「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
終末鉱泉


夕暮れ迫る五色温泉全景


 北関東の平野のはずれの町、伊勢崎は赤城山が間近に見えるくらいで、あとはノッペリとして特徴のない、何もないところだ。

 たまたまそこに商用で出かけることになり、以前から気になってた五色温泉が宿泊料も安いので泊まってみることにした。「三楽旅館」という一軒宿の鉱泉だ。
 伊勢崎市街地の南東、工業団地の入口近く、多数のクルマが行き交う排気ガスまみれの交差点にそれはあった。まったく温泉のある場所という雰囲気ではない。遠目にはお城を思わせる白壁の建物は鉄筋コンクリートの三階建てで、到るところに大きく「五色温泉」と書かれている。そこまで書かんでも分かるってば。

 日本各地に五色温泉を名乗るところは多い。「五」とはいわば多彩さを現す形容詞で、「五色の綾」の五色といっしょだ。お寺の落慶法要で巻かれる幣なんかはホントに赤・白・黄色・緑・紫の五色だけど、「八百屋」や「八百万の神」の「八百」と似たようなものだから、本当に五色かどうかはどうでもよろしい。
 有名なところでは信州の五色温泉、ここは本当にいろんな色がある。川に面した混浴の露天風呂はなかなかの佇まいだ。あるいは、山形の「米沢十湯」の一つに数えられる五色温泉。日帰り客はどぉでもいいような新建ちの露天風呂に案内されるが、泊まれば実にひなびた世界が待っている。さらに、北海道のニセコ五色温泉。有名な千人風呂や露天風呂については今さらおれが取り上げるほどのことでもないだろう。

 どれもこれも名湯なのである。伊勢崎のを除いては(笑)。

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 普通なら観光客が次々到着する時間帯だというのに、暗いフロントに人の気配はない。埃をかぶった土産が申し訳程度に置かれたガラス張りのカウンター、その上に貼られた「今年より営業は午後からのみ」の文字にいきなり気分が萎える。目の前を見ると壁には公休日が増えた告知も貼られてある。つまり、だんだん営業を削減して行ってるのだ。ローカル線か、ここは!?

 型通りのチェックインの手続きを済ませ、節電のためだろうか、照明が半分落とされた階段を上がるとこれまた暗い廊下。途中の踊り場には高崎ダルマの製作工程が分かるように、未完成のから完成したものまでが10個ほど飾られてあった。隅には流しがあって使わないコタツが2・3脚立てかけられている。古い雑誌も積み上げられたまま。
 おれは何だか昔暮らしてた、「ハイツS**」という、鉄筋コンクリートであることだけがウリの、湿っぽい下宿を想い出した。泊まるところは鍵の札を見ると「梅の間」、となっているが、20何年ぶりにあの部屋に帰ってきたような気分だ。ドアは容易に開いたけれど、突っ込んだ鍵がなかなか抜けなくてアセる。

 すでに室内には電灯が灯され、クーラーが入れてあった。木目調の古いタイプだ。グォムグォムグォムグォムと奇妙な音を立てて、息継ぎをしながら冷気が吐き出されている。
 カーテンを開けると建物裏手の向うに高圧鉄塔と工場が見える。いささか庭の手入れは行き届いておらず、荒れた印象が強い。いや、庭だけではない。建物も敷地も部屋も・・・・・・施設の全てが手入れを怠られたまま緩慢に崩壊しつつある印象だ。そんな中、サルビアの赤い色だけが妙に目立っている。ささくれ立った景色に気分は少しも和まない。
 どこかでドラムの練習をしているのか、夕暮れも近い曇天の下、ダラララ・パシャーンと下手なスネアのロールやシンバルの音が聴こえてくる。ひどく物憂い気分になる。することもなくTVをつけたが、ノイズだらけの画面と音声にイラ立ってすぐに消した。それでも、部屋の隅にたたんで置かれた布団だけは真新しく、こざっぱりしたものだったのがせめてもの救いか。

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 外に出て用事を済ませ、夜、一杯気分で戻ってきたら、はぁ!?玄関が閉められているやおまへんか。

 バンバン玄関のガラス戸を叩きまくってたら、おそらくこの温泉を掘り当てた主人であろう、パッチ姿のジジィがノロノロでてきて開けてくれた。かなりアセッた。部屋に戻る。廊下にはどこかの部屋で食べ終えた夕食が、お膳に載ったまま出されっぱなしになっている。そぉいや、数台のクルマが下に停められていたことを想い出す。他にも宿泊客は若干泊まってるみたいだ。それにしても何なんだ、このヤル気のなさは?

