「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
ほとんど水・・・・・・大塚温泉


二度目の訪問のとき、モデルはおなじみtヨメのHer/L/Bちゃん(仮名)

 世間的に温泉の格は泉温で決まる、と思われているフシがある。

 例えば他人と放している途中で温泉の話題が出たとする。

 --------・・・・・・・あの辺、って温泉あるような場所だったっけ?
 --------いや、鉱泉なんで沸かしてるトコです・・・・・・と、おれ。
 --------(明らかに失望した様子で)なぁんだ〜沸かしか〜。
 --------いや〜、鉱泉ってアジあっていいんですよ。
 --------やっぱでも温泉は熱い湯が湧いてる方がいいな〜。
 --------・・・・・・・。

 まぁ、たしかにおれも高温の湯が湧いてるのにはエキサイトする。いかにもマグマの活動がそこから吹き出しているように思えるダイナミックな景観には、ある種の爽快感がある。でも温泉の味わいがそれだけとは思わない。温度や成分の濃さにばかりとらわれてるのは、いかにも現代的な「デジタル評価バカ」なのではあるまいか。

 さてさて、冷鉱泉とまでは行かないものの、人肌程度の僅かに温かい湯の温泉も各地にはある。微温泉、なって呼ばれ方をすることもある。不思議なことにチビチビ湧いている例は少なく、どこも大量の湯がダバダバと出てるのがほとんどで、泉温にちなんで「奴留湯」、「微温湯」、「温湯」などと名づけられているところもある。あまり泉質に特徴のあるところは少ない。大抵は無色透明無味無臭、弱アルカリくらいできれいなサラッとした湯のところが多い。
 何せぬるいもんだから、よほど長時間入らないと暖まらない、っちゅうか何時間入ってもまったくのぼせない。このため、水蒸気のマイナスイオン効果も加わってか、効能に精神疾患系の鎮静効果を挙げるところが多いのも特徴である。なるほど、ほとんど水に近い湯で半ばまどろみながらゆったりする行為には、胎内回帰願望を充足させる羊水的なリラクゼーション効果があるのかも知れない。そぉいやエステとかに人工的な羊水体験マシンがあるそうだが、同じようなモンだろう。

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 群馬は中之条の町から北東に数km、国道から離れること数百m、山裾に広がるこれと言った特徴のない村外れに、一軒宿の大塚温泉「金井旅館」はある。大きな看板は出ておらず、道順もあまり分かりやすくはない。建物にしたってモルタルの2階建ての平凡極まりない、民家がやや大きくなっただけのような地味なもの・・・・・・つまり、元来は近郷近在の農閑期の湯治がメインだったと思われる典型的な「村の湯」だ。
 湯殿は宿から一段下がった別棟になっており、さらにその向こうには、田んぼを葦簾囲いにしたいかにも手作りっぽい露天風呂もある。庭木もけっこう手入れされており、別段豪華ではないけれど、大切に使っていることが伺える。

 内湯は脱衣場こそ男女別になっているが、内部は一つで、浴室のほとんどを大きな湯船が占め、洗い場が狭いのは、古い湯治場の形式を保っている証拠だ。壁には大きな効能書きの看板に加え、長時間の入浴の無聊を慰めるためか詰め将棋のお題の紙が何枚か。隅っこには後からこしらえたものらしい小さな加熱浴槽。

 ・・・・・・こうしてちょっと記述しただけでも賢明な読者の皆様にはすでにお分かりかと思うが・・・・・・っちゅうかタイトルとマクラですでに分かってはおられるだろうが(笑)、ここのウリは低温泉である。稚拙な手書きの看板にも「ぬる湯 34.2℃」と大きく書かれてある。体温よりちょっと低いだけだから特別冷たいってコトもないが、一旦入るとナカナカ出るタイミングが掴みにくい。壁際には巨岩が積まれ、上部から源泉が音を立てて大量に落下している。

 初めて訪問したのは5月の頃だったが、それでもかなり冷たく感じた。最初に加熱浴槽でしっかり暖まってからでないと入る気になれないくらいの温度、と言えばお分かりいただけるだろうか。画像ではおれたちしか写ってないが、しばらく入ってるうちに浴客が増えてくる。たいていはジーサンだが、湯浴み着を着たちょっと目の据わったオバハンが入ってきて、入った後、身じろぎもせず一点を凝視しているのは、やはりぬる湯の効能ゆえだろうか。効能書の一番最初には「ヒステリーおよび神経衰弱特に頭部充血傾向あるもの」ってあったもんな。
 浴室の隅にトイレがあるためか、何となく室内全体が便所臭いのはいささかいただけなかったが、いかにも静かな湯治場の雰囲気が残っているのは嬉しい。場違いなのはむしろおれたちの方だ(笑)。

 露天風呂の方はしかし、さすがに冷たすぎて入れなかった。何となく一つ忘れ物をしたような気持ちでおれたちはそこを後にした。

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 あまりインターバルを空けずに同じ温泉を再訪することはないのだけれど、この直後、悪友のtと2人で栃木方面の温泉に出かけた。戻ってしばらくすると、彼のヨメが何でアタシも連れてってくれんかったん、と言ってると聞かされた。

 --------わしゃ温泉はみんなで入るのんしかイヤやで。
 --------いや〜、ヨメ全然それでかまんゆうてます。
 --------ホンマかいな〜!?
 --------はぁ〜。

 ならば、ってコトで8月、再びおれたちは大塚温泉を訪ねた。ここなら入りやすいし、関東越してきて以来、水が変わったせいかアトピー気味だという彼女にもいいかも知れないと思ったのだ。相変わらず温泉はほとんど水のぬるさだったが、盛夏の真っ最中ということもあり、今度は露天風呂もむしろ快適だった。
 彼女の物怖じしない脱ぎっぷりは大したもんで、ダンナの方が逆にアセッてるほどだ。おれたちも要らぬ気を遣わなくて済んだ。夏の朝の陽光の下、おれたちはけっこう長くそこで過ごしたのだった。

 ちなみにさらに後日談がある。この旅行の後、tヨメのお肌は快方に向ったそうな。まぁ、この時はいくつも入ったので、どれが効いたのかは分からないけれど・・・・・・(笑)。
  


浴室内部。右側が加熱浴槽

2006.04.30
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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