「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
肘折への道


肘折に向う国道の途中で。

 新庄と寒河江の中間あたりに位置する肘折は近年、鳴子等とともに気象庁から活火山指定されたところである。とは申せ温泉が湧いている以外、今は目立った火山活動はなく、崩壊したカルデラの底部に古風な温泉宿が立ち並んでいる・・・・・・らしい。

 だってこれから向うんだもん(笑)。

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 午前中の古寺鉱泉「朝陽館」の素晴らしい佇まいを反芻しながら、山形自動車道の月山インターあたりから国道112号線を東に向う。途中、今や新たな税金無駄遣いハコモノとして最近全国に林立する「道の駅」で簡単に昼食。広い敷地内には日帰りの立ち寄り温泉施設もあるようだが、あえてムリして入るようなモンでもないので長居は無用だろう。先を急ごう。
 昼下がりの道は、幹線道路とは思えないほど空いており、快調に寒河江の手前までやってきた。あとは左折して国道458号を行くだけだ。

 ますます通行量は少なく、曲がってすぐに道幅も狭まって、路面は簡易舗装に変わった。「冬季閉鎖」なんて看板も見える。「肘折**km」の看板がなければちょっと不安になるような道だが、他に越えていける道はないはずで、そのまま淡々と走リ続けることにする。そしたらその内舗装が切れてダートに変わった。
 今時、未舗装の国道が残ってたことにちょっと嬉しくなる。バブル期、国中にあり余ってた金のオカゲで、国道どころか林道まで舗装化が一気に進み、マトモにダートを楽しめる道は激減した。一方で、空前のオフロードブームが起きて、パジェロを筆頭に図体のデカいダートを走るのに適したクロカン4WDが飛ぶように売れたのもだいたいこの時期だ。思えば、これほどの矛盾もない実にバカげた話ではあった。でもまぁ、おれのクルマはまさにそのクロカン4WD系なので、こぉゆう道こそ本領発揮である。

 しかし、同時に到着時間が大幅に遅れるのも気にかかる。オフロードは楽しいけれど、一般の舗装路に較べるとやっぱり疲れるし、アベレージスピードがガクンと落ちるのも事実だ。それでなくとも今朝、古寺に向かう途中の県道が通行止めで、迂回路となった長い林道を巻いていったばっかりなのだ。
 万年雪の残る月山を始めとする出羽三山を左に見ながら、おれたちはいささかウンザリしてまだ20km以上もある道をトロトロと進んで行くのだった。

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 肘折温泉に着いて何だかホッとした。谷間が広がり、忽然と小さな宿の立ち並ぶ温泉街が眼下に望まれる。昔の人が草履履きで山を越え、宿場や湯治場に辿り着いたときの気持ちがちょっと分かった気がした。

 驚いたことにただでさえ狭隘な温泉街のメインストリートは奥に進むにつれてますます狭くなり、最後は豆腐屋の前でクルマ一台がやっと通り抜けれるだけの細い小路となって、オマケに鍵の手に曲がっている。言うまでもなく両側には木造の旅館はじめレトロな建物がひしめく。ここは銀山温泉同様、町全体が安易にリニューアルせず(できず?)、古いものを守り続けたオカゲで、奇蹟的なまでにごっそりと湯治場の佇まいが今に残ったところなのだ。
 おれの拙い筆力で、どこまでその佇まいの素晴らしさについて描ききれるか心許ないし、それに特筆すべき(≒笑える)出来事もなかったので詳細は割愛するが、とにかくここでおれたちは、温泉街から数km奥に入ったところにある無人の露天風呂「石抱の湯」というのと、松井旅館という小さな旅館の2ヶ所に入らせてもらった。

 どちらもとてもいい雰囲気のところだった。

 温泉街を歩き、土産物屋を冷やかしたり、そこかしこに残る懐かしい情景をカメラに収めたりしながらおれは思い至った。何のかんので想定外のダートの出現に喜びつつも、少々慌てふためいたことに。つまりそれは、旅の大半を占める移動の時間の大切さを、いつの間にか忘れかけてたことに他ならない。
 旅は目的地を羅列することではない、その当たり前のことが、限られた休日、年々合わせにくくなる家族のスケジュールといった問題の前で、知らず知らずかすんでしまってたのである。

 それに加えて前段で述べたように、日本の風景はこの10数年でますます悪い方に向ったのも事実だ。GSにカーディーラー、パチンコ屋、レンタル屋、さらにはコンビニ・ファミレス・スーツ屋・巨大スーパーといったチェーン店が寄ってたかって日本の風景を画一化し、味も素っ気もないわりに安っぽくも悪趣味なものにしてしまった。あざとさだけがけばけばしく際立つ道を行って、どうして移動すること自体の面白みを感じられよう?

 いやいや、他人のせいにばかりにもしてられない。あまり好きな言葉ではないので使うのが少々はばかられるが、根本的におれ自身の感受性、っちゅうモンが磨り減ってしまってるのだ。あ〜、オッサンはイヤやなぁ。それでもまぁ、ここに到着したときの普段とは違う感動にウソはないし、あんましストイックに考えてもしゃぁないし、良しとしておくかぁ〜。

 ・・・・・・などとコーラ片手に下らぬことを取りとめもなくグジュグジュ思案しながら、おれは温泉街のはずれの川っぺりに停めたクルマに向って行くのだった。

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 高原状の大地をダラダラと下る新庄への道は、打って変わってきれいに整備されており快適そのものだ。だから、今さら蛇足だけど、肘折に行かれる方には寒河江からのルートを是非ともお奨めしたい。

 アプローチがその温泉の印象をいや増すことだってあるんですよ♪

 
石抱の湯と松井旅館

2006.10,23
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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