 ともあれ、風呂に入ろう。

 蛍光灯の青白い光に照らし出された、線路のガード下のトンネルを思わせるコンクリートの長い通路を歩いて行く。両側には、よく分からない埃まみれのガラクタの陳列されたコーナー、タイマイの剥製、温泉のことを紹介した古い新聞の切抜き、造花でゴテゴテ飾られた源泉飲泉所、温泉の濃さを宣伝するいかにも手作りっぽいアルミ板の看板・・・・・・etcetc。全てがシロウト臭く、垢抜けなくも野暮ったいのが古びて朽ちるままにされている。こりゃ〜浴室への期待もいや増すというものだ。

 通路と湯殿の間、一瞬、庭を横切るが、なぜかそこら一面はタイル張り。ひょっとしたら昔は別の浴舎があったのかも知れないが、この全体の手作り感覚からすると脈絡なく庭にもタイルを敷いたのかも。
 脱衣場は予想通りのボロさとはいえ、意外に広くて普通で、ねじれた失望が起こったが、ここまでの露払いの「行っちゃってる感」からすればこんなんで収まろうワケがない。

 浴室はそんな期待を裏切らないものだった。
 内部にはステンレスの源泉槽(17℃)と、タイル張りの中温・高温、計3つの浴槽が配されているのだが、まず何より全体が旅館の印象同様、老朽化したまま放置され荒廃した感じで、かつムチャクチャに汚い。炭酸鉄泉系の泉質であるから、サビのようなものが浴槽や床に沈殿・凝固するのは仕方ないとして、何だか全体的にヌルヌルする。ザラザラなら分かるが、ヌメ〜ッとしてるのだ。
 無論、カビやコケらしきものも随所に生えている。まぁ間違いなく、ロクに掃除してないだろう。なのにロココもどきの石像や灯篭、銘石の類がキッチリ配されてるのがいっそう無残だ。
 一方で湯の継ぎ足しはボタンを押すと、カランから数分間湯が流れ出るというハイテク。出てる間は窓の隅にナゼか赤い電球が点くのがブキミ。

 浴室から出ると、脱衣場を巨大なゴキブリが触角を揺らしてユックリ歩いている。おれは足拭きマットを拾い上げ、その上にかぶせ、ガンガン踏みつけた。マットの下を逃げ回ったのか、3度目くらいに足を踏み下ろしたときに、ようやく微かな甲虫の潰れた感覚が足裏から伝わった。多分、その時のおれは薄く嗤っていた気がする。

 湯殿から出たら、今度は通路の電気が消されてしまっていた。ボケとるんか!?ジジィ!!

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 もはやここはパンクな迷湯でさえない、

 この止まったダウナー感、全てが終わって崩壊しつつある脱力観光施設のようなナゲヤリな感じ。かつてはここにも隆盛と栄華の時はあったに違いない。しかし、それをなんら維持しようとせず、消耗し、すり減らし尽くした後の残骸のような感じ・・・・・・そうだ、バンドにたとえるならPILだ。ここはPILのどうしようもない末期のクズアルバムを想い出させる。
 そしてこれだけは誤解の無いように申し添えなくてはなるまい。その終末感、退嬰の雰囲気は実に不快なのに、何とも抗いがたい磁力があったことを。

 上州にも名湯は数あれど、奇湯の称号をどこかに与えるとするならば、それはここ、トラッシュでスカムな五色温泉にこそふさわしい。間違いなく今の代で廃業する気配が濃厚である。

 日帰りなら500円、1泊2食で税別7,000円、行くなら、今、すぐだ。


ものすごく老朽化した浴室内部。

2006.10.17
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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