「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
エッシャー温泉・・・・・・岩下温泉


ちゃんとホームページもありまっせ!

http://iwashita.fruits.jp/より
 振り返ってみると最近、山梨県の温泉の紹介がやたら多いことに気づいた。だってどこもムチャクチャに面白いんだもん。何てーか現代の通常の温泉のスタイルから、進化の過程で取り残されてちょっと逸脱して別の方向に進化したような独自性の感じられるトコが多い気がするのだ。言うなれば「温泉のガラパゴス」だな。

 岩下温泉もそんな味わいを色濃く残している・・・・・・ただし、旧舘に限った話だけれど。

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 甲府から塩山に向かう国道の途中、春日居というところから少し山側に入った平凡な村の中に、一軒宿の岩下温泉はある。国道沿いの電柱に看板が並んでいるので迷うことはないだろう。
 繰り返しなるけど、新館はちょっとこじんまりとした感じで新築の、至極真っ当な観光旅館である。現におれたちが訪れたときも、結婚式の披露宴だかその後の身内だけでの二次会だかが開かれていて、礼服を着込んだ人たちが出入りしていた。近郷の宴会場としても賑わっているのだろう。山の斜面にはゴルフ場が見えたりもするので、コンペの後の打ち上げといった訪問客もいそうだ。

 問題は(・・・・・・たって、別に悪いわけぢゃないよ)、狭い通りを挟んで隣、木々に囲まれて建つ旧舘の方だ。

 ここの浴室は他に類例のない不思議な構造なのである。
 今、「浴室」と書いたけれど、「室」っちゅうのが「壁なり窓なり障子なり襖なりで仕切って、閉ざすことのできる空間」という定義ならば、ここのは「室」とは呼べない。何故なら廊下から筒抜けになっているからだ。
 いつもなら下手な絵で済ませるところだけど、たまにはチャンと文章で説明する努力もせんとアカンな・・・・・・よし、やってみよう。いちおーはエッセーなのだから。

 玄関の低い上がり框で靴を脱いで上がる。そのまま木の廊下を真っ直ぐ3間ほど進んだところで数段の階段があって1mほど上る。そこから廊下の突き当たりまではおよそ10mといったところか。左側には男女別に別れた加熱の内湯の入口の引き戸が並んでいる。白いペンキで塗られたすりガラスが古風だ。開けるとそこは脱衣場なのだけど、さらに浴室への扉を開けると下る階段があって、半地下状になっている・・・・・・と、上がったり下がったりがあるとはいえ、まぁ、ここまでは良い。

 さて、いよいよ廊下の右側だ。何と、半地下になって水色のタイル張りの浴槽がいきなり丸見えで見えている。ガラスや壁、扉といった間を遮るものは何一つなく、足許にそのまま見えている。無論入浴していれば、その姿もそのまま廊下から見える。冷泉の源泉が湛えられたその混浴の湯船は、長辺は7〜8m、短辺で5mほどもある巨大なものだ。何だか土手から川を見下ろしているような雰囲気だ。こんなんで湿気は大丈夫なんやろか?

 さらに不思議なことに、この源泉浴室の上はほぼ同じ広さの休憩室となってるのだけれど、そこへは廊下からまた3段ほどの階段を上がらなくてはならない。何だか中二階に無理やり部屋を作ったような感じだ。実際は廊下が0.5階分の中途半端な高さになっているだけであるにもかかわらず、玄関を1階だとすると、風呂がマイナス0.5階で、休憩室が1.5階のように思えてくる。ちなみに2階(2.5階?、笑)に上がる階段もある。昔は上は客室に使っていたのだろう。

 まずは加熱の内湯で十分暖まって、源泉の方に移動。内部はあちこちに銀色の鉄パイプが並んでいる。上の休憩室の崩落を食い止めるための補強の鉄柱やジャッキ棒だ。信じられないことに、下からは絶えず湿気が立ち昇る中で、20畳近くある階上は横の梁だけで支えられていたのである。素人目にもちょっとムリがある。

 風呂を出てから上の休憩室に入ってみた。一部のジャッキ棒は床の間を突き抜けてさらに階上に伸びたりしている。建物全体に相当ガタが来ていることは間違いない。床は一面に畳の上に透明ビニールが敷かれているが、何となくブカブカする。ちょっと怖い。相撲取りとかが入室したら一気に崩れ落ちるんぢゃないだろうか。

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 壁に掲げられた温泉縁起によると、この温泉、1700年余りの歴史を誇る山梨最古の温泉らしい。冷泉の浴槽の隅には祠も祀られてあったりする。その一方で、甲斐の国であるから無論、きっちり「信玄の隠し湯」の伝説もある。冷静に考えると矛盾してるやんけ(笑)。そぉいや、昭和22年の日付のある効能書きの書体もユーモラスで一見の価値があるだろう。
 ともあれおそらくはそうして、元々古くから源泉の湯船が通りから少し低くなってあったところに、その石組みを活用してかぶせるように、しかしコストの点からあまり一階部分を上げないように、建物を載せた結果、かくも奇妙にグイチになった構造ができあがったものと思われる。

 何だかおれはエッシャーのトロンプ・ルイユ(だまし絵)を思い出してしまった。独特の緊張感と静けさが支配する幾何学的で不思議な画面と、鉱泉のひんやりした冷気と霊気に包まれた平衡感覚を狂わせるような空間が、とても似ているように思えたのである。
 前述の通り、建物は老朽化が激しくこの先どれだけ持つか分からない状態だ、しかし摩訶不思議な構造だけでなく、典雅な明り取りの丸窓や凝った欄間、変わった隷書の看板といった古い建物だけが醸し出せる重厚な雰囲気は、このままにしとくのはひじょうに勿体ない気がする。

 何とか永らえさせて欲しいものだ。


おれはこの絵を思い出しました〜。

http://www.mcescher.com/より
2006.12.02
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