「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
ビュ〜ッ!!・・・・・・広河原温泉


沢を埋め尽くす巨大な石灰華。

 あまり小むつかしいことばかり語ってても、何か状況が好転するわけもなく、否、むしろ悪化し、むしろ奇人・変人・頑固者・偏屈オヤジの烙印を押され、疎んじられ、人は去って行くだけだろう。「フール・オン・ザ・ヒル」でいるためには、狷介な高踏よりもむしろ、それを許されるだけの愛嬌が何より必要なのだ。

 言いたいことは、一杯、ある。でも「まぁエエやんか」と思わず口をついてしまう楽しさが、広河原温泉にはある。そして、その楽しさとはつまり間歇泉、と言っちゃえばそれまでなのだけれど。

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 米沢で候補に挙げてたラーメン屋はことごとく閉まっていた。8月の終わり、雪国のこちらでは短い夏休みが終わって学校が始まろうという時期で、飲食店は2週遅れの盆休みに入っていたのだった。
 城下町特有の狭く入り組んだ市内でずいぶん無駄足踏んで、もう何でもいいや!と、結局は国道沿いのフツーのラーメン屋に入ったらこれはこれでかなり美味かった。こういう、やや投げやりでネガティヴな気持ちのときに、望外の食事に当たるっちゅうのはかなり嬉しいモノだ。

 腹ごしらえも済んで、いよいよ広河原を目指す。寂しい山の中に分け入っていくと道がだんだん細くなり、その内舗装が途切れ・・・・・・はいつものことだが、最近有名になったのだろうか、200mおきくらいに「ようこそ広河原へ 湯ノ沢間欠泉 湯の華」と染め抜かれた幟が立っているので心細さはない。いや、むしろここまでジャカジャカ立ち並んでるとうっとぉしいな・・・・・・あ、批判しちゃったい。
 実際ダート区間の距離はかなりあったのだけど、このオカゲであまり遠い印象も持たずにあっけなく目的地に到着した。

 うわ!!駐車場のすぐそばにまで赤茶色の巨大な石灰華が迫って来ている。あと1万年位したら北海道の二股ラヂウム温泉みたいに谷を埋め尽くす厚さに成長するかも知れない。ちなみに停まってるクルマは数台、これだから平日の旅行はいい。
 ここはつい数年前まではほとんど野湯に近い状態だったのだが、今はこぎれいな山小屋風の旅館ができてしまったのが実に残念・・・・・・ああ、批判は今回は止しとくんだった。

 フロントと呼ぶにはあまりにささやかな、番台のようなところで入湯料を払う。背後には早くも魔の手が伸びてきている。「日本秘湯を守る会」の提灯だ、ホントうっとぉしいだけでなんの根拠もない連中だ・・・・・・って、すぐに批判モードに入ってどぉする。ともあれこれが吊り下がってるってことは、ここは民営なのだろうか?

 「露天風呂、アブがすごくたくさんいますけどいいですか〜?」とお金を受け取ったオッサンに念を押される。そんなにすごいんだろうか?去年の湯ノ倉温泉での壮絶なアブの襲撃の記憶がよみがえる。ま、あれだけの数に襲われたら、もう怖いものはない。来たら来た時だ。「いやもう全然OKっすよ〜」とか何とか、軽く受け流してすぐさま露天風呂へGO。

 男女別の内湯の外、かなりの鉄分が含まれているのだろう、周囲一面を赤褐色に染めて大きな混浴の露天風呂がある。その両側には葦簾で目隠しされた男女別の小さな露天風呂もあるが、どちらも湯は入ってなかった。殺虫剤のスプレーと虫取りの網が置かれてあるのがモノモノしい。
 析出成分のせいかひどく滑る湯船に入る、まぁ、よくある炭酸鉄泉系の泉質をさらに泥臭くしたような湯でけっこうぬるい。冬はちょっとしんどいかも知れない。

 湯船の真ん中から鉄パイプが飛び出していて、奥の方でゴボゴボいってるのが聞こえる。これがウワサの間歇泉なのだろうが、しかしゴボゴボゆうだけで一向に吹き出さない。暖まりながら待つことしばし、予告どおりいつしかアブが周囲を飛び交い始めた。アブは蚊よりも羽音が静かなのと、必ず目の届かないところにたかるので厄介だ。叩いたり、殺虫剤で直撃したり、網を振り回したりするが、その数はドンドン増えていく・・・・・・と、ゴボゴボいってた音がやや大きくなったかな?と思ったら、いきなりビューッと噴出が始まった。

 その瞬間はアブのことも忘れるほどにおれたちは驚いた。

 一番高くなったときで高さは4mほどはあったろうか、それはそれは見事な水柱(湯柱?)が上がる。当然、その湯はビチャビチャと周囲に飛び散って降りそそぐので、周囲が赤くなっているのもうなづける。何でも日によっては10m近くまで吹き上げることもあるそうだ。
 噴出は10分ほど続いたろうか、急に水勢が衰え、また元のゴボゴボいってるだけの状態に戻った。パイプの中を覗き込んだり、耳を当てたりする。パイプの奥で音が反響しているところからすると、底に大きな空洞がある印象だった。ガスの遊離成分でたまった湯が押し上げられるのが間歇泉の原理だと聞いたことがあるが、まさにそうなっているようだ。

 この間歇泉が元々あったものなのか、それとも源泉にパイピングしたら間歇泉になっちゃたのかは分からなかったけれども、少なくともここに古く湯小屋が存在したことは確かなようだ。館内の壁にはセピアに褪せた古い写真と効能書きが掲げられていた。冒頭、ここは数年前まで野湯だった、と書いたけれど、それは厳密には間違いで、かつては栄えたのが廃れ、そして再興されたところだったのだ。

 つまり、旅館が建つのも無理ない話なのである。ま、提灯宿はともかくとして。

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 天然のアトラクションは文句なしに楽しい。その楽しさの前に、人工の手を入れること、権威をまとうことに対しついつい色々とシニカルで攻撃的になってしまうことも少しく棚上げすることができた気がした。でもまぁ、これ以上ゴテゴテとヘンなことはしないで欲しいな、やっぱり。

 帰路、道路の脇でススキが穂を伸ばしているのに気づいた。まだ8月とはいえ山形だ。もうそこかしこに秋色は忍び寄っているのだった。


アブにもめげず笑顔、笑顔。

2006.11.27
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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