いにふけりながら、おれはけっこう長い時間広間に転がっていたようだ。いつもはイラチなおれがまず立ち上がるのに、珍しく家族に促されて、おれは宿を辞したのだった。
 


足許の青いのは湯温低下を防ぐためのウレタンマット。これも別ショット。

2006.05.09
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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