「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
山梨・西山温泉の巻


「蓬莱館」旧舘入口

 西山つながりで今回は、山梨の方について。

 南アルプスの登山基地のひとつで、50年代まで焼き畑農業が残っていたと言われる奈良田の里から身延に向って少し南下したところに、山梨の西山温泉はある。
 道路が大きくカーブして、小さな渓谷の出口の沢を渡る前後の急傾斜地に、へばりつくように数軒の旅館が固まる。かつては秘湯だったのかもしれないが、今はだいぶ道路事情もよくなって、観光向けの巨大旅館なんかもあったりする。しかし、それほど全体としては大規模な温泉地ではない。

 おれはちょっと前に書いた赤石温泉の後、意外に距離があって疲れる丸山林道を越え、奈良田に下って立ち寄り湯に入った後に入湯した。お猿を模した温泉マークがかわいい「元湯・蓬莱館」である。

 崖に沿った急な坂道を少し上がると新館の玄関。新館といってもしかし、そんなに新しいものではない。むしろけっこうくたびれてるといったほうが正解かも知れない。つまり、旧舘に較べて相対的に新しい、ということだ。ともあれここの魅力はなにより、明治の初め頃にできたという、奥に隠れて表からは見えないその旧舘と内湯の佇まいの素晴らしさにある。

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 「うち、混浴なんですけど大丈夫ですか〜?」などとおよそ我が家には見当違いな心配されて、比較的観光の雰囲気のある新館の2階の出口を出るとすぐ眼の前に旧舘の玄関が再び現われる。ここには少ない平地を埋めるかのように卓球室があったりもする。木造三階建ての古色蒼然とした建物は、そうしてスペースが狭いために見上げても全体を見渡すことができないのが少々残念。細かく見るとオリジナルではなく、後世の手が加えられていたりもするのだが、それは取りも直さずこの建物が、大切に修繕されながら使われてる証左に他ならない。
 さらに履物脱いで上がり、いくつか廊下を曲がっていった先に、浴室はあった。入口に平たい木の箱があるので開けてみたら、小さな石鹸が整然と並べられ、ナゼか内線電話が置かれてあった。

 実は、浴室部分は建物ほど古いものではない。多分、そこだけ増築したか改築したものと思われる。脱衣場だけが男女別で中が混浴となっており、タイル張り、アルミサッシに曇りガラスの引き戸、ところどころに青味がかったソーダガラスのブロックが積み上げられたどちらかといえば平凡そのものの浴室だ。

 ドーンと四角い木の湯船は大きなもので、詰め込めば20人くらい入れるのではないだろうか。板で3つに仕切られており、入って左手前が一番熱く、その奥が中温、右半分が低温の浴槽となっている。高温といってもしかし、元々アルカリの強い無色透明の低温泉が一般的な山梨県の例に漏れず、ここもそれほど熱くはない。むしろ低温の浴槽など、冬だと寒いかも知れない。

 いつもの習性で、湯船に沿って谷側に向った窓を開け放つ。風が気持ちいい。行ったのは初夏の頃なので新緑が目にも鮮やかだが、すぐ右前には別の旅館が立っているし、真下は旅館の駐車場なので、それほど眺望絶佳、というワケでもない。
 谷奥に向って隣には、今は廃墟となった木造の古風な建物があり、色褪せた看板がかかる。目を凝らしてみると「飲食品・おみやげ・百貨店・振替 いづみや」と書かれてあった。おみやげ・百貨店はともかく、飲食品・振替とは、やはりこの温泉が古くからの湯治場であったってことだろう。

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 大体、以上で風呂については書き尽くした。

 ・・・・・・あれ!?「内湯の佇まいの素晴らしさ」はどないしたんや?

 そうなんですよ。
 一つ一つ書き出していくと、何かが特別優れていたワケではないのである。だがおれも、また、おれほど温泉に対してこだわりのない妻子も、不思議なことに、良かった温泉・記憶に残る温泉の話題になったとき、ここの名前が挙がってくるのはどうしてだろう?

 ロケーションが鄙びてたから?
 お湯が良かったから?
 建物が古かったから?
 よけいな装飾がなく渋かったから?
 混浴だったから?
 宿の応対が良かったから?
 機嫌がよかったから?
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 無論、どれも×ではないけど、さほど抽んでたものがなかったのは確かだ。しかし、ここが素晴らしいことも確かだ。

 おれは元々デジタル評価、っちゅうヤツが大嫌いだし、そんなものに依存してると大間違いを犯したりバカになる、と思ってるのだけれども、とにかく、属性を細かく分類して1個1個、★がいくつ、とかいくらやったって辿り着けないものってあるのだ。評価項目をいくら持ったって、その隙間からこぼれていくものは沢山ある。

 そのことを西山温泉「蓬莱館」の存在は雄弁に物語っている。



旅館の奥にあるかなりゆがみの来た廃屋

2006.09.29
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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