「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
歪みの美しさ・・・・・・古寺鉱泉


指に止まったトンボ越しに見る建物

 巻貝の渦巻きは数式化されるほどに幾何学的に完全な対数曲線を描いているらしい。ヒトデの五茫星の形もまた完璧な五角形。鉱物結晶の精緻な多面体や成層火山の描く見事なカテナリーカーブ・・・・・・例を挙げだすときりがないが、自然には不思議な調和と均整がある。
 その一方で、その巻貝やヒトデの生息する磯は死と生命の氾濫する混沌極まりない世界だし、鉱物は全体としてはランダムな模様を描く鉱脈にあり、火山もひとたび噴火すればすべてを破壊しつくしながら大地をグチャグチャにする。しかしそれらもまた時として息を呑むほど美しい図柄を描き出す。

 美は乱調にあり・・・・・・誰の言葉だったかそんなのがあったが、まぁ、どっちゃでもエエのだ。調和だって古典的なだけで、美は美だ。

 どっちがえらい?的な二元論は実はくだらない。例えば顔はシンメトリカルに見えて、実は微妙に左右が違う。そして実のところ、どちらか半分を鏡に映してまったく左右対称の顔をモンタージュでこしらえても、なんだか味も素っ気もないんだそうな。どんなに美男美女であれ、このことは当てはまるらしい。
 たしかに最初に挙げた巻貝その他の美しさは、ある種スタティックな緊張感による美しさなのであって、いささかリアリティや生物としての躍動感に欠ける。
 張り詰めたような幾何学的調和プラス幾許かの弛緩と破綻が、あるいはもっとも美の本質を衝いてるのかもしれない。

 初めて古寺鉱泉「朝陽舘」の建物を見たとき、おれはそんなことを思った・・・・・・って大層に書いたけど、要はまぁ、古びてガタが来て建物全体が彎曲してるだけなんだけどね(笑)。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「山地」でも「山脈」でもなく、飯豊「山塊」と呼ぶのがたしかに、土俗の香りに満ちていまいち華に乏しいこの地方にはよく似合う気がする。その山塊の主峰である朝日連峰の麓に古寺鉱泉はある。温泉宿として、また登山客の山小屋代わりに利用されてて人気は高いらしい。
 近年舗装されたらしい林道の終点から山道を数百メートル登ると、もう到着。アプローチの苦労はまったくない。山道は森林軌道の跡らしく、レールや枕木が埋もれていた。小さな橋の向うにいい雰囲気の古い2階建ての建物が一棟見える。それだけ。

 ちょうどお客さんが発った後の片付けの時間に当たってしまったようで、オバチャンがたくさんの座布団を抱えて出てきて、草の上に並べて干し始めた。入浴をお願いすると、湯を抜いてしまった後なので浴槽に張って沸かすには小一時間かかるといわれる。待つことにする。おれは今日、この温泉に入るためにワザワザ通行止めの県道を迂回し、ガタガタの林道越えてやってきたのだ。ここで引き下がっては何のために山形まで来たか分からんやないか。
 旅館の前には今時「サザエさん」くらいでしか見ないような昔ながらの物干し場がある。オバチャンの動きは機敏で、今度は洗濯物をドンドン干していく。上がって待っとけとも言われないんで、おれは写真撮ったり、他の家族はトンボ採ったリして時間をつぶす。

 建物の周囲を回りながらファインダー越しに見ると、時代を経た建物には相当歪みがきてることが改めてよく分かる。一部の窓はおそらくはもう開けることができないのではないかっちゅうくらい、明らかに撓んでいる。
 しかしなんだかそれは同時に、地面のなだらかな褶曲にムリせず従っているかのような力の抜けた感じも与え。周囲の自然に巧く馴染んでるように見えてくるから不思議だ。褪せたペンキ、複雑な風合いの羽目板・・・・・・多くの窓枠がアルミになっているのは残念というより却って、これだけオンボロになりながらも現役で使われてるという、ある種の凄みにつながっているようにさえ思えてくる。

 結局、30分ほどで風呂には入ることができた。待たせるのも悪いんで、と大急ぎでやってくれたそうだ。座敷にも案内されず冷たいなぁ〜、って最初はちょっと思ったけど、オバチャン単に忙しくて、目の前の用事を片付けるのに一杯一杯で声を掛けそこねただけだったのかも知れない。
 赤褐色の湯がいかにも鉱泉らしい混浴の浴室内部には、建物の崩壊を食い止めるジャッキが天井と床の間に何本かはめられてあった。湿気に加えて豪雪地帯だけに建物の傷みも早いのだろう。
 やはり温泉は湯だけで判断しちゃいけないな、と改めて思う。ロケーションや人、建物の佇まいまでもが渾然一体となってこその温泉の歓びだろう。けっこう待ったにもかかわらず、おれたちはあせることなくゆっくりと入ったのだった。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 とまれこの建物が歪みのない綺麗な直線だけで構成された建物だったらしかし、ここまでの感動はなかっただろう。安易に建て替えなんてすることなく、色褪せた外壁の効能書きなんかもそのままに、できる限り残して欲しいなぁ。

 大事ですよ、歪みって。倒れない程度までなら・・・・・・。


アタリの温泉に入れて機嫌よし(笑)。

2007.02.21
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
Copyright(C) REWSPROV All Rights Reserved