「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
会津・西山温泉の巻


「下ノ湯」の前で。電動車イスが高齢化を物語って寂しい。

 そもそもの名前のつけられ方が安直だよなぁ。

 元々、会津若松のはずれに東山温泉という、奥座敷的でちょっと歓楽の香りもある温泉地があって、そことの対でここはネーミングされただけのことらしい。平安京の東寺と西寺みたいなもんだな。

 ところが東山の発展ぶりとは裏腹に、西山温泉は、山中に数軒の宿が点在するだけの寂しいところである。これも片方は今や消滅してしまった東寺と西寺みたい。アクセスも決して良くなく、麓の虚空蔵尊の門前町で賑わう柳津から、狭い県道をグネグネと上がっていかなくてはならない。冬は豪雪に覆われるのだろう、途中には長いスノーシェッドの区間があったりするのも、いかにも山奥の雰囲気を盛り上げる。余談だが、おれは昨年柳津側からではなく、軽井沢鉱山跡ってトコから山越えで行こうとしたら、最近の地図にもチャンと道が描かれてあるのに、すでに廃道となっているなんて珍しいケースに遭遇した。
 名所といえば、もうちょっと奥に地熱発電所があるのが目を惹くくらいで、周囲にこれといった見所があるワケでもないが、しかしそれゆえ、ここには喪われた風景が今も色濃く残っている。
 ああ、それと、特筆すべきは湯量の豊富さだろう。何せ地熱発電所があるくらいなので、高温泉が沢沿いのあちこちでチョロチョロ湧いており、未利用のままの源泉が、鉱泥の複雑な縞模様を作って沢に流れ込んでいたりもする。

 開発からも俗化からもまぬがれ、ヒッソリと佇むこの温泉場が、おれは大好きだ。今回はそんな南会津の秘湯、西山温泉について思い出しながら書いてみよう。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 まずは集落に入ってすぐのあたりにある、老沢温泉旅館。

 わりと新しい建物から沢に向って木の階段を下りた所にある、ここの混浴の浴室には深い土俗の香りが立ち昇っている。要は宗教入りまくりで、源泉が御神体の神社となっているのである。出羽三山の一つ、湯殿山神社みたいなもんだな。
 上屋も近年全部建て替えられたらしく、羽目板は黒ずむこともなくきれいな木目を見せており、赤い幟が左右に立ち並ぶ小さな社も、今はサッシのガラス戸で仕切られて陳列室のようになって鎮座している。それでも最初浴室に足を踏み入れるとかなりギョッとする。まるで「ゲンセンカン主人」に出てくる風呂そのままだ。ギョホッギョホッ、へ・や・で・・・・・・なーんて(笑)。

 祠の下から湧き出す温泉は、細いコンクリートの溝を伝って3畳ほどの2つならんだ素っ気ない浴槽に導かれている。奥から順に熱さが違う・・・・・・はずなのだが、どっちもメチャクチャに熱い。なのに、霊泉を水でうめるなんてもってのほか、っちゅうことなんだろうか、これだけ猛烈に熱いのに、ここには水道の蛇口が一切ない。Oh!MyGod!熱いのを我慢するのも修行のうちなのだろう。
 それでも何とか適温にしようと、湯を掻きだしたり、いくつもの洗面器に汲み置きしたり、流れ込む源泉を木片で塞いだりして、ずいぶんおれは格闘した。他に客がいなかったからできたことで、その姿はまるきりアホである。

 けれども努力の甲斐も虚しく、結局アブに身体のあちこちを噛まれただけで、風呂には5秒と入っていられなかった。マジでヤケドするかと思った。土俗は甘くないや。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 続いては、大きく回りこんで川沿いに引き返すように下って、吊り橋を渡った向うにポツンとある下ノ湯。

 すぐ近所の「中ノ湯」が、西山を代表する相当リッパな旅館になったのに対し、こちらは今は旅館業を止めて日帰り客のみの受付になってしまっているのが残念。しかしその分、古い旅籠のような形式を今なお伝えている。
 すなわちそれは、黒光りする柱や階段、ロビー的なものがまったくなく、玄関を上がったところが、今はコタツがおかれた居間になっているものの、元は畳敷きの帳場と思われる造りになっていることや、個別の部屋が2階に固まってあって、一階部分は大広間のようになっていること、何より、脱衣場も含めて男女別に分かれていない浴室等から容易に看取することができる。

 ここは泉温がわりと低めなのでジックリ入れるのがいい。訪問したのが秋の終わりだったこともあるかもしれない。澄み切った湯の湛えられた、大きな石造りの湯船は中ほどで仕切られていて、片方にのみ源泉が注がれる仕組みとなっている。そっちはそれなりに熱いけれど、ぬるい方は全然入り飽きしない。
 ちなみに上記の老沢温泉旅館同様、浴室内にカラン類はまったくない。しかし、湯はふんだんに溢れているので身体洗ったりするのに困ることはない。それにしても、鏡が妙に高いところに取り付けられているのが何だか楽しい。

 窓の外は吊り橋から玄関へと向う小径となっていて、開け放していると湯にやってきた人から丸見え。だが、ま、大らかで良いぢゃないか。風呂に入ってる姿くらいなんぢゃ!?っちゅうねん。
 川の音が聞こえる。何という名前かは知らないが、秋も終わり近いというのに大きな花が一輪、咲き残っていた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そういえば、不思議なことにここを訪問すると、いつも降るともなしの小雨模様だ。内湯中心なので雨の影響はないけれど、何となく薄雲って雨がポツポツ落ちてくる天気はしかし、西山温泉の渋い佇まいがかもしだす沈潜した雰囲気によく似合う。

 駆け足で地味な紹介になってしまったが、ともあれ、どちらの湯もヘンにリニューアルなどせず、時代離れした今の姿を保ってほしい、と強く願う。ついでに下ノ湯が宿泊のほうも再開してくれればもっと嬉しい。



附記:
 「ゲンセンカン主人」は群馬・湯宿温泉の大滝屋旅館での記憶を元に構成された架空の物語であるが、個々のシーンはそれまでの旅行の写真や記憶から創られたものと思われる。というのも、大滝屋旅館は近年改築され、それ以前の浴室はよく分からないが、温泉の町並みの描かれた雰囲気とかが湯宿とちょっと異なるように思う。
 あの風呂のシーンは案外、老沢温泉旅館の浴室がモデルで本当に正解なのかも知れない。このすぐ近くの玉梨・八町もマンガの題材に取られており、つげ義春が西山温泉を訪問しなかったと考えるほうがむつかしいし、ならばこのおどろおどろした浴室を彼が見落とすとは考えにくいからだ。
 


その浴室を出てきたところ。ギャラリーとは別のショットで。

2006.09.07
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
Copyright(C) REWSPROV All Rights Reserved