「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
小糸川温泉はいつも曇天


ホント真っ黒。洗面器には半分も汲んでません。

 以前、湊温泉の項でも書いたが、東京湾沿岸には冷鉱泉が多い。都下ではそのほとんどは銭湯だけれども、千葉に入ると旅館としてやってるところがけっこう多い。おれはやはり銭湯よりは温泉宿的な佇まいが好きだし、意外に房総方面には、古い雰囲気を残したところがあるので、もっぱらそっちに出かけることが多かった。過去形で書くのは最近ご無沙汰だったからだ。

 泉質はたいていが「黒湯」と呼ばれる独特のものだ。コーヒーと緑茶を混ぜたようなヘンな色をしてる。太古の海水が濃縮されてできたとかで、ヨード分を大量に含んでいるためにこんな色になるんだそうな。昆布や若布を煮詰めたようなもんだな。しかし、元は海水っちゅー割に塩分は感じない。
 石川県でも湯川や美川といった似たような泉質の温泉に入ったことがあるが、やはりいずれも比較的海に近いところに立地する温泉だった。

 房総でこの泉質で有名なところでは養老温泉だろう。山あいに旅館が散在し、標高の低い山ばかりの千葉県にあっては珍しく、「山峡のいで湯」「奥座敷」といった雰囲気がある。川遊びしたり、滝見たり、初夏の頃には麻綿原高原で紫陽花見たりと、ちょっと年配の方や家族連れにはお手ごろでいいかも知れない。
 あれ?でもここ半島の中心部だよなぁ?海からはかなり離れてるのに黒湯だ。何でやろ?
 
 さてさて地質学的なワケはともかく、こういう色付きの湯っちゅーのは何だか、濃ければ濃いほど「効きそうな」気がするのがやはり人情だ。その伝で行くと、房総を全部回ったワケぢゃないが、知ってる範囲では曽呂温泉・銭湯だけど鷺沼温泉、そして今回紹介する君津から山に10kmほど入った奥の小糸川温泉あたりがもっとも黒々してるように思う。

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 先日、久しぶりに房総に行った。温泉行ではなく、最近野宿熱が高まってて、いてもたってもいられなくなって一人で出かけたのだ。

 山中の東屋のある小さな広場にテントを張り、おれは一夜を過ごした。ついたときにはすでに薄暗くなってたので、サッサと夕食を済ませて寝ただけなのだが、20年ぶりくらいで怪異な体験もし、怖くてほとんど眠れなかったとはいえ、ナカナカいいリラクゼーションにはなった。その帰路、寝不足で頭の芯がジンジンしながらも立ち寄ったのだ。

 以前来た時と同じ低く垂れ込めた曇り空の下、7年ぶりの小糸川温泉は何も変わっていなかった。県道を少し入った村にあって、いかにも地元の老人保養施設らしい飾り気のないのっぺりした建物の屋根には、大きいだけで素っ気ない「小糸川温泉」の看板。パッと見ただけではやってるのかやってないのか分からない暗い玄関。そこを上がった突き当りの中庭を、首を伸ばしてヒマそうにうろつく亀さえも変わっていない。

 料金を訪ねると、入浴だけだと1,000円、昼食付きだと1,300円、と告げられる。どうせ300円分の昼食なのだろうが、料金のアンバランスさがおかしくて、昼前ってコトもありメシ付きにした。11時半には広間にいてください、とのこと。
 ちなみに、ここは本来年寄りが終日、温泉に出たり入ったりしながら過ごす場所なので、決して1,000円は高くない。しかし、一回こっきりで帰るおれみたいなヤツもいるのだから、もうちょっと考えてくれてもいいのにな、前来たときもこんな値段やったっけ?・・・・・・とか思いつつ風呂へ。

 脱衣場も浴室も特記事項は何もなし。男女別で、湯船が大小二つあって、でも小さい方には湯が入ってなくて、窓の向うはこれまた何の変哲もない小川があって・・・・・・ああ、これだけ書くのも一苦労、ってなくらいに平凡だ。せめて古くさければちったぁ書くこともあるだろうが、それさえもない。湯だけが個性的なのである。
 ここの湯の黒さは出だしで申し上げたとおりかなりのものだ。そしてアルカリか昆布か分からないが、とてもヌルヌルのぬめりがある。加えて磯臭いっちゅーか、ありていに言えば「腐った潮」に近い種類の匂いもある。正直おれはこの匂い、あまり好きではないな。
 とまぁ、クセはあるのだけれど、その分「効きそう」なのだ。ここを体験すると、申し訳程度に黒っぽいだけの湯が何だか物足りないように思えてくる。それくらい黒い。

 こんな天気に午前中からやってきて温泉に入るヤツも少ないのだろう、小一時間、おれは一人で浴室を独占したままだった。

 浴室の隣が休憩室になってて、何人かがゴロゴロしてる。紺地に白の水玉の湯のみ、アルミのチープな灰皿、マット代わりに独占された座布団、日本中どこも変わらない景色だ。シュラフに入ってるジーサンまでいる。たしかに畳むと小さいし、こぉゆう用途にもいいな。今度、パソコンやらお菓子やらといっしょに持ち込んで一日ダラダラと風呂入ったり、昼寝したりしながら過ごしてみたい。。

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 などとバカな妄想にふけってるうちに11時半。ゴハンが運ばれてきた。

 ほうれん草、ちくわ、玉子を炒めたもの、ひじきの炒め煮、漬物4種、豆腐とナメコの赤だしに白御飯・・・・・・意外や意外、凝った内容では無論ないが、なかなか滋味あふれる味付けで、軽めのお昼として十分に美味しく楽しめるものだったのである。期待しなくてゴメン。

 外に出ると、小雨が降りだしている。

 陰気な天気にもかかわらず、食い物に卑しいおれらしくゲンキンなものだ。先刻までの煮えた頭はどこへやら、何となくおれは少し浮かれた気分で海の方へと下っていったのだった。


食べさしの写真でスミマセン・・・・・・

2006.04.28
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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